「隊長!逃げようぜ、上にはバレやしねぇよ……俺達ゃ、チンケな盗賊退治だっつーから来たんだ」
「Negative。伝令は既に出しました」
「じゃあ応援が来るってか?馬鹿言うなよ間に合う訳ねぇ、俺らの墓穴掘らせるために呼ぶのかよ」
「Positive」

皮肉をそのまま肯定すれば、返って来るのは苛立った声。

「相手は化けモンだぞ……絶対犠牲が出る……俺達に死ねって言うのか!?」
「そうです。意味がわからないようなら何度でも言いますが」

クルガンは、冷徹という評判に相応しい目つきで部下を眺めた。
援軍はなく、装備も不足。命の危険だけ十分にある。──そんな理由があればいつでも撤退を選んで良いと言うのなら、戦場で死ぬ兵はいない。

何の為に、此処に居るのだ。

「今往かずに生き延びて、そして、いつなら死ぬつもりだと?」

死にたくない、そんな欲が失せるときはない。
痛みが怖くない、そんな境地に至れることもない。
ならばそれは、逃げて良い理由にはならない。元からわかっていたことだろう、この道を選んだときから。

「貴方にはいつ、死んでもいいときが来るんだ。軍人は国益を守るのが役目。自身を優先してどうする。守るべきものを盾にして、寝台の上で死ぬくらいなら」



「今、死ね」












『石の魔獣』












一匹の獣を多数で囲んで剣を突き刺す。それは狩りだ。
それでは、一匹の獣を多数で囲んで順に殺されるのを待っている状況は、何と言うのだろうか。多分、あちらからすればこちらは馬鹿に見えているに違いない。

「────」

震える足を叱咤しながら、いつでも動けるように、それだけを考えて重心を移動させる。
魔獣の動作ひとつに、いちいち心臓の痛みが増す。呼吸の音がやけに耳障りで、喉が渇いているのに水も飲みたくない。吐き気がする。

コカトリスは、蜥蜴と蛇の合いの子のような形をし、大きな雄牛ほどの大きさをして、硬い鱗と羽を持つモンスターである。
これを異常成長したただの爬虫類、と考えるのは間違いで、鋭い嘴と爪まで備えている。眉唾物の伝承はあるが生態系は良くわかっておらず、神出鬼没。

今、その嘴は真っ赤な血で濡れていた。
犠牲になった兵──当然名前を知っているが、今、それを思い浮かべたくはない──の肉片を喰らっているのだ。コカトリスの爪が、鎧をまるで軽石か何かのようにばきりと砕く。

「く……」

勿論、気分がいいものではない。
しかし、コカトリスが死体に構っているのなら、そのまま刺激しない方がいいのだ。少しでも長く、時間を稼ぐ──それが、今なすべきことだ。

コカトリスの視線は避けなければならない。
その目に呪縛されれば、ふらふらとおびき寄せられ、そこの死体と同じ運命を辿ることになる。
そしてなお恐怖なのは、コカトリスの吐く息だ。その毒の息は、全ての生物を石化させる。その息を少しでも浴びれば、肉は硬化し全身に渡り、石の彫像となって死に至る。

ウェインには悪いが(しまった、思い浮かべてしまった)、今は一分、一秒でもコカトリスが彼を啄ばんでいてくれることを期待したい。

「────」

本当は、こんな化け物を引き止めたくなど、ない。
飛び去ってしまえと思う。既に破壊された村落にはもう、自分達以外に生き物はいないから、逃げてしまえばいいのではないかと思う。

しかし──人の血の味を覚えた魔獣は、また別の村を襲うだろう。
今、根絶しておかなければならない理由はそこにあった。村人の死体、ついでに盗賊の屍骸を合わせて数えてみれば、コカトリスがもたらす被害が尋常でない事はすぐにわかる。二桁に満たない魔獣が、一匹も欠けず、数百人規模の村を壊滅させるのだから。

(……でも、それ……別に俺の目の前で起きる訳じゃ、ねぇし)

そんな思考が頭を過ぎる。

(別に、俺らがこの村に来なかったんなら、同じことだったんだろうし……だったら別に、無かったことに、したって)

──自分の知らないところで、誰が死のうが。
それは、自分の責任ではない筈だ。
そいつの運が悪かったんだ。

(俺は、死にたくねぇ)

自分にだって、一緒になった女がいて、餓鬼が何匹かいて──大抵同じだろう、そんな事は。
俺なら死んでもいいなんて、そんな風に切り捨てられるわけがない。

コカトリスが、死体の好みの部分を食い尽くしたか、顔を上げる。
その目を絶対に見ないようにしながら、頭の前には出ないようにじりじりと移動した。

びくん、とコカトリスが背筋を硬直させた。

「!」

コカトリスという魔獣は同族と強いつながりを持つらしく、テレパス能力のようなものがあると聞く。つまり、近くの同族が傷付けられれば怒りに猛り狂い、近くの同族が危機に死に絶えれば、迅速に逃げ出すのだ。

遠くで、雷鳴のような音。
始まったのか。

ごくり、と息を呑んでコカトリスの様子を見守る。コカトリスが暴れ出すならこちらの身を守らなければならない。逃げ出すなら──もっと気合を入れて、あちらを引き止めなければならない。命を懸けて。

しかし、そんな事は実のところ、真っ平御免だった。

(絶対帰りてぇ)

国益、だと?己を捨てて、他に尽くすなんて──
それは綺麗事だ、若造!

(テメェが死なねぇから言えんだよ……!!!)

「う、後ろ!!」

誰かの叫びに、反射的に振り向く。
引き裂かれた民家の屋根をみしりと軋ませて、別のコカトリスがじっとこちらを見下ろしていた。

(もう一匹居やがっ、)

ばささっ

コカトリスは鶏と同じように、少しの距離であれば飛ぶことも出来る。
屋根の上に出現した一匹は、飛び降りざま手近な一人に体当たりを食らわせた。飛びつかれた勢いのまま、胴から頭が食い千切られて血が噴水のように舞い上がる。

「畜生ッ!!」
「待て、迂闊に踏み込むなッ」

そういう自分も浮き足立っている。

引き止める間もなくリカルドがコカトリスに向かっていき、その首に剣を叩きつけた。彼の腕は隊の中でもかなりのもので、だからこそ魔獣から視線を外して攻撃をすることも出来たのだろう。上手く嘴の外側に回りこみ、息に触れることも避けている。

しかし──叩き付けた剣は硬い鱗に阻まれ、少し肉に食い込んだだけだ。首を切り落とすには至らない。
仲間の登場と生贄の叫びに、元から居た方のコカトリスも既に戦闘態勢に入っている。

「ぼさっとすんな!オル、テメェはさっさとそっちに『炎』の札使えボケェ!!近くの奴は全力でカバー!」

叫ぶ間に、マシュウがリカルドのフォローに入っているのが見えた。突き出された剣が、深く翼の付け根にもぐりこむ。マシュウは筋肉の塊で頭がちょっと足りていない男だが、その分、勇猛さには見るべきものがある。

「げ、『原初の力の一』──『熱と光の生みの親』──」

後ろに熱気が生じたのはわかったが、振り向いている余裕はない。
この分隊に配されていた魔法装備と言えば、隊長の宿す下位紋章を除いては『炎の矢』の札が3枚と『眠りの風』の札が1枚しかなかった。もっと言えば、この班に割り当てられたのはそのうち『炎の矢』の札1枚。

『其は燃え盛る火焔、赤き煉獄、我が敵を打ち払え』

もさもさの群れを追い散らすのなら十分だが、コカトリスに対してはこころもとない。

しかし、不満を言っても状況は変わらなかった。マシュウが怒りに燃えたコカトリスの尻尾に脇腹を痛打され、地面に転がるのが見える。それを追ってコカトリスがマシュウに圧し掛かった。やばい、食われる。リカルドがその背中に剣をまた叩きつける。他の奴は何やってんだ。

俺は何やってんだ。

「……『炎の矢』!!」

オルはこの班の中では一番魔力が高い。
しかし、『炎の矢』でコカトリスを倒すには到底至らないだろう。体力を少しでも減らして、後は剣で仕留めるしかない。というか、そっちはそっちで頑張れとしか言いようがない。

「うおおおおおおおッ!!!」

雄たけびを上げて突進する。
気を惹くことが出来たか、蜥蜴の目がこちらを見た。途端に目が合って、やばい、と思う間もなくだらりと手から力が抜ける。待て、まずい、囚われる──

ふらふら、と武器を捨て近寄りかけたとき、コカトリスが下から拳で突き上げられて頭を揺らした。視線が外れ、呪縛が解かれる。マシュウだ。お前、本当凄いなその生命力。

「!」

お返しとばかりにコカトリスが爪を振り上げ、マシュウの胸を引き裂いた。リカルドが斬りつけるのは三度目だったが、またも跳ね返されている。馬鹿だろ、突けよ。お前もしかしてパニクってるのか。俺もだ。

「がああっ!」

獣のような声を喉から出して己を奮い立たせ、剣を握り直す。狙いはコカトリスの首。重要な血管でも切れれば御の字だけれど、上手くはいかないだろうと漠然と思った。

後ろでまた、誰かの断末魔の悲鳴。
炎を纏ったコカトリスが、視界の端に映った。身を焦がしながらその背中にへばりついている奴が見えたが、誰かは判然としなかった。

それより今は目の前の敵だ。
気合を込めて突き刺そうとした瞬間、マシュウを引き裂いていたコカトリスが大きく首を横に振った。硬い嘴が剣を弾き飛ばし、かん、と澄んだ音を響かせる。
剣を取り落とさなかったのが奇跡だ、何と言う力だろう。指が痺れ、感覚が遠くなる。


コカトリスはそのままこちらに向かって嘴を開いた。
万物を石化させるその息が、

「ぅりゃあ!」

どすっ

反対側から向かっていたらしいウーレが、自分がやろうと思っていた通りに、コカトリスの首に剣を突き刺した。刺し貫くとまではいかないが、コカトリスは嘴を閉じた。代わりに──

鋭い嘴がぐんと伸びて、胸甲を薄紙のように突き破った。どん、と衝撃が来る。
そのままコカトリスが首を振り、玩具のように跳ね飛ばされる自分の体を、ふと冷めた頭の片隅が知覚する。

「班長!」

っせぇ!いいからテメェは攻撃しとけ!周りのボケどももだ、テメェら俺だけ痛ぇ思いさせてただで済むと思うな。

ぼぼぎっ

柵にたたきつけられ、息が詰まった。乾いた板きれと、骨の折れる音。
霞む目を開いて、見る。一瞬遅れて激痛が走る──体の中心に穴が開いている、確かに開いている。
けれどまだ、見る事は出来る。マシュウ、テメェの生命力分けろ。

コカトリスの嘴と尻尾の稼動域に出る事は致命的だと言う事はこれでわかった。
しかし、脇から胴体を狙おうにも、すぐにコカトリスは方向転換してしまう。誰かが襲われているときが狙い目と言えば狙い目だったが、逆に言えばそのときしか機会はない。

残酷な話だ。

(なぁ──早く)

血しぶきが上がる。
怒りの雄たけびも。恐怖の呻きも。

(早く。早く)

石と化した腕を見る、絶望の叫び。
いいから切り落とせ、命には返られないだろう。その暇がないのか。

(早く!)

これじゃ──無駄死にになっちまうだろうが。
テメェが偉そうなこと言うから、こうなったんだぞ。

「!」

コカトリスが、咥えていた人間の頭をぼとりと地面に落とす。その向こうで、オルが何事か喚きながら別の方向を見詰めていたので、そちらに視線を移した。

屋根の上──逆光──次の瞬間には、飛び降りてくる影。

「隊ちょ、」

テメェ、屋根の上走って来たのかよ。
まあ、道がわからなくても、最短距離で来れるもんな。

(でも、おせーんだよ。ボケ)

唇の端に苦い笑みが浮かんだ。任務は果たした、と、それだけが慰めだ。
十分な助走と高度を伴って、落下してくる一撃。


ぎゃちゅっ!!


「────!」

声無き悲鳴を上げて、眉間に刃を食い込ませたコカトリスが仰け反った。そのときには、その男は剣から手を離し、地面に沈んでいる。死角だ。
けれど、目盲滅法振り回されるだろう鋭いふたつの爪をどうやってかわすつもりかは知らない。

「、」

その疑問は次の瞬間には解決された。単純に、相手が動く前に、畳み掛ければいいだけの話だ。その、だけ、ということが、普通は出来ないのだが。

「っ」

伸び上がるようにして突き出された二本目の剣が、下からコカトリスの喉を破る。同時、電撃が剣を這い、コカトリスの巨大な体を駆け巡るのが見えた気がした。彼のやり口は知っているから、予想と言うよりはもっと確実な認識だ。
ただし、コカトリスの表皮は金属質の鱗だから、雷気の大部分はそれを伝って地面に逃げていっただろう。

びくんとコカトリスが体を痙攣させている間に(まだ死なないのが信じられない、反則だ)、もう一匹、やや焦げた方のコカトリスが嘴を突き出して来ていた。

彼は大きく飛び退く事はせず、ただ半歩、痙攣しているコカトリスの後ろに回りこんだ。完璧だ、と見ている野次馬な自分が快哉を上げる。仲間の巨体に邪魔され、嘴は届かない。それどころか、コカトリス同士がぶつかって体勢を崩し、一石二鳥というところだった。

「剣を」

冷たい声は、熱された戦場に良く通る。

額を割られ、喉を貫かれたコカトリスが苦しみにのたうちまわり、尻尾と爪がむやみやたらに空を切る。
彼は腰の後ろから引き抜いた小刀をコカトリスの鱗の隙間に浅く刺し、それを足がかりに背によじ登った。コカトリスが暴れていることから考えても、意味がわからない程困難な作業の筈だったが、意味がわからないうちに彼はそれを容易く終えている。まるで、扉の開け閉めをするようなスムーズさ。

とにかく早い。早いというか、速い?どちらかわからないが、両方かもしれない。
全ての動作が迅速過ぎる。多分奴は、自分がひとつの事をする間にみっつくらいの事が出来る。

四方八方から投げ付けられた剣を(お前ら馬鹿だろ。それともわざとか?)(ならいいぞもっとやれ)、彼は両手を使って二振り掴んだ。残りは身を沈めて避け、

ぼっ

首の後ろから手を回して、コカトリスの眼窩に右手の剣を深々と突き刺した。
視神経の破壊ではない。脳の破壊だ。空気を震わせない絶叫が、どこかに突き抜けた気がした。

「────!」

神経の反射でまだ動く死体からは未練なく飛び降りると、彼は間合いを取っていた残りの一匹に向き直った。

コカトリスは既に、嘴を開いていた。威嚇ではなく、喉の奥に黒い霧が溜まっている。

死の息。

「隊長、」

避けろ、と多分その誰かは言おうとしたのだろう。
そのアドバイスに逆い、彼は真っ直ぐ、正面からコカトリスに向かった。大きく開いた嘴が見えていないのか、三歩の距離、今にも解き放たれる息、

(あぶ)


ばさっ


(ねぇだろ!)

彼は留め金ごと外した外套を嘴に引っ掛けた。
しかし、吐き出された息は外套を簡単に吹き飛ばす筈だ。そんな自明の事がわからない筈が──


ぼぢゅっ!


被せられた外套を貫いて、剣の切っ先がコカトリスの喉の奥に吸い込まれる。速い。瞬き以下の差。黒い霧が、ふわ、と外套と嘴の隙間から漏れた、そう、それが漂い始める前に早く退け。どうした、何故そのまま、
馬鹿、退け、まずい、

死の息が空気を伝って、


「──『疾走する雷撃』



ががっ!!!!



魔獣の口の中で、恐ろしいほどの電光が弾けた。白い輝き。
柔らかい粘膜が捲れあがり弾け飛ぶ。食道を通り抜け胃を焼き焦がし──蜥蜴の内部構造がどうなっているかは知らないが──体の中から焼け爛れている事は間違いない。『疾走する雷撃』は指向性のある雷の波。これでは、鱗は避雷の役割を全く果たすまい。

「────」

内臓を沸騰させられたコカトリスが、音の無い悲鳴すら上げられないのは良くわかる。
一秒だけ間を置いた後、憎たらしい魔獣が、どう、と重々しい音を立てて地面に倒れこんだ。

そこで、こちらの方がようやく我に返った。
全く、恐ろしい面の皮だ。何と言う橋を渡る。指先でも触れれば死が避けられないことを、きちんと理解しているとはとても思えない。

「た、」

そして、コカトリスが地面に倒れたときには──

そのときには、その男は既に、背中を見せて二十歩向こうを駆けていた。遠く、悲鳴が聞こえる方へ。

『天雷』や『雷撃球』を使わなかったのは、魔力の消費を抑えるためだと、今気付いた。最小限の損失で、最大限の効果を?危難を全て排除するまで。そんな風に、最後まで──冷静に。計算して。

全てではなくとも。
どうしたら一番、効率良く敵を倒せるか。……一番多く、守れるか?

(そりゃ、似合わねぇ)

霞む目を凝らして、ぐんぐん小さくなる背を眺める。またいつの間に拾ったのか彼の右手には剣、走りながら、炭化した左の手袋を剥がして投げ捨てている。

一瞬たりと立ち止まらない。休まない。こちらをちらとも見ない。振り返りもしない。

(────)

よくやったなとか言え、ボケ。
いや、やっぱ言うな。さっさと行っちまえ。











+++ +++ +++










まだ息があったので傷は塞いでみたが、痛みを消す以外にあまり意味の無いことではあった。
失った血液が補充されるわけではない。ただ、絶息までの時間が僅かに延びただけだ。それをどう使うかは彼の勝手で、クルガンの干渉する事ではない。

「テメェは……生き延びると、思ってた……よ」

クルガンの倍近くの歳を持っているだろう男は、階級ではなく、その年齢に相応しい口調でクルガンに語りかけた。

「だってテメ……強ぇ、モンなぁ……」

確かに、クルガンは強いのだろう。少なくとも、平均的な人間より出来る事は多い。
だからクルガンは、部下の大多数とは違って、生き延びる。他人に死ねと命令したとしても、生き残る。

「最初……ンとき……俺ら、まとめてボコられたし、さぁ……」
「──悪いとは思っていない」
「知ってるよ……悪ィと思って、たら、ふつぅ、タマは蹴らねぇ……」

にやりと口元を歪ませて、それから彼は、不規則な呼吸を何度か繰り返した。
焦点が合わなくなっている瞳を閉ざすことはなく、空を見詰めている。目が見えたとしても、見えるのは花畑でも青空でもないのに。

「あー……すげぇ眠ぃ……」
「────」
「でもこれ……寝たら、も、…目、開けらんね…だろなぁ……」

クルガンは彼の横で墓穴を掘っていた。勿論、不快だろうと理解してはいるが、すぐに始めないことには後が詰まっている。
持ち主のいなくなった農耕具を利用して、固い土を削っていく。少なくとも、背丈よりは深く掘らなければならない。

「何で……てめ、だけ、何でも出来ん、かな」
「──」
「何で俺ぁ……カッコ悪、く死ぬ、んかな」
「──」
「テメ、が悪ぃ、ワケじゃ、ねんだろ…な……なのに、何で、ソレ、が」
「──」
「んなに、ムカつく、……んだろ、な……」

ひゅう、と大きく息を吸い込む音。



「俺だけ……今、死ぬ」



「テメェは──次、か?」
「いつでも」
「ばーか。冗談だ……」

何が面白いのか男はにやにやと笑った。

「憎まれっ子は……世にはばかれ……っつーんだ」

命令形の諺ではなかったような気がしたが、クルガンは特に反論しなかった。
言いたい事は言っておくといい。それくらいは、彼には許されてしかるべきだ。クルガンはきっと、その言葉を忘れる事はない。──参考にするかどうかは、別の問題だが。

「てめ、は…生きて、苦労、しろ」

「斬れるだけ……敵、斬れ」
「仕事に……忙殺、されやがれ」
「貧乏籤、ばっか、引け」
「ストレス…で、ハゲろ」

「そんで、俺の娘、に……何かプレゼント、とか…やれ」


「あー……くそ、眠ぃなぁ……」














こちらを見もしない横顔を、彼は見上げていた。他に見るものはなかったからで、特にそうしたかったわけではない。思い返しても、その男に関して楽しい記憶は無かった。
線の削れた、愛想の欠落した顔。

「────」

睡魔が後ろから意識を引っ張って、奈落の淵に引きずり込んでくる。
ざくりざくりと土を掘る音が、子守唄のようにも聞こえ始める。心臓の音の代わりに、規則正しいリズム。
全く、どれだけ働けば気が済むのか良くわからない。彼が休んでいるところを見た事がない。

「──」

痛みが無くても、死ぬのはやはり怖い。
娘に会いたかったし、やり残していることも色々あった。そうだ、班員からカードの勝ち分をまだ取り立ててもいない。

何で自分が、と思う。今でも思う。今更でも思う。
実際のところ、安らかな気持ちになどは全くなれていなかった。皇都の碑に名を刻んで貰っても、嬉しくなどないし、誰かの役に立ったと思おうとしても、その誰かより自分の方が大事だった。
格好付けずに、汚く生き延びればよかったと、後悔ばかりだ。

こんな事は、目の前の男は、思わないだろうな、と考える。
多分、全く逆なのだ。

だから──

「テメ、今…俺と…なじ、気持ちじゃ、ね?」

テメェ、自分が死ぬことより、生きてく方に疑問持ってそーだもんな。
だから、そんなに冷静なんだ。だから、危ない橋だって迷わず渡れんだ。

テメェは既に、死んでるようなモンなんだ。

自分に執着してなけりゃ、石になんのも怖くねぇよな。
いや、石にならねぇ方が、怖いんだろな。

道端の石以外になんのが、怖いんだろな。









テメェはもう、言われなくてもわかってるだろうけどな。
俺達が逃げられなかったのは、テメェが居たせいだよ。

コカトリスに殺されたんじゃねぇ。
テメェに殺されたんだ。

テメェじゃなかったら、逃げんだよ。どんな指揮官だって、撤退選んだ筈だ。
だって、勝てねぇんだから。この人数でコカトリスの群れなんざ退治出来ねぇんだから。普通の人間じゃ、倒せねぇんだから。──実際、逃がさねぇようにするだけで、精一杯だった。

テメェが居なかったら、負けてたんだ。
負けんだから、逃げたって良かったんだよ。

それにさ。テメェがそんなに強くなかったら。俺達、テメェを殺してでも逃げてたよ。数で畳んでその辺に埋めてた。だって俺達、自分の命の方が大事だかんな。あんな言葉じゃ、全然説得されねぇかんな。綺麗事、嫌いだかんな。

でも、出来ることだったらさぁ。
逃げらんねぇよなぁ。
テメェを殺せないんじゃあさぁ。
逃げらんねぇよなぁ。
逃げたら、テメェに殺されるだけだもんなぁ。逃げらんねぇよなぁ。

全然いい話じゃねぇ。
クソッタレ。残酷な話なんだ。

俺はテメェに殺されたんだ。死ねって言うから、死んだんだ。
テメェはそれをわかってて、それでも死ねって言ったんだ。普通出来ねぇ、そんな事。尋常な神経じゃ出来ねぇ。

テメェはモンスターだ。
二度と会いたくねぇ。


「お休み……隊長……」


俺はこれで縁が切れるけどよ。
テメェ自身から、テメェは一生、逃げらんねぇな。

出来ることを残らずやって、どんだけあってもやって。少しも休まずに。
いつか、勇者様に退治されるまで。



俺の娘に。
──この国に。

お前がやれるものは全部、やるんだろう。



















皇国歴二百十六年五月
皇国第四軍所属某分隊被害甚大、要再編成


石の魔獣:ED.