「あの……クルガン様」

呼びかけに、クルガンは顔を上げた。
顔馴みの、地理資料室の司書が目の前に立っている。彼は抱えていた荷物を丁寧にクルガンに差し出した。
穏やかな陽だまりのような笑顔。司書として好ましい態度だと思う。

「この前頼まれた資料を集めておきましたので」
「ああ、ありがとうございます」

軽く笑って礼をいい、分厚い羊皮紙の束を受け取る。いつものやり取りだ。
そしてまたクルガンは手元の地図に目線を落とした。

「……」

しかし、机の上の影がいつまで経っても動かない。
不審に思って顔を上げると、酷く真面目な顔をした司書と目が合った。

「クルガン様……」
「……何か?」

非常に重大な用件を感じさせる切り出し方だ。
内心でいくつか対応パターンを検討しながら、クルガンは彼に続きを促した。

「お慕いしております」

…………………………。
外見は全く変化がなかったが、この時のクルガンの心象風景は物凄いものになっていた。

「クルガン様にはシード様がいらっしゃる事はわかっています」
「……」
「ただ、自分の気持ちだけでも知って戴きたく……身勝手で申し訳ありません」
「……」
「本当に、お気になさらないでください……!」
「……」

資料室の扉がぱたんと閉められる。
そして、そこから走り去る足音を聞きながら、クルガンはぼんやりと納得した。

ああ、こういう時は上手い言葉が出なくて当然なのだな、と。











「……クルガン」

とてつもなく冷ややかな上司の視線に、クルガンは果敢に対抗した。ここで少しでも怯んでは負けだ。

「これは、由々しき問題なのです」

あくまでも冷静に、ひたむきな表情を作る。

「どうしても許可を戴きたい」
「馬鹿者!」

とうとう青筋を立ててソロンは怒鳴った。その気持ちはわからないでもない。
ばん、と机にクルガンが作成した企画書を叩きつける上司の手はぶるぶると震えていた。頭の血管が切れなければよいのだが。

「お前は軍をキャバレークラブだとでも思っているのか!?」

その方がまだいい。というよりか、純粋培養貴族のソロンがそんな場所を知っているとは驚きだ。
そんな事を考えながら、クルガンは自分で書いた『慰安功労会企画書』の文字を見つめた。多分、今、自分程この軍を憂いている者はいない。

「こんな馬鹿げた企画、我が軍の恥だ!」
「最悪の事態はもっと別にあります……!」

クルガンはその日夕暮れまでソロンと絶望的な戦いを続けた。


第四軍の仕事は絶好調に滞り、シードが悲鳴を上げる事になったのは勿論言うまでもない。