ごいんごいん、とシードは扉を叩き破るようなノックをして、一応三秒待った。
無反応。

「……」

シードは目を半眼に眇めると、低い声で呟いた。

「蹴り破るぞ」

更に二秒待つ。
空気の動く気配がして、シードは右に二歩避けた。
扉が開いた瞬間の攻撃を警戒したのだ。が、杞憂に終わったらしい。

「……何の用ですか」

扉を上げたクルガンの、腹立たしいいつもの冷静な顔を見て、シードはため息をついた。
本当に、まったく、どうしてここに来たのだろう?

「入れて」

必要最低限の単語だけ喋るシードに何か思うところがあったのか、クルガンは無言で引っ込んだ。
施錠されなかったのは了承だと勝手に受け取り、シードは狭い室内に入り込んだ。予想通りに殺風景な部屋。

「……生死の境をさまよったと聞いていますが」
「生きてて残念か?」
「別に」

クルガンはそっけなくそう言うと、よみさしだったらしい本を取り上げて椅子に座った。
他に椅子はないので、シードは床に座った。いまだ治らない(全治にはかなりの時間がかかるらしい)傷が痛む。

シードはクルガンを眺め、ああ、と言った。

「何アンタ、腕、動かねえの」
「……」

クルガンが開いた本から顔を上げ僅かに訝しげな視線をシードに向けた。
確かにクルガンは左の鎖骨を骨折しており、もうすぐ治るだろうが満足に動かせる状態にはない。
しかし所作には出していないつもりだった。固定の包帯も、服の上からではわからない筈である。

「や、アンタ、左利きだろ?なのに右でページ捲ってるから」
「……妙なところで目敏い」
「アンタは俺に全然興味ねえよなぁ。見舞いにも来なかったしなぁ」

クルガンはさっさとシードから視線を外すと、言われた通りの様子でページに視線を戻した。
そして声だけ投げてきた。

「……貴方だって、私にそこまでの興味などないでしょう」
「んー。うん。何アンタ、俺に特殊な興味持たれたいの」
「御免被る」
「言うと思ったよ。愛想ねーなぁ」

数分。
シードはぼんやりとしていたが、やがて姿勢を崩し、床の上に長々と伸びた。
冷たい床だ。冷たい床に降れる度、何度もこんな気分を味わうのだろうか。

到底自分では刺せない背中の傷と、男の死体で、事情は何とかわかって貰えた。
地上に出たところで力尽きたシードを見つけたのは見回りの兵士で、きっと少しでもタイミングがずれていたらシードはそのまま墓の中だっただろう。

もう終わったことだ。
だが、シードの記憶には残る。

「何しに来たとか、聞かねえの」
「……一番初めに言った台詞だ」

シードの望む答えではない。
どうやら能動的にシードを構ってくれる相手ではなかったことを思い出し、間違ったかな、とシードは小さなため息をついた。

「何かさ、俺達ってさぁ……」
「……」
「痛い目みないとさ、逆に申し訳ないような気持ちになるよな。たまに」
「……熱があるなら医務室へどうぞ」

鬱陶しがるクルガンの声に、シードは唇を尖らせて答えた。
別に、共感を望んだわけではない。慰めて欲しいわけでもない。ただ──ただ。

「どうせアンタ、表情もなんも動かねえんだから、壁の代わりになってくれたっていいだろ」
「壁はそこらに沢山あるでしょう」
「馬鹿、ホントに壁に話しかけてたら俺マジ危ないだろ。益々ブルーだろ」

はあ、とクルガンは先程のシードよりも遠慮のないため息を吐いた。
シードは低い天井を眺めながら、それを聞き流した。ここで退いていては、クルガンとは付き合えない。

「アンタさぁ……ノエルって、覚えてる?」
「……トラスタの、反乱軍のリーダーでしょう」
「うん……」

シードは子供のように頷いた。
それしか、言うことはなかった。自分が何を言いたいのかもわからないから。

「良かったよ……アンタが覚えてて」

シードは横目でクルガンを眺めた。怜悧な横顔。
シードと共通する要素は、殆どない。

「アンタさぁ……愛してるものって、ある?」
「ええ」

虚を突かれた顔をしたシードに、クルガンは冷めた視線を送った。

「否定して欲しいのですか」
「や、そういうワケじゃ……」

慌ててぱたぱたと手を振り、シードは取り繕った。

「そういうワケじゃ……うん」
「……」
「うん……そうだよ、な」


どんな表情を作ったらいいのかわからなくて、シードはごろりと転がってクルガンに背を向けた。











皇国歴二百十九年十二月
皇国軍第四軍第五師団第八部隊曹長ティリー、同軍曹ベルギス、同軍曹ディータ、
ハルモニア境界巡回警備任務中殉職 二階級特進


者:END