『休日』
「ぐ、テメェ、グル……」
「それ以上言ったら歯を折ります」
シードの背中をドアマットか何かのように踏み躙りながら、クルガンは平然と言い放った。
あまりに当然のように鬼のようなことを言う彼のキャラクターに、シードは慣れてきた所だった。
「……ざけんな」
「!?」
成り行きを注視していた人々が、ざわざわっとどよめく。
シードが首の両脇に両手をついたと思った瞬間、クルガンの体が浮き上がったからだ。
「おらァ!」
バランスを立て直し、クルガンが一歩下がる。
体勢的には圧倒的に有利だった筈だ。腕力と背筋力のみで、下向きの力を込めていた成人男性をひっくり返すとは驚異的である。
シードはバッタの様なポーズから一瞬にして跳ね上がると、土埃に塗れた服をはたいて汚れを落とした。
「アンタなァ……服洗濯すんのだっていちいち大変なんだぞ!いきなり何すんだよ」
確かに、客観的に見れば名前を呼んで駆けてきた知り合いを無言で殴り倒すのは礼儀にかなっているとは言い難い。
更にクルガンが取った行動はと言えば、相手の背中に軍靴を叩き付ける事だったのだから、何も知らない第三者が見れば立派に悪人かも知れない。
自分のミスを把握していない相手側からしても、それは同じだろう。
そう思い至って、クルガンはシードの憤りに一応納得した。
けれど、それと認容とはまた別である。
なので、理由を説明することにした。無駄な部分を省いて、簡潔に。
「貴方が悪い」
「ワケわかんね!意味わかんね!!」
シードはぷるぷると首を振って髪についた砂も落とすと、唇を尖らせた。
「しかも何で無視すんだよ、声聞こえたろ?」
「声?」
わずかにクルガンが首をかしげる。
「聞こえませんでした」
おお、と観客から感嘆のため息が漏れた。わずかな拍手さえ起こりもした。
勿論、なんという見事な面の皮でしょう、という意味だ。
はあ、とシードは溜息をついた。
それからぐしゃぐしゃと後頭部を掻き回し、ちらりと周りの群集を見る。みな、視線が合わないように自然にそっぽを向いた。
「……まあ良いや。でもな、アンタ──」
そして再び正面を向くと、目に入ったのはかなりのスピードで去っていく後姿だった。
「だから待てって!!」
「忙しい」
「アンタも休みだろ?」
「尚更忙しい」
「……悪巧みに?」
どかっ
「言い忘れていたが、これ以上私の機嫌を損ねると蹴ります」
弁慶の泣き所をかかとで強打され、シードは無言で飛び上がった。
が、元来肉体も精神も打たれ強い性質をしているので、一瞬で復活する。
「なんでアンタ機嫌悪いのよ。俺で良きゃ相談乗るぜ?」
「………………面白いことを言いますね、軍曹」
クルガンは諦めたように足を止めて振り返ると、シードと顔を合わせた。
そして、一片も冗談の雰囲気を漂わせずに、提案する。
「では相談なのですが死んでください」
「……アンタねえ……俺じゃなかったら結構傷つくぜ、今の」
「では、傷ついてください」
「……もう良ーよ」
「ではこれで」
「そういう意味じゃねえよ!」
ダッシュで進行方向に回り込んで通せんぼするシードに何故か既視感を覚えながら、クルガンは足を止めた。
このまままとわりつかれるのは鬱陶しいし、何より大通りでこれをやられるのは嫌だ。
ちなみに、群集は一・五倍程に数を増やして二人にくっついて来ていた。それは、面白い見ものだろう──他人事なら。
「……何か、用事でも?」
「やっと出たよその台詞。普通なら一番先にそれ聞くだろ」
「貴方は私と無駄な話がしたいのですか?ならばはっきりとお断りしますが」
「ん……いや、世間話も良いんだけどさ。うーん……」
シードは顎に手を当てて考え込んだ。
クルガンは二秒だけ待った。
答えが得られないようなので、あっさり切り捨てようと別方向に足を踏み出した途端、爆弾が投下された。
「仲良くしようぜ」
クルガンを唖然とさせるという前代未聞の快挙を成し遂げた男は、その事実に気付かないまま言葉を繋いだ。
「うん、多分そういうことだ。何か俺アンタの事気になっててさ、さんざ利用された苛立ちなのかなって思ってたんだが、どうも違ぇな」
「……」
「アンタ、友達いなさそうだしさ」
「……その提案には致命的な欠陥がある」
シードはキョトンとした。
その能天気な表情に、断られる可能性はちっとも考えていないのだな、とクルガンは思った。そういう経験が無いのかもしれない。
「私は貴方と馴れ合うつもりはない」
「俺ン事嫌い?」
「ええ」
「うーん、予想通りはっきり答えやがった。少しは裏切れよ」
「……更に言うなら」
クルガンは周囲を睨み付けて群集に距離をとらせると、幼児に対する説法口調で言った。
「私と貴方は合わない。意見が一致することもない。中身のある会話が成立しない。それに私は非建設的な関係を望む程暇ではない」
「うわ、確かに」
「まだ聞きたいですか」
「まだあんの」
「考えればこの三倍は確実に」
「そっか……じゃ俺の意見」
シードは腕組みをして、軽く唇を湿らせた。
「合わない奴の方が楽しい。意見はバリエーションがある方が良い。中身ぎっしりの会話ばっかじゃ疲れる。気安い人間関係を非建設的と捉えるアンタの感性は間違ってる」
「全部貴方の主観的評価ですね」
「学級目標になったっておかしくねえ真っ当な感覚だと思うけど」
クルガンは目を細めた。
シードは自然と一歩下がりそうになった足を留めて、その視線を見返す。
「……正直な所は?」
「だってアンタ放っとくとなんか危険そうなんだもん」
思わず漏れたのだろう本音に、クルガンは納得した。
つまり──そこまで深く考えてはいなかったとしても、シードはクルガンを懐柔しようとしているのだ。
不可能だが。
「ところでアンタ、もしかして名前呼ばれるの嫌い?」
「ええ」
問答が面倒くさいので、クルガンはそう答えた。
「話は済みました。失礼する」
「イヤ済んでねえって!アンタその極端な能率主義止めろよ」
「無駄が嫌いなだけです」
「アンタ絶対芸術家にゃなれねぇな……」
「貴方は絶対大道芸人になれますよ」
「俺は軍人でいーの」
「私もだ」
クルガンは歩き出した。
今度は引き止められなかったが、代わりにシードはクルガンの隣に並んだ。クルガンは刺すような視線で睨んだが、効果は無かった。
三歩。
三歩進んだ後、額に手を当て、クルガンはすぐさま立ち止まった。
男と用も無いのに二人で連れ立って歩くという選択肢は、クルガンの行動パターンには含まれていないのだ。
「いい加減にしなさい、軍曹──」
「なあ」
シードは、クルガンの台詞を途中で遮った。
一応クルガンはシードの上官に当たるのだが、その辺りのことはもうクルガンは諦めている。そんなことよりも直すべき点が多々ある。
「アンタ、俺の名前覚えてねぇの?」
「どの口が吐いた台詞ですか」
つねるなどというかわいらしいものではない。
ぎりぎりぎりぎり、と、クルガンの指先がシードの頬の肉をはさみ潰した。
「痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ!!」
「煩い」
ばっ、とクルガンの手から身をもぎ離すと、シードは距離をとってぎらりと光る目でねめつけた。
肩幅に足を開き、半身になって戦闘体勢を取ってみせる。
「……いい加減にしねぇといくら俺でも怒るぞ」
「良い面の皮だ」
感心したようにクルガンは言うと(シードとしては、クルガンにだけは言われたくない台詞だった)、無造作に踏み出して距離を詰めた。
「っと」
予備動作なしに突き出された拳を、シードは首を左に倒して避けた。
その動きを追うようにして裏拳に変更された一撃を、更に上半身を後ろに倒して避ける。
更に一歩踏み出し肘を打ち下ろすエルボーに変更された攻撃を、今度はブリッジの体勢になって避ける。
蹴りだそうとしたクルガンの足を、シードは器用に片足だけ上げて止めた。両手ともう片方の足で地面を支えているのだが、その体勢からどうしていささかもふらつかずにそれなりの力を込めた一撃を受け止められるのか。もう少し言えば、クルガンの蹴り足の軌道は見えていない筈だった。
クルガンがそう考えているうちに、シードは反動をつけて飛び上がり、体勢を整えなおした。
とんとん、と靴の先を地面に打ち付けて、シードはにやりと笑う。
す、とその瞳孔が色身を増したのを、クルガンは確認した。
「殴り合いっこで負ける気はねぇなァ」
「……同感です」
+++ +++ +++
互いに二発ずつ食らわせた所で、どうやら膠着状態になったと両者は判断した。
「…………殴るのは上官になってからと聞きましたが」
「…………だから、蹴っただろ」
シードは込み上げる吐き気を抑えて、どうにか不敵な笑いを浮かべた。
胃の真上に食らった肘うち(人体で一番硬い部位だ!)のお陰で、今日と明日の食事は体が受け付けそうに無い。
ただ、クルガンの左頬も明日には見られたものではないくらい腫れ上がるに違いないので、シードはそれ程むしゃくしゃしていない。
周りの観衆は二倍ほどに増えている。どうやら無駄にエキサイティングな娯楽を提供してしまったらしい。
こういう状況が嫌なのだろう、クルガンは目線で休戦を提案してきた。シードも、別に異論は無い。
「……なあ」
ただ、気付いたことがある。
クルガンの右袖の腕章を顎で示して、シードは唸った。士官は、外出時にも階級章の着用が義務付けられているのだが──
「……何でアンタ、降格してんの」
「貴方には関係のないことだ」
「気になる」
「今更ですが、不躾です」
肩口にくっきりとついた足形を険しい視線で眺め、クルガンはまた溜息をついた。
「……こんな事をしている暇はないと言うのに」
「何、ナンパ?」
「ええ」
かぱり、とシードが間抜けに口を開けたのを見遣って、クルガンは言葉を足した。
「冗談です」
「いきなりキャラと違う冗談飛ばすなよ……」
「黙りなさい」
無駄な軽口を利いてしまった、とクルガンは反省し(外見からは全く判断できないので、その事実を知るのは彼自身のみだったが)、話題を変えるためにシードに水を向けた。
「貴方も何か用事があるのではないのですか?」
「俺?俺は布買いに行こうと思ってさ」
「……それは整備兵の仕事では?」
クルガンは、シードの体をざっと眺め渡した。
いつもの事ながら、点検される荷物の気持ちが理解できるとシードは思った。
「それとも前線は退いたのですか」
「は?」
不快な言葉を聞いた風に、シードが顔を歪める。
どうやら見当違いな事を言ったらしい、とクルガンは理解し、他の可能性を検討し始めた。
「何で整備兵が出てくんの」
「布を買いに行くのは──」
「あ、わかった」
シードは呆れた様子で肩を竦めた。
「アンタ布っていったら幕舎用のテント布しか思い付かねえのな……俺が買いに行くのは服用の布地だ。あ、更にわからねえって顔すんなよ」
「服用というのは……」
「だから、稽古着が古くなったの!」
「……。世間には仕立て屋と言う職業があって──」
「知ってるって!」
怒鳴り声に観衆がざわめいたので、シードは慌てて笑顔を振りまいた。
それから気を取り直してクルガンに向き直る。
「自分で作った方が安いだろが」
「……」
「安いんだよ。ほら、これも自分で作ったんだぞ」
「……」
「見ろ、十分着れてるだろ」
「……」
「納得しろ!」
クルガンはゆっくりと頷いた。
「貴方には貴方の用事がある事は確認出来ました」
「あ、でも俺は別にアンタの方に付き合うぜ」
「結構」
フェルトでもキルティングでもレースでも買いに行きなさい。
そう言って囲みを抜けようと、何度目かわからないが身を翻したクルガンの背中に、シードは先程辺りを見回して気付いた事を言ってみた。
クルガンとシードのやり取りを固唾を呑んで見守る、最初の三倍ほどに膨れ上がった群集。
その、きらきらとしたまなざし。
「……なんかさ、俺達ホモの痴話喧嘩に間違われてねえ?」
クルガンがいきなり猛然と走り出したので(ちなみに、シードがクルガンの走るところを見たのはこれが最初だった)、シードは待てよと叫んで追いかけた。
何故か歩道の敷石が飛んできたので(クルガンがどうやって掘り起こしたのかは不明)、シードはそれを身をかがめて避けた。
+++ +++ +++
「……何で武器屋?」
クルガンはシードには構わず店の戸を潜った。
頼んでおいた品物を受け取りに来たのだ。
店内は薄暗い。シードが興味を惹かれたようにあたりを眺め渡すのを尻目に、クルガンは店の奥のカウンターに近寄った。
ここは刀剣の専門店で、請負製作もしている。
馴染みの店主に注文票を渡すと、彼は別室に引っ込んだ。クルガンは、カウンターに身を預けて待つ。
「お、これ格好良い」
ずらりと並んだ鋼の輝きの中から、緩く刀身が反った細身の片刃剣を取り出して、シードはそれを眺めた。
鍔は真鍮製で、少し装飾過多な気もするが、護拳が付いており、どうやらそれは鋼鉄製だった。実用にも耐えるだろう。
皇国兵には一律に軍刀が支給されるが、シードは戦場に出る度に折ってしまう。後は敵兵から剣を取り上げて凌ぐのだが、それでも戦闘中に5本は剣を折る。
加減して扱っているつもりなのだけれど、シードの力に耐えられないのだろう。所詮は量産品だ。
お陰でシードは、備品の申請書だけは目を瞑っていても書ける。
「カスターネか。お兄さんには合わないだろうね」
「うわビックリしたぁ!」
思わず剣を取り落としそうになりながら、シードは目線を落とした。
シードの腰くらいまでの伸長しかないように見える小柄な老人が立っていたのだ。
「あんたの力についていける子はそうそういない。そうだなぁ……これなんてどうだい?」
老人がひょいと引き出したのは、長さはシードが持っているものよりやや短く、ほぼ直身の片刃剣で、柄尻が刃先の方に湾曲していた。
「コイツはクレワング。断ち切り用だ。カスターネみたいに鋭くないけどその分強度がある」
「なんかなぁ……剣っていうより鉈みたいじゃねえか。ちょっと短いし」
「薄くて刀身が長いとすぐ折れちまうだろう?アンタには合ってる」
「他の無い?」
老人は気を悪くした様子も見せず、クレワングを棚に戻した。
釣られてシードもカスターネを棚に戻し、彼の動向を伺う。
老人はその脇の棚を開いて、また一振りの剣を取り出した。
「じゃこれだ。ファルシオン」
「ふーん……なんか変わった形だな」
シードはファルシオンを受け取ると、表裏を順にひっくり返して眺めた。
刀身は先に行くほど身幅が広がっており、ずっしりと重い。直刀片刃で、突きよりは斬撃に適した形状をしている。
「へえ……」
「気に入ったかい?あんたとその子なら、まず大抵のものは断ち切れるよ」
「使ってみなけりゃわからねえ」
「そりゃそうだ」
老人が声を立てて笑った。
「おや、お連れさんの用事が終わったようだよ」
シードが振り向くと、剣が包まれているらしい布包みを脇に抱えてクルガンが立っていた。
ファルシオンを手に持ったまま、シードはひょこひょこと近づいた。
「アンタ何買ったの?」
クルガンはシードを無視して、老人の方に視線を移した。
老人はクルガンの全身をまじまじと眺めると、手招きした。クルガンの前に、一本の剣を差し出す。
「あんたにはこれが似合ってるな」
それはとても鋭い切っ先を持った長剣だった。峰は直身で刃が緩やかに湾曲している。
「なんという剣ですか?」
「フリッサ。刺突に優れた子だ」
クルガンは小脇に抱えていた包みを棚の上に起き、その剣を受け取った。
老人がにやりと笑う。
「あんたの速さとこの子のリーチなら、まず大抵の相手は瞬殺出来るさ」
「おいおい、物騒な奴に物騒なモン持たせんなよ……」
シードの呟きは黙殺された。
クルガンが構ってくれないので、シードの興味は自然クルガンの買った剣に向けられた。
包みを手に取り、くるくると巻いてあるだけだった布を引き剥がす。
中に入っていた剣を見て、シードの肩が落ちる。
「……何だコレ」
それは、一般兵と下士官に支給される軍刀だった。
シードの持っているものと同じ。わざわざ買いに来なくても手に入る。
「持ってみなよ」
「うわビックリしたぁ!?」
先程と全く同じ悲鳴を上げて、シードは視線を落とした。
小柄な老人は、どうやら全く気配を感じさせないらしい。
クルガンはと言えば、フリッサをしげしげと眺めていてこちらに興味は無いようだ。
老人の言葉に促され、シードは軍刀を手に取った。
持ち上げた途端、その目がうっすらと細められる。
シードは腕を水平に伸ばし、空を一閃した。
「……ずっりぃ」
「わかったかい?」
「これ全然別モンじゃん!」
「軍の支給品じゃ碌に斬れないって言われてね。外見だけ似せて作ったのさ……違う剣を持ってると妬まれるらしいしね」
「俺も欲しい」
「二万ポッチ」
「……出世払いは?」
「受け付けてないよ」
にや、と笑って老人はシードの手から軍刀を取り上げ、元通りに包みなおした。
シードはクルガンに駆け寄ると、骨付き肉を目の前にした犬のような表情でねだった。
「あれ、俺にくれ」
「……試し斬りさせてくれれば、考えます」
「死ぬじゃねえか!」
+++ +++ +++
結局、ファルシオンもフリッサも、二人の手が届く代物ではない。
もとより支給品以外の剣の所持が許されるのは、仕官より上という不文律があるため、手に入れても今は意味が無いのだが。
もう諦めたのか、クルガンはシードが後を付いて来ても何も言わない。
多分、騒ぎになるのが嫌なのであって存在を許容したわけではないのだろうけれど。
クルガンはまっすぐ兵舎に帰るのだろう。
シードは布の買出しを延期して、彼の部屋を突き止めることにした。居所がわかれば、暇なときに剣の訓練に付き合ってもらうことも容易だからだ。
クルガンにとっては迷惑極まりない計画を立てながら、シードは頭の後ろで手を組んだ。
実りのある休日と言えなくも無い。
攻撃を食らった腹と脛はまだ痛んだが、その代わりに武器屋の穴場を見つけた。
「あ」
そういえば、賭け試合の報奨金を貰い忘れたことを思い出し、シードは声を上げた。
クルガンは全く反応せず、振り向きもしない。
まあ良い、とシードは思った。賭け試合は逃げないから、もう一度参加すると言う手もある。
金銭欲は無い方だったが、今は明確な目標が出来たので。
金を稼いで、いつか自分はファルシオンを買うだろう。
そして、それを持っていても誰も文句を言わない場所にいく。
その空想に自然と気分が高揚してきて、シードは目の前の背中に小走りに駆け寄った。共有したかったのだ。
クルガンとフリッサも、きっと似合う。
「なあなあ」
「……」
「今度また、真剣で手合わせしようぜ」
「……」
「何、頬が痛いから喋りたくない訳?」
「……」
「結構楽しくなかった?休日」
「……」
「俺は楽しかったんだけど」
「……」
「無視すんなって」
「……」
「なあ、仲良くしようぜ」
「……」
「なあ」
「……」
「なあ、クルガン?」
ぴたり、とクルガンは足を止めた。自然、シードが隣に並ぶ。
わずかな驚きをその目の中から汲み取って、シードは満足した。
「……シード」
「いや……だってよ」
クルガンの視線が先を促すので、シードは大人しく言い訳を続けた。
「ああでも言わなきゃアンタ俺と話もしてくれなかったろ?」
あはは、とシードは後頭部を掻いて誤魔化そうとした。
クルガンは腕を組んで、首を僅かに傾けた。
「……つまり、貴方は私を怒らせたかったのですか」
「あ、バレた」
にこり、と愛想の良い笑いをクルガンは浮かべた。シードが初めて見る表情。
それはクルガンが本気でむかついた時に作る笑顔だとシードが見極めたのはもっとずっと後のことだが、その報いは相当なものになると知ったのはこの直後だった。
『休日』:END