味の極端に偏った野戦食を喉の奥に無理やり押し込み、布と見まごうばかりに薄っぺらな毛布を敷き、虫と闘いながら目を閉じる。
ヴィネルはそんな毎日には飽き飽きしていたが、だからといって他に出来ることもなかった。

……痛い。痛いな。

右肘を腕枕にしながら、一生懸命に目を瞑る。疲れた体を、痛みを凌駕する眠気が襲ってくれるのを待ちながら。
左太ももに負ったのは掠り傷だ。しかし熱を持ってじくりじくりと痛み続ける。

朝になったら包帯を巻き替えたい。清潔なものなんてそうそうありはしないだろうけれど。
誰か傷口の消毒用にアルコールをまだ取っておいている奴がいないだろうか。自分で用意したものはもう先輩に奪われ、飲まれてしまった。
あんな吐き出しそうに不味いものでも、気分を高揚させる役には立つのだろう。
膿んだらどうしようか、とヴィネルは眉を顰めた。それに──悪い想像が止まないのはいつものことだ──もしも破傷風になんてかかったら、一巻の終わりだ。

ああ、今のうちに確保しよう。
そう思い立って、ヴィネルは目を閉じたまま呼びかけた。

「クルガン」
「何だ」
「酒くれ。明日の朝で良い」

貴重品を狡賢く貯めておく才能にかけては、クルガンの右に出る奴はまずいない、とヴィネルは思っていた。その年に似合わず怜悧な風貌で大半は誤魔化されているが、はっきり言ってセコい。それほどまでに徹底的に、自分を譲らない。
子供みたいだ、と面と向かって言ったことはなかった。真正面から勝てなかったら斜め後ろから勝つ、といった性格は、どう考えても敵に回していいものではない。

クルガンは、笑ったり怒ったりという感情の起伏を滅多に見せない。近寄りがたい雰囲気は、お高くとまっていると受け取れなくもなかったが、今では余計なちょっかいを出してくる奴はいない。
最初は勿論、許されるわけがなかった。クルガンは年上の先輩方に念入りに袋叩きにあい、腕と肋骨を折られた──実際、どちらかと言えばクルガンの態度が悪いのだ。鼻血を出しながら雑巾のように転がっている彼とばったり出くわした時、ヴィネルはウィンクして回れ右した。

確かに痛い目に遭った癖に、そこで態度を直そうとしないのが、頭が良いのか悪いのか良くわからない。
クルガンは見事なまでに──迎合しなかった。むしろ逆だ。

怪我が治るまで、クルガンは戦場に出ず大人しく寝込んでいた。そんな事件も忘れられかけた頃、リンチに参加したものだけが原因不明の腹痛に襲われ、四日五晩下痢症状が出た。そしてクルガンは、二度と囲まれる愚を犯さなかった。

(──もしかして、要領が悪いのかもな)

それは少し面白い考えだった。こみ上げた笑いに身じろぎをすると、太ももに敏感に響いた。
ヴィネルはため息をついて、人生で何度目かもう数えるのも馬鹿らしい呟きをこぼす。

「痛いな」
「慣れないのか」
「お前は慣れたの?」
「慣れようと思っている」

それは多分、幸せなことではないのだ。
けれど、きっと自らの意思でそれを選んでいる。クルガンも、ヴィネルも。

「こんな掠り傷でこんだけ痛いんだったら、腹とか斬られたら痛くて痛くてたまったもんじゃないよな。きっと」
「苦しみは短いだろう。内臓が傷ついたら、まず間違いなく死ぬ」
「腹圧でずるずる出てくるじゃん、あれ、戻しても駄目?」
「死ぬほど痛いぞ」
「経験者?」
「まさか。でも想像はつく」

ヴィネルはにこりと笑って、子供には似つかわしくない言葉を吐いた。

「そうか──それならどっちにしろ、死ぬなあ。なあ、俺が腹切られたら首刎ねてくれる?」
「首を刎ねても、十秒くらいは意識が残ると聞いたことがある」
「馬鹿お前なんでそんな怖い話するんだよ。どうしようもないオチだそれ」
「……脳を破壊されれば大丈夫かもしれない」
「良し、じゃあそれでいこう」

頬を這い登る羽虫を振り落とし、その光景を脳裏に描く。
今まで見てきた景色に比べて、特別に凄惨だというわけではなかった。
突き落とされるように、一瞬で。

「眠るように死ねたら、良いな」
「……そうだな」

返事があるとは思っていなかった。ヴィネルは少し驚いて、隣に陣取っている戦友の横顔を見遣る。
クルガンは目を閉じていた。そして二人ともその後は、ずっとずっと黙って、そしていつの間にか眠りに就いた。

きっと、そう望むには殺し過ぎたし、騙し過ぎた。
そんな良い子にプレゼントがあるとしたら、苦痛で目玉の飛び出るような死だろう。

けれど、想像するくらいは許されるんじゃないだろうか。
命に刃の突き立つ感触は、何秒で終わってくれるのかわからないから、そんな恐怖よりは──そっと目を閉じて突き落とされるような、終わりを。










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