相棒と同僚。






『相棒と同僚』




ぎぃん、と激しくも鋭い金属音が、一際大きく響いた。
罵声と剣戟と血臭が混じり合う、これは戦場の空気だ。

快晴、ところにより血飛沫。
太陽は中天にさしかかり、降り注ぐ日差しが醜い争いを照らし出す。
既に日常の一部と化している、同盟とハイランドの小競り合いである。

その巨大な喧噪の中心部、つまり二つの軍勢がぶつかる最前線では、リーダー達が腕比べをしていた。

「おおおおおおおおっっ!!」

吠え声と共に上段から体重の込められた一撃が降ってくる。
軽く舌打ちしてそれを受け止めたビクトールの肩が、鈍くぎしりと鳴った。

「ちぃっ!」

力任せに弾き返し、逆襲とばかりに横薙ぎの斬撃を叩き込む。
美麗とさえ思える音が響き、星辰剣は相手の剣に阻まれた。
無理せず剣を退き、違う方向から攻め込む。
今度は体捌きでかわされた。

「おらァ!!」

気合一閃。
先程からビクトールと一進一退、なかなか決着のつかない勝負を繰り広げているのは、野性味溢れる雰囲気の青年である。

ハイランドの猛将、シードだ。

戦場での顔合わせは何度もしているが、実際に剣を交えるのは今日が初めてである。
彼の前に雑草のように切り払われる同盟兵を見かねて、ビクトールが進み出たのだ。
おかげでシードに斬り捨てられる犠牲者の数は止まったが、ビクトール自身も行動不能になってしまった。

リーダー同士が一騎打ちとは時代錯誤も甚だしいが、この猛将相手では仕方ない。

戦いの指示は全て、相棒に任せてある。
この場でビクトールが一瞬でも気を抜けば、それがたちまち命取りになるのだ。
勿論、相手が一瞬でも隙を見せれば、首を跳ね飛ばしてやるつもりだが。

めまぐるしい攻防に、誰も手が出せない。

額から汗が滴り落ちる。
シードも相当疲労しているようだが、それと反比例するようにして両者の剣技は冴え渡っていく。
流石に良い腕だ。ビクトールは笑った。
全身隙間無く鎧を着込んでいる癖に、何という体力だろう。だが、体力勝負で負けるわけにはいかない。

ここでシードを倒せば、ハイランド軍の戦力低下は否めないだろう。猛将が落ちたとなれば、志気にも影響する。
逆にビクトールが倒れれば、同盟軍に同じ事が言える。この戦い、両者とも負けられなかった。
しかしシードの方はそこまで考えているか怪しいものだ。邪魔者は倒す、彼の戦場での行動はそうインプットされているのだろう。戦いの興奮に酔い、バーサークしているようにも見える。

何度目になるかわからない吠え声が上がった。

「いっくぜえええええええっっ!!」
「応っ!!」

二人から間を取って十メートルほど。
シードの後方で、ハイランド軍を指揮しているのは銀髪の男だ。
たなびく黒衣。青毛の馬にまたがるあれは、ハイランドの知将。銀狼とも呼ばれるクルガンである。

今は群がってくる雑魚を相手にしているようだが、それを片付けて彼がシードに加勢してくれば、ビクトールの命は瞬く間に無くなってしまう。勿論、シードがそれを許さないだろうとは踏んでいるが。

なかなかつかない勝負にシードの声に苛立ちが混ざった。

「こんの森のクマさんがァっ!!」
「そう言うお前は赤猿だろう。人のことが言えた義理か」

後方から冷静に突っ込んでくる同僚に、シードの肩が少しこけた。
刃と刃で、一進一退ぎりぎりと押し合っていたビクトールが、疑問を向ける。

「あの男、どっちの味方なんだ?」
「…………さあ。俺にも時々わからなくなるんだよな」

妙にしみじみと呟く赤毛の男に、ビクトールは同情の視線を送った。
無論、剣を押し込む力は緩めないが。

微妙な力の駆け引き、二人はそこに落ち込んだ。
丁度その時、ビクトールの後ろから鋭い声が飛んだ。

「避けろビクトール!!」

反射的にその声に応じて、ビクトールは振り返りもせずに横っ飛びに跳んだ。
先程までその身体が存在した空間を、巨大な青白い光が通過する。
それが引き起こす効果を知らなければ、美しいとさえ言えるだろう。

一直線に全てを押し流す雷の魔法。

「――――『疾走する雷撃』!!」

ビクトールの影にはシードがいたが、勿論彼にもその警告の声が聞こえていた為難を逃れている。
人の背丈を軽く超す雷気の壁が、派手に地面を蹴立てて進んでいく。

「青雷か…………!」

射殺すようなシードの目が、手綱を取るように雷を束ねているその男を捉えた。
ビクトールの相棒、フリックである。
その二つ名が示す通り、全身青ずくめ。トランの解放戦争での活躍は記憶に新しい。

剣士であるにも関わらず高い魔力を有するフリックの雷は、まるで津波のように頭をもたげて、避けたシードの背後、つまりはハイランド軍の正面に襲いかかった。
あれに巻き込まれれば、死は避けられないだろう。

「ひっ」

誰かの短い悲鳴が上がる。
黒こげの死体が野を埋める光景を誰もが幻視したが――――

かっ!

世界が白くなる。
そう思わせる程の電光が吹き上がった。

「あ……………」

雷の壁が、動きを止めている。
いや、あれは前進をやめたというよりは――――

「「……………………げ」」

その濁音を発したのはシードだったかビクトールだったか。

フリックの魔法は前進を妨げられている。
雷の奔流がもうひとつ出現し、真っ正面からぶつかっているのだ。
ばちばちと、凄まじい勢いで絡み合う雷気。

当然その発生源は、黒衣の銀将軍である。

クルガンの手からはフリックと同じように稲妻が迸り、荒れ狂っていた。
フリックの表情が凍り、唇が強く噛みしめられる。

両者の身体にかかる負担は尋常ではない。普段は十秒弱で完了する『疾走する雷撃』を、終わらせず無理矢理に延々と起動しているのだ。

――――さて、どちらの魔力と集中力が途切れるのが先か。

ごくり、と。
同盟軍も皇国軍も、思わず固唾を呑んでその光景を見守った。

発動出来ず、刻々と威力だけを蓄えていく雷気が、プラズマ化して停滞している。あれは換算すれば何ボルトになるのだろう、そんなことは考えたくもないが青白く不気味にスパークする塊。
丁度、クルガンとフリックの中間で。
均衡が少しでも崩れれば、押し負けた方の末路ははっきりしている。

しかも、フリックの後ろには同盟軍が。クルガンの後ろには皇国軍がいた。

「……………………」

クルガンの眉が僅かに寄せられる。
気を抜けば逆流して来るであろう、高密度の稲妻の群が、彼の手元で暴れているのだ。

「てっめぇクルガン!ざけんな根性入れろ!!」

こんな野次を飛ばす人物は一人しかいない。
クルガンの眉が、今度は別の理由で寄せられた。

…………簡単に言ってくれる。

「負ーけーるーなー!!」

だんだんだん、と地面を叩く音がする。

クルガンは、幼児のように足を踏み鳴らしているに違いない同僚に視線を送るのは止める事にした。
気が抜けるからだ。

さて、丁度反対側では。

「フリーーーーック!お前これで負けたら二つ名変えなきゃならねぇぞ!?残ってる特徴青だけだぞ!?」
「だあああああ!!黙れクマ!気が散る!!」

汗を飛び散らせながらフリックは喚いた。
紋章が光っている手の甲が、焼け出すように熱い。

制御しきれなくなっている稲妻が一筋、マントに焼け焦げを作った。
プラズマは益々成長し巨大化している。

「やばっ………なんかマジでヤバい!?」

見えないが、雷の壁の向こう側からそんなような声が聞こえてきた。
そんなことはとっくに承知しているのだが。

「お、おい…………フリック?」

怯えたようなビクトールの声が聞こえる。
フリックの両手がぶるぶると震えだしていた。

連動するように光の筋が大きく揺れる。伸縮を繰り返すプラズマ。
どこからともなく悲鳴が上がった。
緊張が極度に高まり――――

もう駄目だ。先にそう思ったのはどちらだったか。

「「…………………!!!」」

クルガンとフリックは思い切り両手を跳ね上げた。
そして。

白濁する視界。

閃光。
爆発。
閃光。

そして無音。




+++ +++ +++




…………跳ね上がり、空中でその威力を爆発させた稲妻の塊は、半径約五百メートルほどに渡って雷の雨を降らせた。両軍ともに完全に巻き込まれた形である。
幸運な事に、拡散した分だけ威力は薄くなっており、僅差はあるがだいたい一人につき十五万ボルト―――電気ウナギの約二百倍といったところだ。

辺りには累々と、痺れて痙攣している人、人、人。
全員、しばらくは行動不能だろう。しかも数日は後遺症が残る筈だ。

その中で何故か無傷の二人(無作為に荒れ狂った筈の雷だが、流石に術者自身に命中するのは避けたのだろう)は顔を見合わせた。

「疲れました」

クルガンは無表情にそう言った。
というより、その一言で終わらせた、と表現する方が正しい。

「今日の所は痛み分けですね」
「………そうだな」

フリックは数秒の逡巡の後、同意した。
足元で痙攣している相棒の姿は無視することにしたらしい。

「…………てめーら、ズルすぎ」

か細い声が(良く知っている声のようだったが)すぐ近くで上がったが、クルガンはそれを完璧に黙殺した。

フリックの方はと言えば、苦笑いくらいは返してやった。
何といっても、まあ一応相棒なのであるからして。