革命家。
『革命家』
通されたのは、いたって普通、あるいは質素ともいえる部屋だった。
シードも、この古い砦の中で大理石張りや赤い絨毯を期待していたわけではないので、構いはしないのだけれど。
シードがおかしな行動を取らないように斜め後ろに張り付いている男が二人。
この部屋の主であろう人物の後ろに控える男が三人。
びりびりと、肌でわかるほど素直に警戒されているのがわかる。
男たちは一様に肩に力を補充し眉間にしわを配置し、シードの呼吸や髪をなでるために上げた手にもいちいち反応してくれる。
一挙一動に視線が集中しアクションがあるので鬱陶しいやら面白いやら、シードは何故彼らが自分を檻に入れ、『皇国軍からの使者:19歳、雄。餌を与えないでください』のプレートを掲示しないのか不思議に思った。
シードがいきなり変形して口から毒ガスを吐くことすら考慮しているような警戒の仕方。
まあ、彼らの緊張もわからないではない。
皇国軍は反乱の鎮圧のために派遣されたのだし、ノエルという統率力と人望のあるリーダーを万が一にでも失えば、志気の低下は免れない。下手をすればそのまま瓦解もありえる。
そう、この部屋の主はノエルだ。
シードから机をはさんで二メートルほど向こうに座っている。
上品に淹れた紅茶色の髪。艶やかに真っ直ぐなそれは、櫛にも引っかかることがなさそうだ。
一直線に見つめてくる深い黒い目は、何処か人を落ち着かない気分にさせる。
若いとは聞いていた。
が。
「ようこそ、ろくな持て成しも出来ませんが」
澄んだ声。
少年のような、外見。しかし隙のない笑顔。
男装がよく似合う、丸みの少ない体。
「女」
「で何か不都合なことでも?」
シードの言葉を引き取って、ノエルはそう言った。
「や、ねぇ………ないですけど」
思わず素の口調がでてしまい、慌てて言い直す。
ノエルは微かに口の端をあげて、シードの目を真っ直ぐに見据えた。
どことなく、気圧されるような感覚。
中性的な、なおかつ硬質で潔癖な雰囲気の中で、その瞳には強い意志が輝いている。
やはりカリスマなのだろう、そうでなくてはこの若さ、しかも女で反乱のリーダーなど務まるわけが無い。
シードはぞんざいな口調にならないように気を使いながら、自分の命を果たすために語り始めた。あまりたいした説明もない。
和議、と聞いたところで周りの取り巻きの男たちはあからさまに動揺を示した。予想できたことではあったが。
ノエルは視線をそらさないまま、落ち着いた表情で彼らを制した。
「では、正式にこれを」
シードは作法に則った動作で、書状を手渡す。
ノエルはそれを開くと、すばやく視線を走らせた。数秒後、丁寧にたたむ。
ふう、とため息をひとつ吐くと、連動したように男たちの肩が揺れる。
「良いでしょう」
シードは一瞬耳を疑った。
即答に近い返答もあるが、それ以前に。
和議の申し出は、それが罠だと見え透いていたとしても、反乱軍にとって重大なニュースには違いない。
確かに決定するのはリーダーだが、これは独断が過ぎはしまいか。
しかし男たちはなんら反論することもなく、沈黙している。
不服の色がないわけではない、彼らの目を見ればそれくらいのことはわかった。だがそれはこの一言の相談もないままの決定に対してではなく、リーダーの身を案じているだけであるらしい。
思った以上の、影響力───というよりは、支配力。
それはリーダーの資質として欠くべからざるものだが。
シードは最初にこの砦に囚われたときから抱いていた感想を強くした。
反乱軍は、ノエルに頼りすぎている。
「ただし、条件がある」
それは当然だろう。
シードはなぜか少し安堵しながらその台詞を受け止めた。
「何でしょうか」
もちろんそれを呑むかどうかの決定権はシードにはない。
それを聞くのは、使者は条件の内容を報告するのが義務だからだ。
「…………条件は、貴方がその場にいてくれること」
「は?」
今度こそ思わず間抜けな声を出してしまったシードに、ノエルは年相応に思える微笑を向けた。
「貴方なら、信頼できると思います」
ああこれは。
シードはぼんやりと思った。
最近、いきなり変な言動をする奴らと係わり合いになることが多いな。
ノエルがシードのどこをどう見てどう感じてそう思ったのかは定かではない。
だがまあ、よく考えてみれば確かにシードは真っ正直だと言われることが多かった。そのあたりを感じてこういう台詞が出たのだろうか。
確かに、シードは信頼されればそれに応えぬわけにはいかない男だ。それは確かだ。
だからそう言われると、使者に命じられたときから、いや、和議の話を聞いたときからの奇妙なやるせなさが一層増すのが感じられて、落ち着かない。
「あー………」
シードは挙動不審な動作で、足踏みをした。
額の毛を掻き上げると、ちらちらと斜め左上を見ながら口を開く。
「えと………」
シードが言いにくいことを言おうとしているのに気付いたのか、ノエルは部屋にいた部下たちを下がらせた。
危険だという声はきっぱりと否定され、しぶしぶと男たちは廊下に出て行く。もちろん、それぞれがシードを睨み付けることだけは忘れずに。
シードは廊下の気配が消えたのを確認し、二秒ほど逡巡してから口を開いた。
「貴方は………この会談が本気で成功すると思ってるわけじゃあナイでしょう?」
「ええ」
あっさりとそう返すノエルに、シードは思わず詰め寄った。
最近、こんなことばかりしているような気がする。
「じゃあなんで」
「私は」
シードの台詞をさえぎり、ノエルは毅然として言った。
窓辺を振り返った、真っ直ぐな髪がさらさらと揺れる。
「我らが正しいという事を示したい」
その表情は見えない。
シードは唇を噛んだ。
ノエルは窓から見える景色を眺めながら、こう囁いた。
「このような非道がまかり通っているのはこのトラスタだけではない」
憂いを含んだ声音。
シードは顔を上げる。
「それは………」
「この国は芯から腐っている」
シードに向き直ったノエルの表情に、シードは嫌な予感を感じた。
「………まさか」
ジェスタを倒すだけではなく。
シードの言を引き取るように、ノエルはきっぱりと断言した。
「ルルノイエに攻め上る」
「馬鹿か!!不可能に決まってる!犬死にだぞ」
そもそもジェスタすら、倒せない確率のほうが高いのに。
それは無謀というものでさえない、単なる夢想だ。
ノエルは硬い表情でこう言った。
触れれば砕ける、薄いガラスの響きで。
「───それでもいい。あの愚王に、我らの怒りを示せれば」
勇気あるものが、それを継ぐだろう。
覚悟が結晶して出来たような、黒い黒い深い瞳。
シードは一瞬でノエルの決意を知った。