革命家。






『革命家』




「―――口頭で良いので報告するようにとの事です。以上(オーバー)

忘れていた。

シードは思わず肩を落とした。
そう言えば(そう言えば、も何もないのだが)シードは偵察部隊の隊長役を務めていたのだ。
彼一人だけ帰還が遅れたため、本当はシードが纏める筈だった報告は、もう部下達によって済んでいる。

それではなく、彼本人がした調査の結果を提示していなかった。
砦の内情はシードしか見た者がいない。

「……………了解(ヤー)

すっかり失念していた事実。シードは顔を歪めた。
呼び出しに来た三等兵が、挙動不審なシードに疑問の視線を向ける。
何でもない、とシードは笑って見せた。内心ではこう叫んでいたが。

―――あの准尉と顔を合わせるのは極力回避するつもりだったのに!

皇国軍は、ノークの城壁の中に駐留している。
まさかこの人数で宿屋に泊まるわけにもいかない、城壁と町並みの間の空き地にテントを張っているのだ。
流石に大怪我をした者は、ジェスタに頼んで都合を付けて貰っているが。


指揮官用の幕舎を眺めて、シードは溜息を吐いた。
さて、あの入り口をくぐった途端にナイフが飛んできたらどう避けようか?

幕舎の前に立ち、一つ深呼吸をする。
それから声をかけた。

「指揮官代理殿、失礼してもよろしいでしょうか?自分はシード軍曹であります、遅ればせながら反乱軍本拠地偵察の報告に参りました」
「入りなさい」

間を空けずに返事が寄越される。
シードは幕を持ち上げ、入り口をくぐった。勿論、内部の気配を探りながら警戒を怠らずに。何故戦場でもないのにここまでしなくてはならないのか、本当に不思議ではあったが。

一般兵は四人から六人で一つの幕舎を使う。指揮官は勿論一人で。
クルガンは、机に腰掛けていた。シードの方を見遣る。

つい昨日まで、ここにはアーネストがいた。

「では聞きましょう」

そう言ったクルガンの目を見て、シードはこう思った。
――――もしかしてこの男、自分のことを覚えてないのではないだろうか?
先程お会いしましたよね、と彼に訊いて、何のことですか、と返ってきても不思議ではない気がする。

(………………………………………………まあ、別にいいけどな)

シードは報告を始めた。
砦の内部構造、人数、武器弾薬について―――自分の目で見た事、それに肌で感じた雰囲気からの予測を交え、出来る限りの事を伝えようと努力する。

クルガンは目を閉じ、黙って聞いていた。
その視線が隠されるだけで、受けるイメージは格段に違う。

眠っているように平静なその顔に何故だか憤りを感じて、シードは詰るようにこう言った。

「――――貴方は、反乱の理由を知っていますか」

答えは返らない。

シードは思わず語り始めてしまった。これ以上ないくらいに熱を込めて。
反乱軍の抱えている思いと、行動理由。
ジェスタの横暴と悪政、民の苦しみと嘆きを。
何故彼らが立ち上がったのか、何故彼らは命を捨てて戦い続けるのか――――

もしかしたらそれが、何かこの男を動かしてくれるのではないかと。

「だから…………だからっ…………!」

呼吸を乱す程に語って、それからシードは我に返った。
少し、落ち着け。

それから、さほど歳も変わらないであろう上司に向かって、吐き捨てるように呟いてみせる。

「…………それでも、制圧しますか」

クルガンはまだ答えなかった。シードの言葉は完璧なまでに無視し、微動だにしない。
一欠片の感情もそこから読み取ることは出来なかった。

つい十秒前に課した自制をどこか遠いところに放り捨て、シードは思わず掴みかかるかのような勢いで彼に迫った。

「アイツらが悪いんじゃない!アイツらが言ってること、間違ってない………!」

反乱軍には、反乱を起こすだけの理由がある。

そこでクルガンは目を開けた。
シードの方に視線を遣る。

「成る程軍曹、同情ですか」

オタマジャクシに足が生えましたね。
まるでそんな内容であるかのように、あっさりとクルガンはそう返した。
見るのではなく、眺めるかのような視線。

自分が物にでもなったかのように錯覚する。

…………シードは震える手を抑えるために、ぎゅっと握り込んだ。
そうでもしないとどこかに叩きつけてしまいそうだ。

例えば、この男の顔面とか。

「…………アンタ、そんなことはちっとも気にしないってのか?」
「生憎、博愛主義者ではない」

クルガンはそう言うと、ちらりとシードの拳に目を向けた。
興味もなさそうにすぐ逸らしたが。

「心配せずとも、武力で叩き潰しはしない。こちらも消耗した」
「それって…………」
「皇国軍を間に挟み、領主と反乱軍との会談の席を設けることにします」

それを聞き、シードは思わず首を振った。
前髪を掻き上げ、苛々と足を踏みならす。

「話し合い……!?そんな上手いこといくものか!!信用するな、あのジェスタって野郎は………」
「――――犠牲は少ない方が良い。そうでしょう?」

さらり、と。

シードの台詞を遮って、クルガンはそう言った。
確かに正論だ。

………背筋を寒気が這ったのは、気のせいだろうか?

「反乱軍への使者は貴方にします。そこまで入れ込んでいるのであれば、顔見知りもいるでしょう」
「………………………」

シードは、何かを言いかけ、逡巡し、そして結局口を噤んだ。
考えすぎかも知れない、けれど。

犠牲は無い方が良い、ではなく。
少ない方が良い、と言った事に。

何か意味が、あるのだろうか?

薄く鋭い刃、その色をした瞳からは、何も読みとれなかった。




+++ +++ +++




「………こりゃ楽だわ」

シードは、砦へ続く山道を登っていた。
ここを通るのは初めてである。前回は、行きも帰りも道などという高級なものは利用できなかったので。

「和平会談、ねぇ………」

シードは溜息を吐いた。
懐には、クルガンに託された書状が入っている。

道中、破り捨てたい衝動に何度か駆られたが、流石に実行はしていない。

シードはジェスタを信用していなかった。
砦の娘の話を聞いたのもあるし、何だか笑顔が胡散臭いという偏見もある。
任務は、砦を訪問し、ノエルに書状を渡し、詳しい説明をするという結構重要なものなのだが、どうにもやる気が出ない。

ふう、ともう一度溜息を吐いて、シードは足を止めた。
それを見計らったように(実際は逆なのだが)声がかかる。

「何者だっ!?止まれっ!」

もう止まっているのだが、あの台詞はお約束なのだろうか?
シードは親切に、言われる前に手もあげてやった。

道の途中に作られた見張り場。
弓に矢をつがえた男が二人いた。

必要以上に身体に力が入り、顔には緊迫感が漂っている。

(オイオイ、間違って射るなよ………?)

シードは彼らを安心させるように笑顔を作った。
使者はシード一人だ。もしかして、殺されて帰ってこいというクルガンの作戦だろうかと勘ぐっているのだが。

「皇国軍第四軍第七師団所属の、シード軍曹です。指揮官からの書状を届けに来ました。指導者ノエル殿にお会いしたい」

第七師団とは、反乱軍討伐のために急遽編成された軍なので、人数は少なく寄せ集めの色が濃い。通常は一師団は五千人ほどの兵からなるが、第七師団は構成された時千五百人。この出兵が終われば解体される。
むしろ中隊並みかそれ以下なのだが、まがりなりにも師団の名が付いたのは、アーネストが指揮官だったからだろう。

「使者…………?」

男達は顔を見合わせると、少し待つようにとシードに告げた。
一人がその場に残り、一人が走って山道を登っていく。

さて一体何分待たされるかな、とシードは数を数え始めた。