革命家。






『革命家』




「さ、時間は出来たな」

バンダナで剣の血糊を拭いながら、シードはそう言った。
鞘には仕舞わない。この後もまだ使うかも知れないからだ。

元野営地は、散々な状況だった。朝日が昇れば、さぞ惨たらしい景色が拝めるだろう。
反乱軍は去った。今回は、痛み分けといったところだ。
シードはクルガンとの距離を慎重にとったまま、問いかけた。

「…………アンタが殺したのは味方じゃないって、どう言う意味だ?」

充分な殺意を舌と刃先に乗せながら、クルガンを見る。
彼はこともなげに答えた。

「言葉通りです。私は少佐が皇国兵だと思えなかった」
「ワケわかんねぇっての」
「詳しい説明は省きます。貴方が聞きたいのは、私が少佐を殺した理由でしょう?それが納得できるものか否かを貴方は問題としている。つまり簡潔に言えば」

シードが見る限り、クルガンはまるで面倒臭そうに見えた。

「弁解の機会を与えてくださっているわけだ」
「…………アンタ、嫌味な奴だってよく人に言われないか?」

クルガンはあっさりと聞き流した。その台詞自体、聞き慣れているのだろう。
逆にシードに向かって問う。

「貴族の子弟の権力争いに見えたのでしょう。自分の目より私の台詞を信じられますか」
「さあな。大体アンタと口利いたの今日が初めてだし………だが、味方殺しは許せない。理由を聞いてるのは只の気紛れだ」

軽い口調で、だがシードの殺気は消えない。
クルガンは溜息を吐いた。面倒臭そうにしている、とそう彼を見たシードの観察眼は正しい。

「………まあ良いでしょう。理由は、あの時点で少佐を止めなければ無益な損失が拡大すると、そう判断しただけです。更に言えば、彼を野放しにしておけばもっと重要な局面で同じ轍を踏むかも知れない」
「…………彼は、指揮官失格だったと?」
「私の判断では」

シードは許容できない、といった風に首を振った。

指揮官の愚行は確かに重罪かも知れない。だが、失敗をしないでいられる人間はいないのだ。誰しも、気の迷いというものはある。
シードの見る限り、アーネストはそこまでの愚物ではなかった筈だ。それを一度の間違いで裁く権利など、クルガンにはない。

「…………だからといって、なにも殺す必要はなかった」
「―――認めましょう。殺す必要はなかった。ではこう言えば納得しますか?」

クルガンはそこで一度言葉を切った。
僅かの間、沈黙が降りる。その後再び彼は口を開いた。

「私はディグナーシュ少佐が気に入らなかった」

シードは虚を突かれた。何故か予想しない答だった。
灰色の目が、シードを見つめる。

「真っ直ぐであることにしか誇りを持っていなかったからです」

神経質に整えられた銀の髪。
クルガンは、何の気負いもなく言葉を綴っていく。
自己弁護も自己陶酔も、彼は必要としていなかった。

「少佐は倒れる兵士に向かってこう言った。『お前達は皇国兵だろうが』。彼は、皇国を守ることにではなく、皇国軍であることに誇りを持っていた。自分が誇り高いことに誇りを持っていた」

栄えある皇国軍の少佐だから、それに見合うようそれらしく皇国を守っていた。皇国を守るために、立派な皇国軍少佐であろうとしたのではない。

「私は少佐が気に入らなかった」

クルガンは繰り返した。

「怒っていたのかも知れない。衝動で事を起こすようではまだまだ未熟―――これでは少佐を糾弾する資格はないか。反省しましょう」

変わらぬ無表情。
シードは首を捻った。

「それ、ギャグか?」
「いえ。軍曹、私はそういう性格ではない」

あっさりとクルガンはシードに背を向けた。
抜き身のままの刃は、その存在を無視されている。

「別に、ディグナーシュ少佐の死因をルルノイエ宮にて報告しても構わない。それを防ぐためというのは、貴方を斬る理由にならないのでね」

そのまま、やはり優雅に歩いていく。丁寧な足どり。
それは死体の転がる景色にはそぐわない筈なのに、何故か不自然ではない。

シードは妙な虚脱感に襲われた。

「………………ヘンな奴」

拍子抜けだ。
これを狙ってやったのなら、全くもって良く頭の回る奴だと思う。

シードは取りあえず、無用になった剣を鞘に仕舞った。




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疲弊した皇国軍を、ジェスタはすぐに出迎えた。

クルガンの元に寄り事情を聞くと、医者や医療品、清潔なベッドなどを確保するように命令を出す。
感謝の念を示す皇国兵に、ジェスタはこう言って笑った。領主として、ハイランドに名を連ねる者として、当然の務めだと。

ほとんどの兵がジェスタに好感を抱く中、偵察部隊として周囲の農村を見聞した数人だけは違う意見を持っているようだったが、そのような事に目を留める者などいない。

死傷者の人数の把握と、負傷者の手当ての指示をてきぱきとこなすクルガンの耳元に、何事かをジェスタは囁いた。
見返すクルガンに、ジェスタは鷹揚な笑みを返す。

「…………わかりました」

クルガンはいつもと同じ声でそう言った。
ジェスタは数人の私兵に付き添われ、自分の館に帰っていく。

皇国兵の一人が立ち上がり、その背に頭を下げた。
何人かがそれに続いて同じ動作をした。





領主の館へと続く舗装された道。
二頭立ての馬車に乗り込んで、ジェスタはクッションのきいた座席に腰を下ろした。見えるのは、ノークの町並み。

それを眺めながら薄く笑う。

「あの男に何をおっしゃったのです?」

向かいに座っているジェスタの側近、私兵をまとめる隊長が声をかけた。
ジェスタは隊長に視線を移すと、

「ふ………上手い話だよ」

笑みを嘲笑に変えた。

「あの男が金で簡単に操れる事はわかってるからな、一つ提案をしてやったんだ」
「提案?」
「皇国軍を仲介にして、ノエルと話し合いの場を設けたい、と」
「今更話し合いで向こうが納得するとも思えませんが………」
「そう、そこでノエルは卑怯にも、ナイフを取り出して私を討とうとするんだ。私の身を案じて潜んでいたお前達は、仕方なくノエルを殺す。リーダーを失った反乱軍は総崩れだ。いい話だろう?」
「しかし皇国軍の代表がいるのに………ああ、それはあの男か」
「あの男は馬鹿じゃない。相応の見返りがあれば、賢い選択が出来るだろうさ………要領よく、な。出世するタイプだ」

ジェスタは、骨を取ってきた飼い犬を誉めるように、そう言った。

「官吏は少々腐っていた方がいい。簡単に話が纏まるからな」




+++ +++ +++




「ディグナーシュ少佐は戦死なされた。よって、皇国から正式な指揮官が指示されるまでは私が代理にこの軍を指揮する」

シードは隊列の中程で、その言葉を聞いていた。
やはり、あの場面を目撃していたのはシードだけだったらしい。
見る限りでは、兵達は何の疑問も差し挟まず、神妙にクルガンを見上げている。

「ふむ…………」

ここで声を張り上げて彼を糾弾すれば、指揮官の座から引きずり降ろすことは容易いかもしれない。白を切られればそれまでだが、少しでも疑念を浮かばせることが出来れば、曹長達は争ってクルガンの足を掴み退場させようとするだろう。
………それを捌ききり逃れる、という可能性もあるけれど。

クルガンをどうするべきか。
シードはまだ決めかねていた。

淡々と、告げるべき事だけを簡潔に伝えている銀髪の青年。
その顔には、やましさなど欠片も見られない。
薄い氷色のその視線は、彼の性格をも現しているかのようだ。

「……………………」

まあ一応、暗殺には気を付けようかな。

シードはそう結論を出した。