GO or STAY!








『革命家』





きん、きんと甲高い金属音が響き渡る。
剣を取り上げる間もなく切り伏せられる者。
逆に、念入りに訓練された技術によって相手を血祭りに上げる者。

まともにぶつかれば、圧倒的に皇国軍の方が有利だったはずだ。
しかし、寝起きの兵達は動きが鈍い。間近で見せつけられた高位魔法に、浮き足立っている節もある。命令系統が混乱していれば、それだけで戦力は半減する。

「くそっ!」

アーネストは似合わない悪態をつくと、声を張り上げた。
夜着にマントを羽織っただけの姿で、それでも剣は抜いている。

アーネストのテントは、野営地の奧にあった。
反乱軍はすぐそこまで迫ってきている。

「慌てるな!相手は素人だぞ!?」

ハイランド皇国軍の恥をさらす気か。
その声に、兵達は反応した。盾も鎧もないままだが、果敢に立ち向かっていく。

しかし。

残念ながら、覚悟では反乱軍の方が上のようだった。
どん、と重い爆発音が、鼓膜に響く。

「……………なっ」

思わずアーネストは動揺の声を上げた。
今見たものが、間違いでなければ―――

反乱軍の一人が、皇国兵を数人巻き込んで自爆した。
あれは、踊る火炎の札か。

札は確かに、紋章を宿していない者が魔法を使う手段だ。だがしかし、慣れていないと上手く発動のタイミングが合わず、意図した瞬間、意図した場所で発動出来ないことが多い。
…………札を破り捨てれば、蓄えられていた力は暴発する。

技術がない人間が確実に敵を葬り去るには、そうするのが一番確実だろう。

自爆。
続いてまた、自爆。

めらめらと、人型の炭が炎を吹いて倒れた。
反乱軍には剣術も経験も何もない。しかし、気迫に皇国軍は押された。

―――侮っていたのは、確かだ。
だがそれは致命的なミスだったか?
アーネストは顔を歪ませた。燃え上がるテントが、辺りを少し明るくしている。
いや、そうではない。
そうであってはいけない。自分はアーネスト・ディグナーシュ少佐なのだ。

足りないのは覚悟か。いや、そんな腑抜けは皇国兵にはいない筈だ。

「怯むな、戦え!!」

声を限りに絶叫する。
また何処かで爆発音が響いた。

炎でただれた顔を押さえてのたうち回る者。
倒れた死体の頭を踏んで転ぶ者。
火傷でずる剥けた傷を押さえて、叫び喚く者。

混戦。
空を飛ぶ人間の部品。立ちこめる血臭。
まともな人間は正視できない状況。

「戦え!!」

アーネストは走りだそうとした。
その肩を、掴んで引き留める者がいる。

「何をする」

アーネストは振り返り、銀髪の男を睨み付けた。この男はこの状況でも、髪の毛一筋も乱さないのか。
クルガンは静かに言った。

「撤退の合図を。一度ノークまで退きましょう」
「煩い、撤退は出来ない」

アーネストは唇を噛んでそう切り捨てた。
クルガンの手を払いのけ、怒鳴りつける。

「俺は失敗できない!!後など無いんだ!それに、このままおめおめとジェスタの前に顔を出せるか、笑われるのがおちだ」
「それは貴方の事情だ。さあ、命令を。このままでは相打ちです。向こうは全滅覚悟だ、捨て身の突進以外の策を持っていない」

あくまで冷静にこちらを見据える灰色の目。
動揺とは無縁な顔をして、優雅に立つ青年。卑怯者の癖に。
――――平民からの叩き上げ!本当は、気に障っていたのだ。

「お前に何がわかるっ?嘲笑には耐えられない、俺は、ディグナーシュだ。この家名が俺を縛る」

名門貴族の子。
過度の期待をかけられ、小さなミスにも怯えることになる。
アーネストのプライドは、その恐怖を増長させた。
もっと、スマートに。鮮やかに。文句の付け所がない、誰にも褒めそやされるような。
……………それが、こんな事に。

「こんなちっぽけな戦に手間取ったと、苦戦したと!?そんな事が噂になったら俺は終わりなんだよ!!」

吐き捨て、アーネストはもうクルガンを見なかった。
だから、ぱちり、と彼の足元の砂が弾けたのにも気付かなかった。

「こちらの方が数も多いんだ、楽に勝てる筈なんだ、おのれ、退くな、死んでも攻めろォ!!お前達は皇国兵だろうが!!

貴公子の仮面をかなぐり捨て、アーネストは狂ったように叫んだ。
その声に押され、兵士達は後退も出来ず、ただ死体が増えていく。皇国軍の。反乱軍の。

極度に興奮し顔を赤くしたアーネストの肩に再び、ぽん、と今度は軽く手が置かれた。引き留めるためではなく。

それを振り払おうと、身悶えする。

「煩いと言ったぞ、クルガ――――」

びくん、とアーネストの体が震えた。
よろよろと二、三歩進むと、酷く驚いた顔のまま。

顔面から、地面に倒れ込んだ。どしゃ、と音を立てて。

「―――失敗すれば後がなかったんだろう?お前は失敗した。ならば後はない」

無駄に死体を増やすな。
彼の肩から離れた、白い手袋の指先で。静電気がぱり、と軽い音を立てたのを、アーネストはついに見ることがなかった。

静かな声が、彼の体の後を追うように地面に吸い込まれる。

「これ以上、任せられないな」

横たわる体から撤退合図用の呼び子を奪い去り、クルガンはそう言った。

あくまで冷たく、感情の動きを見せず。




+++ +++ +++




固く澄んだ音が夜空を割いて響いた。
混乱していた兵も、訓練の条件反射で反応する。

一瞬広がった静寂。その隙をついて、同じように固く澄んだ声がこう言った。

「初期駐屯地点」

皇国兵には、ただそれだけで意味は通じた。




+++ +++ +++




クルガンは、ゆるりと振り返った。

山を下り、森を抜け、シードは丁度野営地の奧に出た。
そして、それを丁度目撃したのだった。
自軍の総大将を、その副官が陥れるのを。
まずい、と思ったときには遅かった。振り返ったクルガンとシードの目線が合う。

静かに立つ銀髪の青年と、その横で地に伏せる黒髪の青年。
顔合わせの時、どちらも若造だな、と、シードは自分のことを棚に上げてそう思った。それを思い出す。

撤退の命令を出したとは言え、辺りはいまだ戦場だ。
しかし何故か、その騒音をものともせずにクルガンの声はシードの耳に届いた。

彼等に注目する者は、いないようだった。
当然だろう、兵は全て前にいる。たった今横手の森から出てきたシードだけが、クルガンの行動を目撃できたのだから。

軍曹(サージエント)。見ましたか」
「―――ネガティヴ」

シードはそう答えた。
嘘だという事はもはやばれるばれない以前の問題だろう、十中八九、クルガンは自分を攻撃してくる。が、その確率をわざわざ百パーセントにすることはなかった。

クルガンの目が細められる。

体に圧力が掛かる。
す、とシードは、傍目にはわからないくらい微かな動きで、重心を落とした。
腰の剣の重みを確認する。自分の抜刀速度は、まずその辺の男には引けを取らない。紋章発動よりも速い自信はある。
シードは、斬りかかる呼吸を量っていた。
クルガンの瞳を見た瞬間から、わかっていた。

この男は危険だ。

この男は、眉一つ顰めずに味方を殺した。

そして、目撃者であるシードを消すことにも、きっと何の躊躇いもない。