革命家。






『革命家』




「いや遠路遥々、ご苦労様でございました」
「いえ、皇国兵のつとめですから」

トラスタ領主、ジェスタ・トーレルは、ノークに到着した皇国軍を歓待した。

ジェスタは、歳は六十過ぎ、小太りで背の高い男である。大分後退した、その髪の色は茶。
やっと来た援軍にジェスタは大喜びで、第七師団の兵全てに酒を振る舞った。過ぎた歓迎ともいえる。
アーネスト本人は、領主の館に招かれ接待を受けているところだった。

「この若さで少佐とは!流石にディグナーシュ家の血筋、将来が楽しみですな」

アーネストは曖昧に笑って、言葉を濁した。
目に痛いくらい真っ白なテーブルクロスに、丁寧に磨かれた銀食器。ハイランドでは育たない南国の果実、珍味と言われる魚、香り高いワイン。
銀色に光るフィンガーボウルには、鮮やかな生花が浮かんでいた。

並べられた料理は、貴族育ちの彼をも十分に満足させるものだし、落ち着いた雰囲気の女中が丁寧に給仕をしてくれる。
だが、先程からひっきりなしにおだてられ持ち上げられ、アーネストはいささかうんざりしていた。ちらり、と同席している副官の方を見遣る。

クルガンは我関せず、といった顔をしながら、優雅な手つきで食事を進めていた。

「ルルノイエの宮に比べればあばら屋も同然でございますが、今宵はこちらでお休みくださいませ」
「…………あばら屋?」

く、とアーネストは唇の端を持ち上げた。

よくも言ったものだ。
この館の門をくぐってからこのテーブルにつくまで、余計な金をかけていないところを見たことがない。
目に付くもの全てが贅沢品だ。毛足の長い絨毯、高い天井には宗教画。

「ご謙遜を。これ程の屋敷は皇都でも滅多に見ませんよ。成る程、余程儲かっていらっしゃるようで羨ましい限りですね」

ぴたり、とジェスタが動きを止めた。
アーネストはにこやかに笑いながら、半分以上料理の残った皿を押しやる。

「それともこれは、トラスタがとりわけ豊かだという証なのでしょうか?そう言えば私はまだ、そのノエルとやらが反乱を起こした理由を伺っていなかった」

すう、とジェスタの目が細められた。
が、すぐにもとの笑みを取り戻し、こっそりと隣の給仕に目配せをする。
その給仕は一礼すると、そそくさと下がった。

「いや、わざわざお耳に入れるような御大層な名目ではございませんよ。そうそう、そやつの親がですな、同盟軍との戦で死んだからそれの逆恨みでしょうな………守られているだけの分際で、文句だけは一人前だ。なにしろこの私に、つまり、ひいてはアガレス様に楯突いているわけですから」

その言い草にアーネストは少し眉をひそめた。

瞬く間に料理が下げられ、代わりに銀の盆に載せられた小さな絹の袋が出てくる。
その口を縛る赤い天鵞絨のリボンがうやうやしく解かれると、シャンデリアの光を反射して鈍く輝くものが見えた。
砂金。
成る程、ありがちな行動をしてくれる。

「―――――そう思いますでしょう?」

ジェスタがそう言って微笑んだ。
アーネストもまた微笑んだ。

「………トラスタでは、食べられないデザートを食卓に出すのが礼儀なのですか?」

ジェスタの笑みが消える。
アーネストの笑みもまた消えた。

「気分が悪いので失礼する」

さっと席を立つ。
アーネストはジェスタに一礼もせず、広間を去った。
ばたん、とやや乱暴に重厚な扉が閉まる。

「…………………」

しばらくの沈黙の後、ジェスタは二、三度咳払いをした。
先程アーネストがしたように、ちらり、とクルガンを見遣る。

「…………皇国に弓引く逆賊は、『口を利く間もなく』処刑するのが当然でしょうな?」

灰色の目が、一度だけゆっくりと瞬く。
クルガンが砂金を懐にしまうのを見て、ジェスタは満足そうに笑った。




+++ +++ +++




「ごめんなさい、こんなものしかないのだけれど」

すまなそうに、しゅんとして娘はトレイを差し出した。
かしゃん、と落とし戸をあげて、こちらを覗き込んでくる。

無防備だ、とシードは半ば呆れた。
直にトレイを持ってこちらに腕を伸ばすとは。シードがその手を掴んで捻りあげれば、簡単に折れてしまうのに。この分なら、腹が痛いとでも言えば入ってきて介抱しそうだ。
いくらここが牢の中とはいえ、シードは縛られてもいないのだ。流石に、剣は取り上げられていたが。

トレイに載っているのは、食事だった。質素ではあるが、普通遠征先で食べるものと比べれば格段に上等である。
シードは鉄格子越しに娘に問いかけた。

「俺、皇国兵だぜ?」
「ええ。…………あの、やっぱり気に入らない?」
「違う」

おずおずと問いかける娘に、シードは溜息を吐いた。食事の内容に文句があるわけではない。

「毒でも入ってんのか?」
「そんなこと!!」

娘は憤慨して大声を上げた。
そうしてからその事に気付いて、慌てて口を押さえる。
今度は小さな声で、憮然としたように言った。

「……………そんな勿体ないこと、しないわ」
「勿体ない?」
「御飯が勿体ないもの」

シードはまだ納得がいかない。

「捕虜にこんな上等な飯喰わせるのも勿体ないと思うぜ?それに尋問するわけでもないし。何でだ?俺が別にお偉いさんでも何でもないのは、見りゃわかるだろ」
「そんなこと関係ないわ」
「敵の世話を丁寧にする程、余裕かましてられんのか?」

見事に砦の真っ正面に転落したシードはあっと言う間に捕まった。雪山にはまったのだ。
拘束され、牢に入れられたが、これでは扱いは捕虜と言うより客だ。

「敵じゃないもの!」
「や、どう見ても敵だろ」

ますますわからない。ここは反乱軍の砦ではなかったか。
シードは眉を寄せた。娘はぎゅっと手を握りしめ、牢屋の前の石造りの廊下に座り込んだ。熱のこもった瞳で、こちらに身を乗り出してくる。

「皇国軍は、本当の敵じゃない。私達は、ジェスタを倒したいだけよ………そして、アガレス様にもわかって欲しいだけ」

そのまま彼女は語った。
トラスタ領では、ジェスタが私兵団を使って規定以上の税を納めさせている事。
その為、民は苦しい生活を強いられこの前の冬には餓死者すら出た事。領主館のあるノークと、その外の農村では貧富の差が天と地ほどある事。
…………そして、何とかして欲しいと皇都に嘆願書を送っても、何の音沙汰もない事。

「だから私達は立ち上がったの。立ち上がるしかなかったのよ」
「………………」
「私の兄は、ジェスタの私兵に斬られた。あいつに不満を訴えたからだって…………たったそれだけの理由で裁判もなかった。お腹を空かせた私が泣いたから、お兄ちゃんは…………」

十九の彼と、歳もそんなに変わらない娘。
シードは、苦渋に満ちた顔でゆっくりと呟いた。

「反乱軍は、討伐される」
「話せばわかってくれるわ」
「……………無理だ」
「それなら戦うしかないの」

シードにはわかっていた。
彼女らにジェスタは討てない。皇国軍は、間に合ったからだ。
反乱軍の掃討はもう、時間の問題である。

「降伏しろ」
「いいえ、それだけは出来ない。それは今までに失った仲間の命を無駄にする事よ」

娘は決意の色に染まった瞳をしていた。死は覚悟しているのか。

「それに、私達にはノエル様がいる」
「ノエル?」
「ノエル様はノークを捨てて、私達を救いに来てくれた。一緒に立ち上がろうと言ってくれた。大丈夫、なにも怖くないわ。最後まで戦い続ける」

ノエル。それが反乱軍のリーダーの名か。
シードは複雑な思いで娘の顔を見つめた。彼女たちの結束は固いのかも知れない。こんな少女まで、命を賭けて戦おうとしている。

「そうすれば、アガレス様だって…………」

娘はそう言うと、立ち上がった。

「さ、お喋りしすぎちゃったわ。仕事しないとね」

笑顔を残して、去っていく。
シードはそれを見送り、冷えてしまった食事に口を付けた。

うすく、錆の味がした。