革命家。






『革命家』




「くっ……!?」

ノエルは控え室の扉を見つめ、シードの頭を抱えたまま膝で少し後ずさった。
だが、クルガンは椅子から立ち上がりもしなかった。

「阿呆ですか、貴方達は」

台詞の内容の割に、響きに侮蔑や呆れの色が濃くはない事が、逆に気に障る。
ジェスタがその言葉をそう理解する前に、控え室の扉は粉砕された。

どがっ!

私兵達が扉を蹴破った――のでは勿論ない。

青白色の奔流。
重なる悲鳴。

数瞬後には、クルガンの足元から、テーブルの端の辺りを掠り、扉の無くなった控え室の中まで、床に黒い焦げ跡が出来上がっていた。
その奧には倒れ伏した人間が、七、八人転がっている。彼らが飛び出してこようとしたその一瞬前の先制攻撃。

「狙いを付けずとも誰かには当たる」

クルガンはつまらなそうに呟いた。

「大人数の利点は、相手を囲み多方向からの攻撃が出来る事でしょう。そのような狭い場所に全員で籠もったところで、通常より効果が増すのは室内温度維持か同士討ちくらいのものです」

その言葉が終わらないうちに、私兵の一人が倒れ伏す仲間を飛び越えた。
焦げた扉の枠だけが残る入り口をくぐる。

クルガンの行動は迅速だった。

「更に、出入り口は一つで、しかも一人ずつしか通過出来ない」

その言葉と殆ど同速度で、水平に飛行する物体。
クルガンの投擲したワイングラスは、その上等さを証明する儚さで、男の顔面にぶつかり砕けて見せた。薄いガラスの破片が飛び散る。
のけぞった男が無防備に晒した胸元に、今度は銀の光が迫る。

ナイフは男の鎖骨の少し上に突き立った。

勿論投擲用ではない、只の食事用の銀のナイフだ。余程の勢いで投げなければこのような事は起こらない。どんな技術だろうか?
悲鳴をあげる男を、後ろにいた仲間がクルガンの死角へと引きずり込む。

軽々と神技を披露して見せた筈の男は、表情一つ変えずに淡々と忠告した。

「早く止血しないと死にますよ」

ジェスタはその時点で、ようやく現状を把握した。
控え室に待機させていた私兵は十五人。ノエル一人を殺すのには多すぎるかと思っていたのが、もはや半数以上行動不能である。

残る私兵は焼け焦げた入り口の脇の壁に背中を付け、飛び出すタイミングを見計らっていた。
クルガンが椅子から立ち上がる隙が狙いである。この場所ならば、彼が移動しない限り攻撃が当たらない、クルガンは動くしかない。
一番近いジェスタが何か行動を起こしてくれれば良いのだが、それを期待するのは酷だろう。

だがその期待をよそに、クルガンは立ち上がらなかった。

「『怒りの一撃』」

十数条の稲妻が手の甲から発生する。

しゅんっ

閃光は束になって一直線に控え室の中まで走り、一瞬中にとどまった。至近距離に出現した高エネルギーに、私兵達に動揺が走る。

「…………」

そして、クルガンは雷の制御を全て放棄した。
束縛から自由になった稲妻は、自然の法則に従い身近な物に向かう。

部屋の四方に飛ぶ光。幾条かは既に倒れている者をも襲った。

「げっ」
「ぎゅっ」

濁った悲鳴が上がる。人が倒れるどさりと言う音。

「刃物は金属だと知っていましたか?雷気を引き寄せやすい」

クルガンは子供に諭すような台詞をのたまった。馬鹿にしているのかはやはり定かではない。

「人体もかなりの通電物質ですがね……さて、残り何人ですか」

クルガンはそこでようやく席を立った。
飛び出してこないところを見ると、彼らはもはや戦意を喪失しているか、もしかすると全員行動不能と見て間違いないだろう。

数分もかけずに伏せていた私兵をすべて役立たずにした男は、ゆるりとジェスタに向き直る。

「よ、寄るな!」

ジェスタは見苦しくよろよろと後退し、壁に背を付けた。この男から少しでも距離をとりたい。

「暴力で私を屈させようとしても無駄だぞっ!?貴様が俺を傷つけた瞬間、お前の末路は決定だ!死刑にしてやるっ!皇国兵の癖に、使命を放棄するなど、この下種がぁっ!それ以前にこれは裏切りだ!貴様に誇りというものはないのか!!」

クルガンは罵倒に対しては反応しなかった。
そのかわり、涼やかにこう問ってきた。皮肉なのか判断が難しい口調で。

「何故貴方がそのような口を利けるのですか?この館で」

何を訊かれているのか、ジェスタは咄嗟に判断が出来なかった。
クルガンは噛み砕いて説明する。

「まだ解っていないのかも知れませんが、ここは領主館だ」
「馬鹿を言うな、俺が主だ!」

なぶられているのか。
屈辱に、ジェスタの顔が歪んだ。

怒りに任せて吐き捨てる。



「俺以外にこのトラスタの領主がいるか!」



その言葉を空気中に投げた瞬間。
どこかで、ぱちり、という音がした。

「………………」

唾を飛ばしながら喚く男を、クルガンは見下ろす。
そして独り言のように、こう呟いた。

「――領主というものは、民の生活を管理し、それを維持し、出来ることなら幸せであるようにするのが役目だ」

一段トーンが低くなった声。ジェスタがおびえたように肩をすくめる。
まるで、法律書でも読み上げるかのように。

クルガンは整然と、朗々と、宣言する。

「という事は、民が不幸になるなら真っ先に不幸になるのがお前の仕事だ。少なくとも、そうであろうとするだろう。領主であるならばな」

鋭利な視線で串刺しにされたジェスタは、思わず一歩下がろうとした。背で壁を押しただけだったが。
そして簡潔な結論が導かれる。

「つまり、お前は領主ではないな」

冷たい声が簡単に決定する、彼の末路。
クルガンは、ジェスタの目を見据えて呟いた。

俺もそう気の長い方ではない。

「──皇国に弓引く逆賊は」

ジェスタの喉が引きつる。
覚えがある、この台詞。

自分の、依頼、だ。

「『口を利く間もなく』処刑、か──」

良い案だな。

しゅっ

銀の煌めきが空を疾る。
残像すら残して、クルガンは音もなく最後の距離を詰めた。そんなときも、酷く優雅に。

ざぐり、と小気味良い音が、響く。

「ひ」

ジェスタは悲鳴を最後まで上げきることは出来なかった。
あまりにも呆気なく。

奇怪なオブジェのように、ジェスタの喉に突き立ったのは。
食事用の、ナイフ。

「─────」

延髄の切断。
銀食器を喉から生やして、ジェスタは絶命した。

まるで滑稽とも取れる異様な凄惨さ。

「……………」

ずるり、と。
それを握る手に力が込められ、ナイフがゆっくりと抜き取られる。


その後を追うように、真っ赤な血が空気中に線を描いた。


ジェスタの躯が、壁に朱色の痕を残しながらゆっくりと崩れ落ちる。
冷たい髪色の銀の男は、用済みになった血まみれの凶器を、無造作にテーブルの上に戻した。

その神経が信じられずに。
まるで食事上当然のマナーをこなしただけ、といったその様子に。

ノエルは無意識に、シードのその暖色の髪をぎゅっと握った。

狂い、だ。
こういうときは怯えても良いのだと、耳の後ろで誰かが囁いた気がした。