革命家。






『革命家』




倒れ伏したシードを灰色の目がちらりと一瞥する。

「彼の相手までしていると、色々と面倒だ」

軍曹がこのような行動を取ることは簡単に予想出来たのでね、少し仕組ませて貰いました。
クルガンはまるで悪びれた様子も見せずにそう言った。そして続ける。

何の、変化もない、いつもの口調で。

「──会談を始めましょうか」

その台詞に、ノエルは思わず声を荒げた。

「な、何を言っているっ!!」

彼がいるならと、自分が信を置いた人物を舞台から消しておいて。
クルガンの行動は中立からは逸脱している。いや、逸脱どころではなくこれは───

「ふむ、これで目撃者はいなくなるな」

満足そうにジェスタが呟く。
ノエルはその言葉に、逆に落ち着きを取り戻した。

何のことはない、皇国軍まで抱き込んだ、卑劣極まりない罠だったというだけだ。
予想できなかった状況ではない。

「……………」

ノエルは、毅然とした雰囲気を殻のように身に纏い直した。

そう。
ここまで、この国は腐っているのだと確認し直しただけだ。

「会談の目的は達せられる。これで、この地から争乱は消えるのだ。本望だろう?ノエル」

薄笑いを浮かべながらジェスタが言う。ノエルは当然きっぱりと黙殺した。
この部屋の何もかもを、まるで穢れるとばかりに目に入れないようにしながら、膝に乗せたシードの髪を撫でる。
唇を噛み、小さな声でポツリと呟きを落とした。

「すまない……」

その言葉を聞いたクルガンが少し不思議そうな様子を見せた。

「何を謝るのですか?」
「貴様がそれを言うのか」

クルガンに負けず劣らず冷めた硬い声で、放り出すように言う。
視線はシードから外さない。

それを逆撫でするように、クルガンは繰り返した。

「何故。貴方は何を謝る?」
「気分が悪い。貴様はもう喋るな──当たり前だろう!」
「何をと問うている」

ノエルは無意識に息を吸った。激昂してしまいそうだ。

「私が巻き込んだ!」

クルガンは間髪入れずに答えた。

「彼は了承した」

思わず視線を氷の男に向ける。
ノエルは低い叫びを上げた。

「だからどうしたっ!?それが彼を犠牲にする大義名分になると───」
「大義ではない。だがそれが全てだ」
「全てだと?これは私が無理矢理提案して」
「──力ずくで押さえつけて?縄を首に掛け引き摺り?そうしてその男をこの場に連れてきたと言うのですか」
「それは」

ノエルの言葉は遮られる。

「彼は自分で歩いてここに来た。勿論牛や馬ではない。何を謝る事が?」
「よくもぬけぬけと!貴様は狂いか?」
「貴方の何処に責任があるのかと問うている。貴方がこうなることを仕組んだわけではなく彼は危険を理解してついてきた」

何故こんな問答をしているのか、ノエルには理解できなかったが口は動いた。

「シードに他に選択肢はなかった!」

クルガンはゆったりと足を組んだ。
そして冷えた視線を投げ下ろす。

「選択肢がない?」

クルガンは首を振った。

いいや、入隊式のときにもう彼は選択した筈だ。その道の先の先までを。その厳しい拘束を。その生き方を、選択したのだ。
彼が皇国兵で無いというなら、他に取るべき道はあった。

シードが皇国兵としての責任を放棄するならば。彼自身としての矜持と信念と義理とを放り出すならば。
彼はここにはいなかった筈。

「選択肢がない状況を、そのような自分を」

誰に強制されたわけでもない。

「彼自身を選んだのは彼です。覚悟というのはそういうことだ(・・・・・・・・・・・・・・)

覚悟を自分の都合で動かすわけにはいかぬ。
クルガンがきっぱりと言い放つ。

「それが軍人になるということ。それこそ彼の選択でしょう」
「そんなものは詭弁──」

ノエルは反論しようと口を挟みかける。謝罪さえ許されないと言うのか。
人を罠にかけておいて、なんという厚顔さ。

「……言葉遊びはそれまでにしろ、時間がかかって仕方ない。そんな男なぞどうでも良い」

ジェスタが呆れたように言った。
ノエルは噛み付くように唇を開いて息を吸ったが、そのまま吐き出した。

もういい。
このような奴らと言葉を交わしても、自身が穢れていくだけだ。

ノエルは自分の手首をぎゅっと握った。
──固い感触。長い袖に隠した仕込みナイフである。

もう、迷うことはない。
相手の卑怯さは見極めた。

ジェスタとの距離を慎重に目測する。
不利なことはわかっている。

シードには本当に──謝罪しなければならない。

ノエルはシードの性質を見抜いて信頼した。
ノエルのために時間を稼いでくれるだろうと。
ジェスタがノエルを罠にかけた場合、ノエルがジェスタを殺す間の盾になってくれるだろうと。

シードがいるなら会談が信用できると、安全だと思ったわけではない。
シードがいれば自分の益になるからだ。この男は、自分に危機が迫れば自分を庇うだろうと。

卑怯なのは私も同じか。ノエルは内心自嘲した。

がくりと首を落としたノエルの感情を錯覚し、ジェスタは鼻で嘲笑った。

「ふん、あっけないな……クルガン、始末は私にまかせろ」
「始末?」

クルガンは、ゆっくりと首をめぐらせた。
ひたり、と視線をすえる。その唇が歪んだように見えたのは錯覚か。

「いえ、ジェスタ・トーレル……始末をつけるのは貴方ではない」
「何?」

クルガンは静かに続けた。

貴方の役割はこの会談の体裁を整えることのみ。
会談は続けるが──

「もう結構。貴方には退場して貰います」
「貴様……何を言っている?」

怪訝な顔をして、ジェスタは少し身を引いた。
鉄壁の無表情を睨み付ける。その言葉に考えられる可能性を探った。ひとつの答えに行き当たる。

(まさか──今更そこの男の代わりにノエルを守るとでも言い出すのではないだろうな)

「裏切るつもりか?」
「裏切る?」

誰が誰をですか。
理解できない、そんな仕草でクルガンは首を傾げた。

まるで馬鹿にされているようだ。ジェスタの額に青筋が浮く。

「……ここまで来てやはり良心が痛むとでも?ふん、使えぬ奴だな。とんだ臆病者だ」
「…………」

クルガンは溜め息をつき答えなかったが、その視線は雄弁だった。
公用語が通じない相手とは話す気になれない。訳せばそういうことになる。

こめかみが痙攣するのがわかった。見下ろされるのは好きではない。
がたんと音を立ててテーブルから離れ、ジェスタは叫んだ。

「もういい。お前達、この男もノエルと一緒に始末しろ!!犬の命の一つや二つ、後で幾らでも揉み消せる!!」

怒りに任せ、ジェスタは背後に命令を出した。
広間に続く控え室の方から、多人数が一度に立ち上がる音が微かに響いた。

「ふん」

ジェスタがこう言ったのは、自信があったからだ。
皇都の有力貴族につてがあった。不当な税によって得た利益の一部を流すことでトラスタの民からの陳情を握り潰して貰い、悪行に全て目を瞑って貰っている。

こんな名もない、ディグナーシュ家の六男の副官だったというだけの男の死など、少々高い金を積めば記録からも抹消できる筈だった。
余計な手間がかかるだけ。それ以外に問題は、ない。