咄嗟に差し伸べた手は間に合わないとわかっていた。
でもそれでも、止まるなどという事が出来るわけもなく、ゾロは地を蹴った。
自分の口が何か叫んだが、自分でも何を叫んだのかは良くわからなかった。

「『    』……っ!」

そして、崩れ落ちる廊下に巻き込まれ、呆然と立ち竦んでいる馬鹿のところに後、二歩。
その二歩が死ぬほど遠い。

この一瞬。
こんな風な一瞬を、前にも感じたことがある。
体は動かないのに思考だけが空回りして、引き伸ばされたゆっくりした時間の中で焦りだけを長々と味わう。
そして結局、無残にも願いは叶えられず、全てが終わる。
思いが強ければ、なんてそんなのは嘘だ。そんな簡単な世界なら、ゾロはこれほど苦しむ事はない。
あの憤りを、全てに対する怒りを、また経験するのか。

少しで良いから、と思う。
一秒なんて贅沢な事は言わない。鼓動一回より短くていい。一瞬でいい。
それでいいから、時間を増やして欲しかった。彼に、手を届かせる為の、引き止める為の、時間。

そうでなければ、助からない。
目の前の男はまた、何処か遠い所に行ってしまって、もう二度と会えない。

それが怖かった。
本当に怖くて、怖くて、情けないほどに怯えている。
一度終わりを経験してしまったゾロだから、その恐怖は切実だった。

ずっとこのまま、なんて事は有り得ない。物語はいつか終わる──賢しらにそんな事を言う奴がいたらゾロはそいつを殺してしまうかもしれない。
そんな事はゾロはわかっているのだ。
もう二度と!その言葉の重みを感じながら、ゾロは屍同然に呼吸をしてきたのだ。
知っているから、こんなに必死に縋っている。無駄だと思っても、体が勝手に動いている。

全てはいつか終焉を迎えると、そんな馬鹿にでもわかる悟りを、平然と口に出すような奴は許せそうになかった。こう聞き返してしまいそうだ。
お前はその絶望を、知っているのか、と。
そんな風に簡単に、仕方ないから諦めろ、といって言ってしまえるお前は、その恐怖を知っているのかと。

もう遅い、と、目の前の現実が無情に告げる。
ゾロはまた間に合わない。何も出来ず、ただ、最後のときを目に焼き付けるだけだ。
教えられずともわかっているが、嫌だった。

手が届かないことは知っている。ゾロも一緒くたに暗い死の淵へ巻き込まれてしまうことも知っている。
けれどここで、手を伸ばさずにはいられない。

どうして叶えられない?
こんなに切実な思いが、どうして現実に何の影響も及ぼさないのか、ゾロには全くわからない。
ここまで望んでいるのだと、ゾロは誰かに取り出して見せてやりたかった。

「────」




『助けてくれ』と初めてゾロは思った。




多分、思い出せる限り、ゾロは誰かに助けを求めた事はない。
そんなみっともない真似は死んでもしないだろうと考えていた。

誰でもいいから何とかしてくれ、と思うのは。
そんな、自分の弱さと無力を認めるような願いは、初めてだった。
今なら神に祈る奴らの気持ちがわかるとさえ、思った。

そうまでしても、助けが必要なのだと、やたら悔しい事だったけれど、ゾロは認めた。
ゾロは強くて、大抵の事は出来るつもりだったから、今までその無為と無意味を理解する気さえなかった。

ヒーローが欲しい。
誰か、何か、ゾロをこの場所から一センチでも先に進ませてくれるものが欲しい。
他のものに頼るという屈辱などは今はどうでも良かった。
お願いしますと言えば失わずに済むのなら、どれ程みっともなくても耐えられる気がした。
自分の命ならばいい。誰かに頼らなければ生きていけないようなものなら、軽く捨ててしまえる。
けれど、これは、違うのだ。

「──」

ゾロは手の先の男の、目を見開いて硬直している顔を見ていた。
一瞬後、これがゾロから去っていったら、今度こそゾロはどうするのだろう。考えたくもなかった。いや、考える必要もきっとないのだろう。崩落は、ゾロをも巻き込む。
間抜けな顔。こんな顔の為に、ゾロは何をやっているのか?そんな事は考えなかった。

にやり、とその表情が急変するのを、ゾロは見た。口角が嫌味に釣り上がり、人の神経を逆撫でするような笑み。
それがどう言う事かを理解する間もなく、ゾロは物語のヒーローに助けを求め──



そしてそいつは、目の前にいた。



「!?」

ゾロが一センチでも、と望んだ距離を、そいつは軽く自分から縮めてきた。
喉首に酷い衝撃をくらい──ラリアートだ──ゾロの足が浮く。
向かっていたベクトルと正反対の力に、喉仏が潰れるかと思った。ぐえ、と聞き苦しい音が勝手に吐き出され、そのままもんどりうって後方に倒れる。背中から着地し、かつ余りの勢いにニ、三回転はした。

「!!!」

ごんごんごんがん、と後頭部と肩口といろいろな所をぶつけ、ようやく体が安定する。
そこでやっと、廊下が崩れ落ちる音が耳に入ってきた。というより、それは先ほどから聞こえていた筈だから、やっと脳みそに音声を処理する余裕が出来たのだろう。

ゾロは目を見開いて、自分の喉に痛烈な一撃を加え、ついでに廊下の外に押し出した男の顔を見上げた。
はたで見ていれば間抜けな様子だっただろう、助けようとした男と助けられる筈だった男が衝突し、結果立場が逆転しているとは。
何事か口を開こうとしたが、痛めつけられた器官が反乱を起こし、ゾロは酷くむせた。その勢いで煙を吸い込み更にむせた。
けぶる空気の向こうの蒼い目は、確かに笑っていた。

Long time no see, baby

色々な感情が一気にせり上がってきて、ゾロはどうしていいかわからなかった。
瞬きしても目の前の男が消えないのが、心底不思議だった。

「なァに間抜け面晒してくれちゃってんだクソ野郎。テメェがぽかんとしてたって可愛いどころかムカつくだけだぜ」
「…………」

色々な感情は見事に怒りに収束してくれたので、ゾロの思考回路は正常に復帰した。
右腕を必要最小限の動作で振る。

必殺の一撃を、目の前の男は軽く避けた。
ひょい、とゾロから距離をとり、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「再会の挨拶にしちゃ、随分だ」

ゾロはその台詞は聞かず、再度殴りかかった。
ゾロがここまで必死になるとは思っていなかったのだろう、男は今度はやや焦りながら避けた。
ゾロの苛立ちは更に増した。感情に従い追撃する。

「ちょっ」
「……」
「オーイ!」
「……」
「んで怒ってんだよ、ココは感謝されこそすれ、って、」

台詞の途中で背後から伸びてきた手に拘束され、男は慌てた。

「え、ちょ、な、コーザ!?」
「俺も、今のロロノアの気持ちはわかる」

ありがたい、とゾロは思い、躊躇なく右拳を突き出した。
がつん、と綺麗な一撃が左頬に入り、男はコーザごと倒れこんだ。

「裏切り者!」
「どっちがだ」

ぶつぶつ言いながら無事な方の手でコートを払い、コーザが起き上がる。

「しかし、こんな事をしている暇はない」
「何で?」
「脱出だ」

そういった途端、非常口の方からもがらがらという崩壊音が聞こえてきた。
思わず三人で顔を見合わせる。
辺りの気温は既にかなり高く、暑いというよりは熱い。煙で喉が痛く、目にも沁みている。
このままではローストヒューマンの出来上がりだ。むしろ、炭といったほうが正しいのか。

「……」
「……」
「……じゃ、ま」

男はくい、と顎をしゃくった。
血と埃と泥で汚れきった金髪が、それでも軽やかな動きで流れる。

「そこの窓から出るか」

異論は何処からも出なかった。






+++ +++ +++






「……こんな簡単にいくとさァ」

それは、片腕が使えないコーザでさえ軽々と五階から飛び降りて無事であり、裏口も正門も通らずに塀を乗り越えてきた事だろうか。
男は遠くに上がる煙を見詰めて呟いた。

「何か悪ィ気、するよな」
「誰にだ」

やっと聞こえてきた消防車のサイレンに紛れて、ゾロの問いは聞こえなかったようだった。

「……でも、やっぱりさ、ゴミ捨てだって必要なんだよなァ……」

ぼんやりと小さく呟かれたその続きは、やはり同じように、ゾロの耳には聞き取れなかった。
男は振り返ると、ゾロに向かっていつものようにニヤリと笑った。

「……よぉ、大分しぶとくなったみてェじゃねェかアオミドロ」

応える気はない。
というより、ゾロはどうしていいかわからなかった。
目の前のこの男を、どうしたらいいのだろう。
したいことや言いたいことはあった筈だが、どうにも思いつかなかった。

「な、何でテメェ、死んでねェんだよ?前は滅茶苦茶捨て身だったろ」

面白がるように聞いてきた顔に、ゾロは低い声で返した。

「死ぬ気はなかった」

そう、自分は変わった。あの時とは違う。──違うのだ、何もかも。
ゾロは全く死ぬ気ではなかった。というよりも、絶対にとすら思っていた。
目的を果たすまで、死ぬわけにはいかなかったからだ。
危険な事は承知していたけれど、諦めていたわけではない。自分は確かに『命知らず』だったが、それは自分の命が自分の命ひとつきりだったときの話だ。
この身を縛る鎖。不愉快だが、千切るわけにはいかなかった。少なくとも、先ほどまでは。

「……ま、そりゃそうだよなァ」

男は、わかったように笑った。
それにまた、胃の奥が泡立つ。
何故この男はこんな風に笑う?ゾロを目の前にして。
殴りつけようと思ったが、手は重く動かなかった。その表情が酷く気に障る。胸のむかつきは悪化する一方だった。

「死ねねェよな。──守るモンが出来たら、さ」

何故、この男が、こんな目をして、こんな台詞をゾロに言うのだ?
男はへらりと笑って、ひらひらと軽く手を振った。
──安心したぜ、とさえ言った。
こんな最低な男に、心を砕くのは馬鹿だ。ゾロはそう思った。

男は何事か言葉を探したようだったが、見つからなかったらしい。
言うに事欠いてこうのたまった。

「じゃ、まあ、幸せにやれよ」
「────」

ゾロは唇を開こうとしたが、それよりコーザの方が早かった。

「何処かに行くのか?」
「行くっつーか……多分そろそろ、消えるんじゃねェのか」

平然と男は言って、笑った。

「ここはもう煙くねェし」
「煙草なら持っているが」
「んや、いいよ──『俺』はもう、必要ねェ。むしろ邪魔だろ。ココはアイツに明け渡すっ……!?」

ゾロは取り合えず男の顔を殴った。
そのことに、殴ってからようやく気がついた。

既にボロボロだったその男は、吹き飛ばされてアスファルトの上を転がっても、全く印象は変わらなかった。
血まみれで擦り切れたシャツ、腫れ上がった頬や目に見える皮膚はずたずただ。

「……オイ、良く考えて殴れよ。後でアイツが困んだぜ」

その顔で、男はまだ余裕ぶってそんな事を言った。
ゾロは近付き、有利な体勢からまた殴った。何度殴っても足りない気がした。
自分はこの男と違って口が上手くないから、こうすることしか出来ない。

男は少しの沈黙の後むくりと起き上がると、頬を擦って顔をしかめた。

「……頬骨折れたらどうしてくれるんだ。テメェなァ、このズタボロってのが相応しい惨状見てよ、ソレしかする事ねェのかよ?いくら俺にムカついてるからってな、そりゃあねェだろ」

クツクツと男は喉の奥で笑った。ゾロは自分の不快さというものが何処まで増すのか良くわからなかった。
男は笑いを消すと、ゾロを見上げてこう言った。

「体が、痛ェよ」
「──」
「無茶苦茶痛ェ。むしろ泣きてェな」

す、と片手を目の前にかざす。
男の表情はゾロから見えなくなった。その声だけが、いつもの調子で流れる。

「ホラ、この手。酷ェ有様。普通に指折れてるし、何か関節外れかかってるし、親指と人差し指の間なんかちょっと千切れてる。傷塞がってねェのに無理したからだ」
「──」
「腕も足も、わき腹も撃たれてる。別に致命傷じゃねェけど痛くねェ訳じゃねェ。治りかけてるけど怪我したときはもっと痛かった」
「──」
「足。酷使しすぎてボロボロだ。多分足首は酷い捻挫。打撲は全身にあるぜ。軽い傷なら多分数え切れねェ。肘にもヒビ入ってる。まったく、良く動けてたモンだよな」

男は片手で顔を覆った。流暢に動く唇だけが見えるようになった。

「テメェに殴られた頬なんか軽く紛れるくらい、なァ。体中、どこもかしこも痛ェ──よく聞けよ。プロフェッショナルの俺、この俺でさえ、気ィ抜いたら泣き喚きたくなる程、痛ェんだよ」

サイレンは既に遠ざかっていて、男の声は良く聞き取れた。
けれど、そんな気遣いはもう無用だ、とゾロは思った。この言葉が良く聞こえたからといって、それが何になるのか。

「この傷はなァ……クソ弱ェ普通の男が、頑張って、頑張って、ホントにダセェ程必死に頑張って、付いたモンだ」
「──」
「そりゃ、テメェだったら無傷で軽く出来るような事だけど、アイツがやるんじゃ命懸けで。テメェからしたら──俺からしたら、もう良いって、テメェみたいな奴がそこまでするなって、言ってやりたくなっちまうくらい、命懸けで。滅茶苦茶傷付いてよ」
「──」
「しかも、自分の事で手一杯どころかもう十本手が欲しい所を、他人の為にも手を伸ばすんだよ。んで墓穴掘ってさ、普通絶望だろって時にも、諦めねェし」

男は溜息を吐いた。ゾロも全く同感だった。

「馬鹿だよ、なァ」
「……ああ」
「そりゃ、ほだされなきゃウソだよなァ」

ゾロは答えなかった。

「……だからよ。ちったァ優しくしてやれよ」

男の唇が、皮肉っぽくはなくゆるりと弧を描いた。
やわらかい微笑。全く似合わないのに、何故そんなものを浮かべるのかゾロには疑問だった。

「コレ以上、怪我増やすなって。俺が憎くったって、アイツにゃ関係ねェだろ」
「──オイ」

ゾロはもういい加減そんな台詞は聞きたくなくて、遮った。
わかりきったことを説明されるのは嫌いだ。

「お前、なんでそんな卑屈になっていやがる」
「…………」

少しの沈黙。
男は何か言いかけ、結局言葉にせずに黙った。俯いた顔の動きが、その口元さえゾロの視線から逃れさせようとしたが、ゾロにはまだ見えていた。
その唇が、音にせずにこう紡ぐのがわかった──「俺には出来なかった」と。

何が?
ゾロがそう問おうとした瞬間、男は俯いたまま言った。

「ハ……卑屈?」

そしてそのまま、嘲笑うように続ける。

「卑屈ってのは、格下が格上に対して抱く気持ちだろ?自分は弱いのに、奴は強いとか。自分は間違ってるのに、奴は正しいとか。自分はこうなのに、奴はあんなだとか──ハハ、この俺が?腰抜けの一般人に対して──卑屈?」

指の隙間から僅かに覗いた蒼い目は、燃えていた。
憎悪ではないと思う。けれど、同じくらいには激しかった。

「──当たり前じゃねェか」

認めやがった、とゾロは軽い驚きと共に思った。
その台詞を、どんな気持ちで吐いたのか、ゾロには想像もつかない。
男は一転して、祈るように穏やかな声で言った。ゾロの嫌いな声だった。

「あのサンジは、俺の理想なんだ」

死ぬな、と臆面もなく声を張り上げて、他人の為に泣ける男。
誰かの生きる理由になれる男。

「俺は、ああいう風に生きてみたかった」

あの街角で、敵わない事を知りながら出て行った餓鬼のように?
人を殺す事もなく、後ろ暗いこともなく、ただ、一生懸命に?きらきらと?

血を吐くように、彼は憧れを口に出した。
光る星に憧れる、地べたの蛇の鳴き声だ。

「俺だって、ああいう風に生きてみたかった……!」

ゾロはもう、いい加減うんざりだった。
何を言っているのだろう、今更。これ以上こんな馬鹿げた話には付き合っていられない。
ゾロは大股一歩で座り込んだ男との距離を詰めると、その襟首を掴んで引き上げた。男は妙に大人しく従った──まだ、目を合わせない。

情け無い様をこれ以上見たくなくて、ゾロは軽く言ってやった。この男が以前、ゾロに投げつけたように、出来るだけ軽く。
なんでもない事だ。

「じゃあ生きろ」

それでいいだろう。それだけの、事だろう。

「アイツって誰だ」

何の罪悪感があるのかは知らないが、ゾロには知った事ではない。
したい事があるならすればいい。いつも、ゾロには男がそうしていたようにしか見えなかった。
いつも、この男はゾロから見ればくだらないことばかり気にしている。
きっと一生、わからない。この男の事は──逆もまた、そうだろうけれど。

「何で他人事みてぇに言う?責任逃れしてんじゃねェぞ」

この自分に、助けさえ求めさせた。
あんな屈辱を味わわせた。
それが、誰だと?

「──全部お前じゃねえか、馬鹿」

ゾロは馬鹿の顔を覆っている手を、乱暴に引き剥がした。抵抗するのを、無理矢理に。少しは、自分の思い通りにならないものを知るといいのだ。
その顔を間近でつくづくと眺めて──ゾロは鼻を鳴らした。思った通りだ。

「その汚ねえ泣きっ面、さっきと全然変わんねぇぞ」

自分が強いとでも思っているのだろうか?
そう──前は、ゾロだって勘違いしていたけれど。この男は一枚上手で、余裕の表情で人を哀れんでいると思っていたけれど。
そうではなかった。この男も、ただ、必死だったのだ。
必死で、泥の中で足掻いて、それでも──分不相応にそれでも!

いつだって、何かの為に──誰かの為に走っていた。
自分の余裕も無い癖に、周りの事ばかり気にしていた。

考えて、打算があったなんて嘘だ。
この男はそんなに賢くない。一言で表すと馬鹿だ。それ以外にない。ゾロには理解出来ない馬鹿だ。
頭で考えるより先に動いているに決まっている。
本気で自覚すればいいのだ。自分が口で言う以上にずっと、自分の好きなようにしかしていないと言う事を。

「すげぇ不細工」

どごっ

腹に重い一撃を食らって、ゾロは吹っ飛んだ。
それは別に何か考えがあったわけではなく、悪口に対する反射行動だったようで──ゾロはまた、馬鹿だ、と思った──男は、立ち尽くしていた。
その目からボロボロと零れる液体だけは、ゾロは本体に似合わず綺麗だと思った。

「俺、は……俺は、そんなんじゃねェよ……!」
「──」
「言ったじゃねェか、全部自分の為なんだ、俺は。あんな風に、あんな、あんな──」

震える声は、珍しい事ではあるが、少なくともゾロの神経に障りはしなかった。

「あんな……あんな、真っ当な、奴が、」
「スゲェ我侭だ」
「一生懸命、誰かの、為に」
「迷惑だから止めろっつってんのにちっとも聞かねえ」
「優し、くて」
「礼のひとつも言われた事ねぇし、どっちかっつーと傲慢だ」
「死ぬ、な、て」
「理由は全部ひとつだ──『自分が嫌だ』と。女王様気取りか」
「……」
「そうやって、馬鹿みてぇに生きてる」

何故ゾロがここまで言ってやらなければいけないのだろうか、全く理解出来ないが、とりあえずゾロはそう言った。
鏡があったら突きつけてやりたい。ほら、これが馬鹿ですよと。自分のことが一番わかっていないのだ。
何に拘っているのか、わからないわけではないけれど、ゾロにとってはどうでもいい悩みだった。
だから一言で終わらせられる。

「お前だろうが」

それには応えずに、男はただ、泣いていた。
いつかと同じように、ついさっきのように、ゾロの前で、ただ。
子どものように、ただ泣いていた。

「アレも……俺だって、言うのかよ?」
「ああ」

泣いていた。
それしかしていなかった。


「……俺、終わり知ってんだ」
「もう、一度終わってんだから」
「でも」
「それでも」





「……俺、約束、守ったの、か?」




「──ああ」

ゾロは頷いた。
男は泣きながら笑った。

その直後、格段に重い蹴りがゾロの首筋を襲い、油断していたゾロはもんどりうって闘牛の雄牛のように倒れた。


「──んじゃあ俺殴られ損じゃねえか、このタコ」











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