GO or STAY!









「……ここで何をしている」
「……イヤ、アンタこそ何してんの……?」

再会の挨拶はこんな間抜けっぷりだった。

「その怪我はどうした」
「ヤ、コレは単にコケて……つか、それもアンタこそどうしたのってカンジなんだけど!」

コーザはちょっとだけ不機嫌そうに眉をひそめて、多分認めるのがイヤだったんだろうが吐き捨てた。

「『デアデビル』の投げた手榴弾の爆発に巻き込まれた」

普通死ぬよね!アンタも超合金製なのか!?
つーか仲間はどうしたんだよ、どうしてアンタこんなトコで一人ぼっちなんだよ。

「……仲間は?」
「俺にいるのは、仲間ではなく同僚だ」

俺は左手から下を瓦礫に押し潰されてるコーザを眺めた。
怪我の程度は判断できない。ただ、顔色がスゲェ悪い。さっきは死んでんのかと思ったくらいだ。

大半が崩れて塞がってる廊下に、コーザは静かに寝そべってたんだ。
何を考えてたかなんて知ったこっちゃねえけど、通り過ぎるなんて出来っこなかった。
コーザは無感動極まりねぇ視線で俺を見上げると、恐ろしく可愛くねぇ調子で言った。

「何をしにきた」
「いや……あの」
「その間抜け面から大概の事はわかる──どうせロロノア・ゾロを追いかけて来たんだろう」

コーザは溜息を吐いた。

「──俺には関係の無い事だがな」
「…………」
「行け。勝手に二人で死ねばいい」

言うに事欠いて何と言う気色悪ィ事を……。
アイツと二人で死ぬとか、俺的『本気で嫌な末路』のかなり上位にランクインするんだけど!

いきなりけたたましい警報が廊下に鳴り響いて、俺はびくりと背筋を震わせた。
コーザはそんな俺の様子を眺めると、茶化す調子ではなく聞いてきた。

「怖気づいたか?」
「…………」
「ならすぐに逃げろ」
「え?」

コーザは神妙に言った。

「これは、火災警報だ」
「火事!?」
「研究部の科学薬品が反応して出火したんだろう──消防車は期待できない。そのうちガスにも引火する。そうしたらもう助からないぞ」

なんてこった。
崩れ落ちる建物からの脱出なんて、何処の流行だ?少なくとも現代社会ではその類のストーリーは絶滅した筈なんだが、こんなところに貴重にも残っていたか、そうか、イヤ全然嬉しくねェけどな!そういう新発見とかホントもう間に合ってるから!

俺は取り合えず、コーザの左腕の上にある大きな瓦礫を検分すると、その更に上に載っているものを取り除け始めた。
細かなガラクタを掻き分けると細かい塵煙が立ち昇り、酷くむせ返る羽目になったが。目も痛ェ。

「……何をしている」

見てわかれ、馬鹿。

「何をしていると聞いているんだ」

ああ俺今スゲェ忙しいからそういう変な質問は却下ね、多分、言った所でアンタ納得しないだろうし。
なら時間の無駄だ。時間は無駄に出来ない。

「急げと言っただろう。お前は何をしにここへ来たんだ?」

何をしに?
ああ、宇宙からの電波に従って珍しい種類の蟻を捕獲しに来たんだ。あの暴力キチガイ蟻を放っておくと、すぐに死んじゃいそうだから。

下手に触ると更に崩れてくんなコレは。あせりと慎重さを天秤にかけんのはスゲェ疲れる。
あ、なんか引っかかってやがる。あのパイプか?でも抜くとその上が崩れそうだしな、代わりになんか支えを──

「聞いているのか……同情は止めろ。有難くも無い」

ゴメン聞いてねェ、今ちょっと繊細な作業中だから。
痛ェ!……なんだ、爪が割れたのかどうでもいいや。とにかくこの鉄板を持ち上げて、あの角に立てかけて支えにするか。

「ロロノア・ゾロに会いに来たんだろう……?」

コーザの声は、何だか少しささくれ立っていた。

「何をしている……!」

知るか。
俺にだってそんな事はわからねェ。俺の方が聞きたい。

「今ならまだ間に合うかもしれない。俺の事は放っておけ」
「…………」
「俺はお前の敵だぞ。助ける必要もないだろう──本当に苛々する、何でお前はそうなんだ?お前にはお前の用事があるだろうが」

一分一秒を争って、俺は作業を続けた。震える手が鬱陶しい。
コーザの声が聞こえないくらい、心臓がどくどく鳴っている。はやく、はやく、はやくと。
わかってるさ、今は時間が大事だなんて事ァね。ずっと遠くで聞こえてる銃声が止んだら、ソレはもう何かが終わってしまったしるしなんじゃないかって、そういう事考え始めるとスゲェ怖くなる。
間に合わないなんて、考えたくねェんだ。

「……脱出だって、ロロノアがまだ生きているならけして不可能じゃない。だが、遅れれば終わりだ」

分厚い断熱材を捲り上げ、間につっかえ棒を立てる。
腰を入れてブロックを持ち上げ、後ろに放り投げる。

「いい加減にしろ。あれもこれもなんて幼児じゃないんだから聞き分けろ」
「────」
「後になって後悔するような真似はするな」

俺は答えなかった。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
わかってる、そんな事はわかってんだ。
でも。

「──頼む」

鳴り響く警報の中、コーザが、静かにそう言った。ビックリした。
アンタが、アンタにとったらゴミ以下の俺に向かって、頼み事だって?

「……お前の自己満足の為に、人の願いを踏み潰すな」

誰の願いだよ。
ロロノアのか。『サイレンサー』のか。コーザ、アンタのじゃ、ないだろ?

コーザは俺の方は見ずに、天井だけ眺めてこう言った。

「何の為に組織を裏切ったんだ、何の為に命を懸けた?」

……ソレは、俺の話じゃねェよ。
何言ってんだよコーザ。それは誰の願いなんだよ。

「あの男を死なせる為じゃあないだろう。お前の目的はなんだったんだ。ここで偶然出会った敵を格好良く助けて恩に着せる事か?」
「────」
「あの男は、死ぬ気でここに来ているのに、お前はそうなのか」

……俺は。

「あの男が何故ここに来たのか、わからないのか?」
「────」
「俺だってわかる──認めたくないだろうがな、お前の為にだ」

俺の為?
俺の為って、なんだ。誰が頼んだんだ。
俺じゃねえ。俺じゃなくて、それは──

「それなのにお前ときたら、こんな所で寄り道か。ロロノアは今にも死ぬかもしれないのに。お前の為に、独りで戦っているのに──」
「煩ェ黙れわかってる!」

あの馬鹿が妙な勘違いで馬鹿な真似してるのなんか知ってる。
俺はそれを止める為に走って来たんだってのも知ってる。

「そんなのわかってる……!!」

耐え切れなくて、俺は叫んだ。
俺はそれがイヤなんだ。瓦礫を投げ捨てながら、喚く。

「でも俺は、『サイレンサー』じゃねェんだよ……!」

そんなものの為に命を捨てるなんて、どうかしてる。
こんな時でさえアイツを優先しない俺なんか、どうだっていいだろう。
アイツの見てるものは、ここにはないんだよ。わかれよ。

だって俺は、コーザを見捨てられない。
俺にゃ無理なんだ。だってそうだろう。何で切り捨てられる?

理屈はわかるよ、そういう、誰にでもわかるような正しさはわかる。そういうのが賢いってのもわかる。後から後悔したって時は戻らないのも知ってる。

けど、正しいからって俺は楽にはなんねェんだ。

そんなプロフェッショナルには、俺はなれねェよ。無理言うなよ。投げた林檎に落ちるなって言ったってそりゃ不可能だろうが、ニュートンだって頷いてくれる。
こんなトコで一人で諦めた目して死にたがってる奴を、何で放って置けるんだ。
俺を馬鹿って言うなら、そういう馬鹿を一人でも減らす努力をしてくれよ。

コーザと目が合った。呆れた目だった──俺は、よほど惨めったらしくみえるらしかった。

「……だから馬鹿だと言ってる」

コーザは、深く息を吸い込んだ。

「俺の知るだけのお前の話をしてやる。それから、良く考えろ」
「え──」
「良く、考えろ」

コーザは目を閉じ、語りだした。
俺は必死に作業を続けながら、右の耳から入って左の耳に抜ける情報の欠片を出来るだけ拾い上げた。

「二年前、『サイレンサー』は『アルマニャック』を──『パスティス』を裏切った。ロロノア・ゾロが原因だった。だから、実験素材として研究室に回された──死刑と同じだ」

実験素材。酷ェ響きだ。『ファイアブランド』も似たような事言ってたから、ショックはもう受けねぇ。
なんでそんな事が出来るのか、俺にはちっともわからねェがな。

「『パスティス』は、サイレンサーともう一人、身寄りの無い民間人を使って、我の強く無い従順な性格の、有能で凄腕なエージェントを作ろうとした。だが、出来上がったのは、無力な一般市民だ。何とか出来ないかと色々努力はしたらしいがな、結局お前は──『パスティス』の望むものにはなれなかった」

そりゃそうだろ。
こんな役立たず、作った所で何にもならねェ。
俺がもっと有能なら、こんな瓦礫ぐらい手際よく処理できるだろうし、自分の厄介事くらい自分で解決できるだろうし、その為に誰かが傷ついたり、泣いたり、ましてや命を懸けたりなんて、しなくていい。

「しかも、お前には欠陥がある
「────」
「人格の不安定さだ──記憶は良く混乱し、性格にも波がある。アイデンティティの保護の為にある程度は整合性を保つらしいがな、二重人格どころの単純な話じゃない。──二人分の要素が混ざり合って一つの枠に無理やり入っているんだ。こう考えろ、色々な100個のパーツのうち50がA、50がB。その中からランダムに50個が選出され、表層意識を形成すると」

じゃあ、俺、は──この、今の、必死に瓦礫を掻き分けている俺は、この瞬間しかいないのかな。
そんなに簡単に、消えて、違う俺になるのかな。じゃあ俺って?今、こんな泣きそうになってる俺って、すぐに捨ててしまえるモンなのか?

「三ヶ月前、サイレンサーの要素が強く浮かび上がった時、お前は研究所を脱走する事に成功した。だが馬鹿げた事に、その直後、今度はまた只の一般人の記憶が浮かび上がり──のこのこと自分の巣に帰って呑気にご就寝だ」

なんて幸せな俺。
明日もまたマキノさんのトコでバイト。くたくたに疲れてるけど、明日もまた頑張ろう。
なんて幸せな夢だ。

「実験部も半ば諦めていたんだろう、証拠を処分する手間を省く為、そのまま爆殺しようとした。だが、すんでのところで逃げられて、更には脱走騒ぎでお前の存在を知ったロロノアに邪魔された」
「────」
「それがお前だ。良く、考えろ」

考えろ?考えるって、何を考えりゃいいんだ。
そうか、そんな事があったのか、そりゃあ俺はかわいそうですねって、言えばいいのか。畜生、何処にひっかかってるんだこの鉄板。

「サイレンサーは死んだ。もう一人も死んだ」

死んだ?本当に?
じゃあこの思いは何処にいけばいい。この約束は、誰が叶えればいいんだ。

「お前はもう、誰でもない。お前は、『サイレンサー』なんかじゃない。そんな事は──ロロノア・ゾロだってもう知ってる」

え?
コーザは苦しげに笑った。確かにそれは微笑に見えた。
もう知ってるって?嘘だ、じゃあ、なんでアイツはこんな事しなくちゃならない。

「『サイレンサー』の為じゃない」

なんで俺の方があの男を理解しているんだ、とコーザは毒吐いた。
俺は耳を塞いでしまいたかった。
なんで。なんでだ。アイツは『サイレンサー』の為に、俺を守ってたんだろう?大事なソイツに頼まれたから、俺を守ってたんだろう?この顔の裏側のことなんかどうでもいいんだろうが。
俺は、一度だってアイツに優しくした事なんてない。

「……あの男は、お前の為にここに来たんだ」

この、頬を流れ落ちる液体はなんだろう。
なんで俺は今、こんな風に泣いてしまうんだろう。

「平凡な一般市民を、平凡な一般市民でいさせる為に来たんだ。お前が、この世界を嫌だというから、この世界からお前に伸びるものを全部斬ってしまおうとしているんだ。そして、お前の為に、『サイレンサー』と一緒に死ぬ気なんだ」
「な、んで……」
「俺はこれ以上言う気は無いぞ。理由は自分で考えろ」

コーザは突き放すように言った。
こんな時にまで格好つけられるなんて、アンタ、ホントに映画みたいな男だ。見事すぎるよその演技。

「だが、これでわかっただろう?」

俺は、行かなくちゃならない。
何が何でも、あの男に会って、そんな馬鹿な真似を止めさせなくちゃならない。目的を果たしたら死んでもいいなんて、馬鹿だ。執着するものが無いなんて、馬鹿だ。
俺はまだここにいるのに、テメェが勝手に完結させてどうすんだ。

「あの男をこのまま死なせるなんて、お前には無理だ」
「──わかった」

俺は頷いて、邪魔なブロックを力を込めて押し除けた。これがあると絶対にコーザの上の瓦礫は動かない。
少しの沈黙が落ちた。

コーザは俺の行動を理解すると、声を張り上げた。視線で人が殺せたら、きっと今俺は即死だ。

「お前は──!」
「……わかったけど!」

俺は怒鳴った。
鼻水を啜り上げて、やかましく喚く警報に負けないように怒鳴った。

「アンタをこのまま死なせるのだって、俺にゃ無理なんだよ……!」

どうだ、情けなさ過ぎて二の句が継げねェだろ?俺だってそうだ。
ここまで言われても、俺はこの場から動けずに、色んなものを傷付けてる。
謝ってなんとかなるならマリモに土下座だってしてやるよ。でもそうじゃねぇだろう。

「だからアンタは、俺を追い詰めるようなこと言うな!」
「は?」
「俺に頑張れって言え!むしろ俺を応援しろ!」

頑丈そうな鉄パイプを瓦礫の下にもぐりこませ、てこの原理で力をかける。

「自分を助けろって言え!マリモのトコにも間に合えって言え!」
「────」
「出来る出来ねェじゃねェんだよ……!俺はそうするしかねぇんだよ!」

手のひらの痛みなんか無視できる。
体中の痛みだってきっと大丈夫。
でも胸の痛みは無理だ。

コーザは鬼のような形相で怒鳴った。

「そんな都合のいいことがあったら誰も苦労しない……!精神論でなんとかなる問題じゃない!」
「俺は──」
お前は、後悔の重さを知らなさ過ぎる……!

そうだ。その通りだ。俺はそんなもの知らない。
アンタに比べりゃスゲェ甘い人生送って来たかもしれねぇ。
甘ちゃんな考えで、夢みたいな奇麗事言ってるように聞こえるかもしれねぇ。
そんな俺は、ウザくてウザくて仕方ねぇだろう。
俺は、そんなアンタを納得させる言葉なんて一つも持ってない。
じゃあどうすりゃいい。

追い詰められて、俺は喚いた。
渾身の力を込めても、瓦礫は動かない。鉄パイプの方が曲がりかけている。
何でこんなに辛いんだ。
何でこんなに痛いんだ。
俺はどうしたらいい。そんな事知らねぇんだよ。
一生懸命考えてるよ、ハゲる程考えてる、でもどうしたってこんな瞬間に答えは出ねぇ。

畜生。畜生。畜生。畜生!
違う俺だったらもっと賢いのかよ。違う俺だったら、もっと割り切れるのか。
違う俺だったらもっとスマートに、こんな場面は切り抜けるのか。
悲劇の主人公みてェに、仕方がないって泣きながら、マリモのところに走れるのかよ。

わからねぇんだ。どうやったらわかるんだ。
こうやって、煙が流れてきて、苦しくて、アンタは動けなくて、このままじゃ死ぬ。
どんな俺だったら、ここで、この鉄パイプから手を離せる?

俺は本当に、その答えを知りたい。

「……死ぬな!」

俺は喚きながら、鉄パイプに力を込め続けた。
滑る血が物凄ェ煩わしかった。
動かない瓦礫が本気で憎かった。

「死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな……!」

お願いだから、そんな風に諦めるな。
コーザに言ってるのか、マリモに言ってるのか、それとも俺に言ってるのか、俺には判断がつかねェけど。

焦げ臭い刺激臭が流れてきて喉を焼く。
こぼれる涙は、空気が痛いせいだ。

「つーか大体あの野郎は何なんだ!俺のボディーガードとか言っといて職務放棄か!降りろって言われたら降りる程度のモンだったのか!義理なんざ全然果たせてねェよ、俺はテメェに迷惑かけられっぱなしだ、テメェのせいで俺は、何かスゲェ変な事に悩んだり苦しんだり転げまわったり、辛かったり、なんか心配したり、俺はテメェの母親か!?テメェだって、引き止められるの待ってねえで、自分から動けばいいじゃねェかよ、つーか、つーか、俺が、呼んだらすぐに来い、俺が呼んでるんだから来い、お前は俺のボディーガードなんだろうがよ、ここから俺を引き剥がせると思うなよ、ここが炎上しようが爆発しようが、俺はコーザを助ける、そう決めた、腹くくった、だから、オイ、このままコーザがこっから抜け出せなかったら俺も一緒にお陀仏だぞオイ、そんなん嫌だろ、滅茶苦茶嫌だろ、嫌だって言えすぐ言えここで言え俺の目の前で言え、そんで俺を守れ、コーザを助けなきゃ俺を守れねぇんだぞコラ、テメェを守らなきゃ俺を守れねぇんだぞアホ、も、嫌だ、こんなん嫌だ、こんな展開は大嫌いだ、わかれよ、言うから、テメェが必要だから、」

だから。

俺を放っとくんじゃねぇよクソ馬鹿マリモ野郎……!!
































「……もうちっと殊勝に呼べねェのか、馬鹿」


この瞬間、俺はもしかしたら神様って奴を信じたかもしれない。


瓦礫に添えられた手。血にまみれた手。ボロボロの手。
涙は止まらずに、逆に堰を切ってあふれ出した。
何でだ。



俺が死に物狂いでどかそうと思ってた瓦礫は、馬鹿の馬鹿力によりゆっくりと動き出した。
コーザが転がるようにして左腕を引っ張り、その下から抜け出る。腕は折れてるだろうが、走るのに問題はねぇだろう。

馬鹿はそれを見届けてゆっくりと振り返ると、顔をしかめてこう言った。

「何だその馬鹿面。つかなんでお前こんなトコにいんだ」

……………………。
この期に及んでその台詞はないよね馬鹿って言った方が馬鹿だよねつかコイツ今感動シーンを粉々にぶち壊しくさりましたよね……!

俺の涙は急激に引っ込んだ。まさにマジック。
コーザが真剣に呆れた顔をしてる。うんわかるわかるよその気持ち!スゲェわかるから俺を一緒くたにそうやって眺めるのやめてくれ。

何か言ってやろうと口を開いた瞬間、俺はげほごほと咳き込んだ。煙い!
もう辺りは一面真っ黄色っつーか灰色っつーかところどころ黒い煙が充満しかけてて視界がちょっと悪ィ。道理で喉が痛ェ。頭も痛ェ。何か気持ち悪ィ。

「──急ぐぞ」
「非常口は?」
「こっちだ」

何だかプロフェッショナル同士無駄な会話はせずに(つーか敵同士じゃなかったのか?マリモの投げた爆弾にやられたんだぞコーザは、いやまあいいけど今は)、コーザは通路の先に顎をしゃくった。

俺はそれを追って駆け出そうとして──








どおおおおおおおんん

空気を貫く衝撃。爆音。建物全体が派手に揺れた。
そして──



え?



元々崩れていた廊下はついに耐え切れなくなったらしく、倒壊した。
妙に慌てたマリモの面が見ものだった。人の事馬鹿面とか言えんのかテメェ。


いつも、運命の転機って奴は突然なんだ。そして、ほんのちょっとしたタイミングのずれで、全てが変わってしまったりする。

意外な程静かな気持ちで、俺は呆然とつったったまま、ソレを眺めてた。
伸びてくる手が間に合わない事も、何故かわかった。


「──ンジっ!」


最後に聞こえた欠片は、そんなものだった。