GO or STAY!






ありえねーありえねーコレマジでありえねーよ!
ココは何処ですか?スクリーンの中ですか?え?それとも小説?
どっちにしろフィクションだろコレ……!

「うわぁ……」

イヤ駄目だ俺、現実を見詰めろ、いくら嫌でも見詰めろ。
がくがく笑う膝に手をついて(当たり前だ、どんだけ走ったと思ってんだ、言っとくけど俺ァ今バスにも乗れねェんだぞクラァ)、俺はその建物を見上げた。

海岸沿いの工業地帯、その隅っこの方にある一見パスティス社とは全く何の関係もございませんよええウチ零細企業ですから、みたいな面したあんまり最先端っぽくない建物の中から、銃声に聞こえなくも無いような音が不揃い連続して響き(多分ね、鉄板にネジ穴でも開けてんだろうね、『化学薬品研究棟』ってプレートあるけどね)、爆発音っぽいものもたまに聞こえて軽く地面が振動してる(えーとコレはアレだ、化学薬品の実験でビーカーが爆発して博士がアフロっていうコントの練習。いやなんでコントの練習?)。

現実を見詰めろ。

OK, OK, 理性君アンタの勝ちだ。
周りに集まってる野次馬の数は場所柄のせいか意外に少ねェ。
通報されてたら即飛んで来る筈のパトカーはまだ一台も見えねェ。何で?アンタ達、本当に今ココで部品の製造とかコントの練習とかが行われてると思ってるワケ?理性君は惨敗か!?そんなじゃこの国の未来はマジ悲惨──イヤそんな事ァ今どうでもいいんだ。落ち着け俺。

「うわっ!」

キキィ、キキィ、と、背筋があわ立つ急ブレーキの音。
そんなに広くも無ェ道路を、野次馬を跳ね飛ばす勢いでやって来たのはパトカーじゃなかった。いかにもな黒塗りに、どう見ても自家乗用車、払い下げみたいなボロいバン、その他もろもろの車種が団子になってわんさか──この道路はもう、コイツらが退かない限り車両通行不可能だ。
車種と違って、降りてきたメンバーには物凄い共通点があった。一言で言えば、「関わりたくないよねぇこう言う種類の人たちとは」。もしくは「え?呼びませんよ警察なんか、アハハ……イヤホントですって!お好きになさって下さいよ旦那ぁ、逆らったりしませんから」。

無論、野次馬(+俺)の腰は盛大にひけた。

「…………」

男達は遠慮なく工場の正面入り口をがらがらと開けて、中に突入(ホント突入って言葉が相応しいカンジの勢い)した。
五人ばかりがその場に陣取って、辺りを威圧するように睥睨してる。えー、貴方たちがその手の中にまるで当然のように持ってるのは、アレですよね!専門用語で言うと確か拳銃!

わーもうコレ絶対ェ市警とか来ねぇよ、だってコイツらスゲェ自信満々?!どうせ何か裏取引とかしちゃってるんだろコレだからヤだよね犯罪組織って奴はね一般人太刀打ち不可能だろ、巨人VS蟻だろ、そんなん視聴率0.3いかねぇよ企画倒れだよ!

俺は頭を抱えた。
だからコレ映画だろ、なんなのこの無法っぷり!

「フツー無理だろこんなトコ……!」

──イヤでもね、本能麻痺させて巨人に噛み付く蟻とかもいるらしいよマジでね、俺は知ってるソイツの色はミドリ色だ。ちなみに学会に報告しても何にもならねぇ。残念!
で、そのキチガイ蟻が多分今この工場の中で暴れている確率が九割を超してるんだが。

「……OK, OK」

俺ァ今、大宇宙からの偉大なメッセージを載せた電波を受信してるんだ実は。多分途中で変な風に文字化けしたんだろうがその指令ってのはアレだ、迷子の凶暴蟻を捕獲する事だったりするんだよな何の役に立つのかは知らねェが。
でもよ、宇宙からの偉大なメッセージだったら従わねェ事にゃ仕方ねェよなァ?でも俺ホントこんな事したくないんだけどね、なんせ宇宙だから、逆らったら怖そうだろ、うん。

さァて宇宙からの不思議なパワーで巨大化してあの門番みてェなの蹴散らして進むか──待って!わかった、俺が悪かった。理性君俺を見捨てないで!つかむしろ助けて!

俺は野次馬に逆らって通りを少しだけ戻ると、マンホールを探した。
いや、古き良き古典フィクションじゃこう言うときは地下から潜入ってのがセオリーですから。ココまで王道行ってんだ、従わなきゃ損だろ。あ、アレで良いや丁度車の陰だ──

「おりゃあ!」

黒い丸い円盤を、ぐいっと引っ張り上げる。
引っ張り上げる。

「…………」

開かねェし!
何でこんなトコがセキュリティ万全なんだ泥棒避けか!……まァそうかもな、そんな簡単に侵入出来たらマズいよな、ええソレが正論なんだけども何かスゲェムカつく!

裏口……そりゃまああるだろうが正門があんななってるのに裏口はガラガラなんてそんなドリームはねェだろよ。
地下が駄目なら空?イヤいくら確認しても俺の背中には翼とかついてないし。純情な心持ってても天使じゃねェし。

ちなみに塀を乗り越えるのは不可能に近い。
例えばここにある車の屋根に乗っても垂直ジャンプ一メートルくらいしないとてっぺんまで手ェ届かねェだろ。大体普通でも難しいのにこんな足場でそんなん無理だろ、俺は超人か?

あせりながら何か手段はないかと辺りをぐるぐると見回す。
あるものが目に入り、俺の視線はそこで止まった。





+++ +++ +++





「ぎゃああああ………!!」

こんな事を思いついて天才気取りだったさっきの俺をぶん殴りてぇ。
風圧と恐怖に、目は殆ど閉じかけてる。タイミングを誤ったら死ぬ。誤らなくてももしかしたら死ぬ。

必死でしがみついている太い鈎針が冷てェ。俺は今まさにターザンだった。






──目標から壁を挟んだ隣にゃ、建設中の建物があった。
その最上部に備え付けられたクレーン、俺が目をつけたのはソレだった。現場作業員は野次馬になって出ているらしく、潜入は驚くほど簡単で。
思ったより100倍難しかったのはソコからだった。

当たり前だけど振り子を揺らしてくれる手助けなんかないワケで、俺は一人で必死に重たいワイヤーとその先の鈎針を押し、ぶうん、ぶうん、と風を切りながら重く鳴る、ぶち当たったらそれだけで俺昏倒じゃね?くらいの凶器を作り上げた。

絶対ェ当たりたくないそれにしがみつき、タイミングを見計らって手を離せば慣性の法則に従い俺は放物線を描いて目標地点まで飛んでいく──筈なんだが。
そんな冷静な計算なんか普通にぶっ飛ぶよマジで。
だって俺、今だ、って鈎針に飛びついた途端後悔したかんな。

コレも超人じゃなきゃ無理だ。

例えて言うならアレだ、安全器具のないジェットコースター。難易度レベル100のアスレチック(但し危険過ぎて計画倒れ)。ちなみに高度は五階くらい。
頼りは自分の握力だけだ(但し片手は殆どあてにならん。穴塞がったばっかだから)。
つーか俺砲弾でもなんでもない只の生身の人間だから、うまく行ってもちょっとヤバい事になったりしないか?だって落ちる先にクッションとかねェぞ気付くの遅ェけど。いや、ホントは見ない振りしてただけだけど。

「うわあああぁあぁ!!!」

怖い!怖いって!
つーか痛ェ!手が痛ェ!風圧がヤバい!遠心力がヤバい!なんかもう色々ヤバい!!

二往復くらいはしてタイミングを計るつもりだったのに、俺の指先は大概根性なしだった。まあ根性でどうにかなる話じゃなかったって言う方が簡単なんだけどよ。
つるり、と滑る。
わざとじゃなく、指が離れた。

「!!」

ぎゅう、と心臓が縮こまった。
耳元で唸りを上げる風。
離れていく鈎針。

襟首を掴まれて後ろに引っ張られるような感覚。

ふわり?そんな可愛らしい擬音で表現なんざするもんか。
空を飛ぶのにあこがれてる奴は趣味が悪いと俺は本気で思った。
こんなに怖い事ってそうそうない。だって地面がない、空気しかない、何も触れない──ただ、落ちるだけだ。
何処に?

「あ────」

背中を下にして落ちる。
落ちるというよりは、投げつけられる感覚だ。
自由落下。

この前は助かった。あの時は何故か怖くなかった。
だって──俺の落ちた先には──





ぼごん!!

背中に酷い衝撃が来て、俺の意識は一瞬で飛んだ。






+++ +++ +++






──ずぅうん、と腹の下から響く振動に、覚醒を促される。
途端に体のあちこちから一斉にクレームが届けられ、脳みそがショートした。待って、いいからちょっと待って、君達が色々大変なのはわかってるから!でも脳みそフリーズしちまったらもっと苦情処理の速度はもっと落ちるから!

「い──痛」

けれど目が開かない。
腹ばいになっている俺の下に、冷えた液体が広がっている感触。
それだけじゃねェ、びしゃびしゃと水音もする。

「あ……うぅ……」

冷たい。
俺は僅かに肩を動かした。ぴくりと動いた。
ゆっくりと力を込め、手を顔の横につくと、ずるりとした感触と共に手のひらの皮膚が剥けているのがわかった。

「痛……」

背骨──大丈夫、折れてない。きっと折れてない。
大丈夫、大丈夫、呪文のようにそう唱えながら、俺は目を開けた。視界は真っ赤だった。

思考を空白化させながら、腕立て伏せの要領で身を起こす。
動く。動く。痛ェけど動く。死んでない──少なくとも、まだ。

どれぐらいの怪我なのかはさっぱりわからなかった。ただ、全身が痛い。
周りが赤く見えたのは、目に入った血のせいだった。
額から顎にかけて、右顔面を酷く擦りむいている。それだけじゃなく、体の前面は擦り傷だらけだった。シャツが血に染まり、ジーンズの膝が擦り切れて破けている。

水音が気になって視線を上げた。首が痛んだ。
ポリエステル製の薄い茶色の給水タンクが盛大にへこみ、破れ目の奥から水が吹き出ていた。

「い……てぇ……」

目の奥がじんと熱い。痛ェ、痛ェよ。ホントに痛ェ。
男の子は転んでも泣いちゃいけねえなんて、ホントに厳しい人生だ。
うう、うう、と俺は唸りながら、ゆっくりと動き、どうにか上半身を起こした。良かった、やっぱり背骨は折れてなかった。

どうやら俺は背中から給水タンクに叩きつけられ、顔面からコンクリートに落ちてざりざりとこすられたらしい。
フィルムコミックで表現したらペラペラに平たくなって風に吹き飛ばされるカンジだ。

「うっく……」

どおん、とまた建物が振動した。
俺はそれにスイッチを入れられたように立ち上がった。ぎしぎしと唸る関節は、どうやら凄く頑丈だ。まだ動く。
俺は給水タンクからの簡易シャワーで顔を洗うと(目が見えねぇのは困る)、俺に出来る限りの速度で行動を開始した。一番派手な音が聞こえる方に行けば、そこに奴がいるだろ。

鍵がかかっていたら泣いてやろうと思ったが(転んだからじゃねぇからいいんだ)、屋上の扉はあっさりと開いた。というか外側に鍵がついてた。
そりゃこんなトコからの侵入って、普通ヘリでもねぇと無理だしなァ。こんな原始的な方法で来る奴いねぇよ全く。はっきり言ってソイツは馬鹿だ。うん、スゲェ実感こもってるよな俺が言うと。

扉をくぐった先には、階段と、凄くはっきりと聞こえる銃声。戻るのはもう無理だ。ココまで来ちまったんだ。
動き始めたら、痛みはなんだか無視できた。

俺は何やってるんだろう?何をしに来た?そんな事考えたら負けだ。
ただ、怖い。とても怖い。
コレは多分、命の危機を感じてビビってるのとはちょっと違う種類の怖さだ。

誰かが胸の奥を叩いている。
そいつはその恐怖を知っている。

『もう二度と会えない』──その絶望を、その先の祈りを、知っているんだ。







GO!