GO or STAY!






あーもう。あーもう!!
全くなんてタイミングで現れてくれるんだ、そのツラがなけりゃ何処に出したって恥かしくねえヒーローじゃねぇのか。イヤホントに寒ィけどなこの年でヒーローとか言ってんの!

何か前もこんな事なかったか?
絶対絶命のピンチ、死を覚悟して目を閉じる。そしたら撃たれたのは俺の目の前の奴で、ってシチュエーション。
まあその時来たのはこんな厳つい野郎じゃなくって、とびっきりのレディだったけどなァ。
…イヤ、まあね、別に相手に注文つけられる立場じゃねえのはわかってんだが。

「いたた」

絶対ェ痛ェだろうにちっとも痛くなさそうな台詞と共に、衝撃で倒れたらしい『アルマニャック』のエージェントが身を起こした。
その銃を構えてた筈の腕が、うわ、ってなるほど赤く染まってる。生臭いにおい。
普通に見りゃ、十分緊急事態。
でも多分、こんなダウンタウンじゃ銃声くらいで人なんざ集まらねェんだろうなー。
急に傍観者な気分だ。
だってそうだろ、第三者が出てきたら俺は一番後回しになる。いいのか悪いのか、すみませんね小石レベルの実力&存在感で。

視線を横に向ける。
曲がり角からその巨体を現した男は、俺の方はちっとも見ねぇで油断無く銃を構えたまま、無表情に言った。

「どうした?随分と油断してたじゃねえか」
「ケーサツがいきなり発砲するとは思ってなくてね。つーか、隠れてんじゃねえよ」

男がわざとらしく渋面を作る。
それに対して、あっちは鉄面皮。

「一応、一般市民が害されてんのを見過ごすわけにはいかねえんだ」
「一般市民?へえ、あんた本当にそう思ってるわけかい?コレを」

知り合い同士の気軽い会話。ヤ、あくまで字面だけ追えばな!
俺凄く寒いんですけど。なんつーか、薄ら寒ィというか気色悪ィというか居心地悪ィんですけど。つまり仲が悪いんだなアンタら。
闖入者──もうわかってる、スモーカーだ──は、コレ扱いされた俺には頓着せず、でも頷いてくれた。

「思ってるさ。──少なくとも、お前に比べたら可愛いモンだ」

何そのヤな比較!
この男に比べたらコンビニ強盗だってきっと可愛いのカテゴリに属するぞ。

言われた男の方はずうずうしく笑った。こんなときでも、偽物太陽笑顔なのか。

「あんたに比べたら俺だって大概可愛いモンだと思うけど?」
「己を知ってその台詞を吐いてるなら、随分厚顔な野郎だ──『ファイアブランド』」
「……俺がその二つ名嫌いだって事、知らない筈はねえだろうな」

ファイアブランド?兼エースもしくはシュライヤ(駄目だ使いにく過ぎるこんな呼び名)は、ぼたぼたと血の滴る傷口を片手で抑えながら、それでも平静に言った。
イヤ唇真っ青なんだけど大丈夫か。大丈夫なのかそうなのか。精神生命体か。

「似合った呼び名じゃねぇか。お前程人をたぶらかすのが得意な奴はそういない」
「人を詐欺師扱いするなよ」

そのまんまだと思います。命が惜しいから黙っとくけど。
つかアレ?コレってスゲェ俺にとって好都合な展開?
会いに行こうとしてた奴から来てくれて、しかも生命の危機から(一時でも)逃れて。

つか、まあ……ココで素直に喜んどきゃいいんだろうけど、なァ?
何か裏があるに決まってるよこんなグッドタイミング。どんなラッキーボーイだ俺はそんな夢見るな。

「人を動かすのも悪くはねえけど、それだけだって思われるのは心外だな」
「じゃあ、『ファイアトランダム』の方が良いのか」
「ソレ、馬鹿みたいだからもっとイヤだな」

『ファイアブランド』(面倒だからもうコレ採用)は、呆れ顔を作った。
どっちにしろあんまり良い二つ名じゃねェのは頷けるけど、そう呼ばれる責任の大半はオノレにあるんじゃなかろうか。

「つか、番号で呼べよ、あんたらがせっかくつけてんだろう?」
「……KA809287?これで呼んで振り返るのか」
「いーや?そんなん覚えるワケねぇだろうが。馬鹿じゃねえの」

何でそんな無意味に喧嘩売るんですか?
イヤ別にいいけど。スモーカーは気にした風もない。
『ファイアブランド』は、名前談義にはもう飽きたみてぇだった。目を眇めて問う。

「そんで、なんであんたがこんなトコにいるわけ?」
「……」
「こんないいタイミングで、偶然とは言わねェよなぁ」

スモーカーは軽く唇を曲げたような気がした。
え?それって笑顔?違うよね脅す顔だよね。

「……タレコミがあってな。この辺りを警戒しとけと」
「誰から?」
「勿論、『善良な一般市民』からだ。──匿名希望の、な」
「……あ、そ」

ぞく、と、なんだかイヤな予感がした。
つーか、ええと、正しくは経験則って言うんだっけ?こういうシチュエーションで、前は──

「っ!!」

俺は自分でもスバラシイんじゃないかと思える瞬発力で、『ファイアブランド』の手の届く範囲から逃れた。
指先が俺の服をかすめ、ちっという舌打ちが聞こえる。

「……残念」

スモーカーは僅かに腕を動かしたが、『ファイアブランド』がそれ以上動かないのを見て、発砲をやめたみてぇだった。
まさか、犯罪者といえども問答無用で撃ち殺す権限は警察にはない訳で、その辺は前と違って一安心だった。イヤ、やっぱりLoveもPeaceも存在しねェことには変わりねェんだけどな!

俺はそろそろと、スモーカー(比較的安全圏?)の方に近寄ろうと足を踏み出して、

「止めとけよ、サンジ」

え?

「聞いただろ、そのオッサンは偶然そこを『通りがかった』ワケじゃねえんだ」

そりゃそうだけど。そうだろうけど。
それが?

疑問が顔に浮いてたんだろう、『ファイアブランド』は、仕方ねえなって顔で苦笑して、俺をまっすぐ見た。
スモーカーは何故か黙って銃を構えたまま、こっちに向かって歩き出した。

俺は一歩下がった。どうしてって言われても、そりゃ自然に。
『ファイアブランド』の声が頭の中に響く。

「お前が俺に脅されてる間も、痛めつけられてる間も、そうだよ、殺される寸前の、ぎりぎりまで、野郎は冷静に情報収集してた」
「…………」
「その上で判断して──『お前を殺されちゃ困る』んだ。何故って?」

『ファイアブランド』の言葉を聴きながら、俺は操られるようにスモーカーの目を見据えた。
全っ然、ひとっかけらの動揺もなかった。
それって、悪びれるところがねえから?

それとも──開き直ってるから?

「そりゃ消されたくねえよなぁ──『アルマニャック』を攻撃する格好の切り札だ。『コレ』の頭を調べて、実験の事が証明出来りゃ、上だってアンタを押し止めちゃいられなくなるもんな?」

俺は無意識のうちに、殆ど小走りでスモーカーから距離を取ってたらしかった。
『ファイアブランド』の背中が見える。その向こうに──冷徹な、無表情。

俺はスモーカーに何か言って欲しかった。その願いは一瞬後に叶った。

「逃げるな。お前を保護してやる」

その後を引き継いで、『ファイアブランド』が言った。

「逃げろ。今拘束されたら──」

多分笑いながら、『ファイアブランド』は背中で言った。

「お前はこの世界から切り離される。自分が何者か、一生わからない」

なんて二択だ。何処まで俺を追い詰めりゃ気が済むんだかね、全くよ。
命か自我か?そんな重大な選択、たった一瞬で決められるワケが──

だっ

「っ待て!!」

ある。

反射レベルで俺は決断した。迷いはゼロ。むしろマイナス。
そりゃ俺は俺の命は大事だよ。一般的小市民にふさわしく、保身とか結構いい響きだと思う。後は専門家に任せて熱いシャワーでも浴びてコーヒー飲んで今日のニュース聞いて寝てこのことは人生のメモリアルワースト5とかにランクインさせて安心して眠りたい。
でも俺は走った。スモーカーに背を向けて、迷いなくダッシュしてる。
俺が走ったのはいつも、この世界から逃れる為だった。
今は違う。

別に痛ェ思いをしたいからじゃねぇぞ?どんなMだよ
覚悟はもうしてたんだ。『俺』が俺を助けてくれる。なら俺は。
あの約束をした『俺』の為になら、俺はきっと俺の安全なんか捨てられるんだろう。

だって胸がこんなに痛むんだ。
忘れちゃならねぇものを俺は忘れてる。それが悲鳴を上げてる。俺に助けを求めてる!

決断するにゃ、十分すぎる理由だろ?

「逃げるな!わからねえのか、冷静になれ!」

スモーカーの声が耳を素通りする。
冷静になれ?そういや誰かが言ってた、ソイツが落ち着こうと思ったら頭の中で円周率数えるんだって。見習ってみようか?
およそ3。
悪ィね、俺がもっとお利口サンだったら、この足は止まったかも知れねぇのに。

鋭い舌打ちの音。

ぱぁん!!

聞き慣れた銃声が、壁を砕いた。破片が俺の顔を掠める。僅かに足取りが鈍る。
威嚇射撃だ。

はは、スモーカー、アンタやっぱり悪ィ奴じゃねェよな。
こういう時、コーザや『ファイアブランド』なら、迷わず足でも撃つんだろ。

「……っ!」

俺は角を曲がった。

悪ィなスモーカー。
俺は、『善良な一般市民』の義務を怠ってる。怒鳴ってくれていい。
完璧に自分勝手な我侭だ。

でも、でも、きっとコレだけは、俺が譲っちゃいけねェトコなんだと思う。
俺が諦めちまったら、何かがきっと終わりなんだと思う。


俺は別に命を粗末にしてる訳じゃねェよ、な。
俺は生きる為に走ってるんだ。

逃げ出すんじゃなく、向かう為に走ってるんだ。






GO!