GO or STAY!







「は…ははは、は」

クソくだらねぇ。

誰か夢だと言ってくれ、てヤツだな。Oh my Godと言い換えてもイイ。陳腐だが。
ここで颯爽と現れて、俺をこのクソくだらねぇ現実から救った挙句上手いオチをつけてくれるヤツがいたら、ソイツはマジHEROだ。俺は一生分感謝して、もしかしたらハグとキスまでサービスしちまうかもしれねぇ。

体の力が全て抜けて、俺はベッドの上にかぶさったシーツみてぇだ。レディが上で寝るんなら甘んじてその境遇を受け入れるんだが。ていうか大喜びで勤めるんだが。
なんて事だ、まったく何て事だよ。

まあ、怒ってもいい場面なんじゃねぇかとも思うけど(誰に?神様か)、そんな元気もねェわなァ。
精神的ダメージはカウンターストップの9999。RPGで言ったら問題なく一撃死だ。
けど、あっさりコンティニューやリセットを選べねェのが素敵に残酷だよねリアルワールド。

「へへ」

笑ってる筈なんだがどうにも嗚咽みてぇに聞こえるんで、潔く口を閉ざす。

俺は、こんな事くらいでへこたれる程自分が弱くないと信じたいね。
だって、ホラ、あれだ。今までみたいになんもわからないまんまよりかは、ちょっとは状況把握ができてるって分シアワセだろ?
ちょっと、自分の頭がおかしいだけだ。風邪とか骨折と一緒だ。
そう思えばいいんだ。
無理だ。

「……ざけんな」

どうすりゃ、いんだよ。

声を出さずに呟く。
どんなどんなフィクションにだってこんな役での出演は真っ平ごめんだが、それが自分の人生と来た日には、世を儚みたくなっても無理はネェだろ。
そんな鬱ーなムードに侵された部屋の空気をさくっと切り裂いて、呼び掛けが飛んだ。

「……オイ、キチガイ」

オーイ誰かこの男にデリカシーまたは気遣いという概念の存在を教えてやってくれ。
そしたらあれだ、軍手とかあがめたてまつる宗教に入信してもいいわ俺。張り切って活動するわ。

「……んだよ」
「納得したなら急げ。まずは整形からだ」
即死しろ

それが今一番俺の精神を楽にしてくれるに違いない。
軍手様の呪い力を思い知れ。

「我侭言うんじゃねェ」
「黙れ死ねていうか野垂れ死ね一瞬で野垂れ死ねクソ野郎」

つか俺はヒトカケラも納得してねぇっつーのボケ。
わかってねぇようだから(心の中で)言うけどな、今俺スゲェシリアスな訳よ擬音で言ったらこの部屋一面「ガーン」一色な訳よ、だからテメェみてぇな属性ボケが同じコマに出る幕じゃねェんでつまりテメェはそこに存在してちゃいけねェんだ魔法のように消えろこの野郎。

俺は、考えなきゃならねぇ事がある。

まずは、そうだな、大前提だ。
例えば記憶喪失になっちゃったキャラが必ずはじめに言う言葉。
俺は記憶喪失ってワケじゃねぇけど、いろいろあやふやな点が多すぎる。多分。そんな感じだろ?

ココはどこ?ワタシはだれ?ってヤツだ。

自分の前髪を一房すくってまじまじと眺めてみる。ちょい痛んだ金髪。そりゃトリートメントも出来ませんよこんな生活じゃ。
別に違和感は、ない。こりゃ地毛だ。や、確認しなくてもわかってんだけどな。いやいや、でもやっぱわかってねぇかもしれねぇんだもんな。

スゲェ心元ねェわ。だって自分の脳みそ信じらんねェんじゃなァ。だって、こうやって考えてることも、実は歪んだり転がったりどっかいっちまったり、書き直されたりわやくちゃになったりするって事なんだろ?んだそれ、現状把握の意味ねェじゃん。
そりゃあ、俺に何にも説明してくれねぇ訳だよな、皆。

……あ、やる気が一気に失せたぞ今。

考えるのが面倒くさい(つか頭痛がする)問題だ。
あっさりとショートカットするのが一番。
ちらりと視線を投げて、仏頂面に問いかける。テメェ、それって顔面の筋肉痛くならねぇの。

「オイ、俺は……誰だ?」
「知らねぇ」
蒸発しろ

駄目だ。やっぱり他人が頼りになるほど人生ってヤツは甘くねぇんだ。

「俺は……『サンジ』だよなァ」
「さあな」

別にテメェの返事は求めてねぇぞ。
まあ、良いけど。

「んじゃ誰だっつーんだよ」
「知らねェ」

あまりに早く切り返された答えに、思わず首を動かしてロロノアと目線を合わせる。

「俺は、知らねェよ」

お前の事なんか。

まなざしが台詞を補完する。
……目は口ほどにものを言うってな、ホントだな。ああ、そーいうコトですかァ。

あーあー、わかったよ。つまりテメェは、『俺』が嫌いなんだな?
嫌いで、出来る事ならこんな無様で鬱陶しい野郎のツラなんかみたくねェんだ?そりゃ共感できる。
まあ、良いよ、俺もテメェの事が嫌いだかんな。フィフティだ。

もう知らん。サイボーグはそこで錆びてしまえ。
俺は自分で考える。この、イカれてる(らしい)頭でな。それだってテメェよりは常識備えてるつもりだよ。イヤ全然自慢にならねぇけどな。例えていうならミジンコとする背比べだモンな。
思考の世界に潜る準備をして、深呼吸。さて。

今俺が想定してる、この俺にスゲェ厳しい舞台装置の仕組みを、肉付けして行こうと思う。
ゆっくりと。そして正確に。

かの名探偵はなんと言ったか?
有り得ない可能性をすべて排除していけば、後に残るものが真実、だったか。

Consider.

順番に考えろ。
そうだな。ええと……

……思い出せる限り、至極平凡真っ当に流れていた筈の俺の人生が狂いだしたのは、アレだ。
あの爆発。いきなりスラップスティックコメディ部屋爆発だな。他人事ならマジ笑うんだけどな。

原因の心当たりは俺にゃ全くねェ。爆発物とか置いてねぇし(まあ正確に言えば、俺は、『置いてないと認識してる』し)下のパン屋のガス工事が失敗したって言ったらそれもアリなんだけど、まあ……普通に考えりゃ、その後俺を追っかけてきた黒服どもの仕業だろ。ココだな、まずは。
何故奴らは部屋を爆発させたのか。

1、俺を消したかった。
2、俺の部屋に何か消したいものがあった。
3、その両方。
4、気分。

……まあ、4は消すか。1~3は取りあえず保留にしておこう。
でも、黒服が俺を殺そうとしてたのは確かだから、1か3だろな……爆死って結構壮絶じゃねぇ?イヤ、してねぇけどさ。

さて、ココからは一層複雑かつ深刻に考えなきゃならねェ。
俺が、命を狙われる理由は何だ?

少なくとも、俺にはやっぱりそんな心当たりは全くねェ。
さらには、命を狙われた挙句になんか実験とかされそうになったのもちょっと腑におちねェ。
ここで登場してくるのがやっぱり、例の、『俺と同じ顔で、同じ名前の男』だ。スモーカー(えーと、市警だから一応信用しとこう)が言うには、『Silencer』。

キーワード、と頭の中で下線を引いてみる。
Silencer。コレでよし。

多分、黒服(つまりパスティスだな?ナミさんは問答無用で信用しとこう)が殺したいのは、ソイツなんだ。

またココで問題。
俺は、当たり前だけどそれが人違いだと主張し続けてきた。つか、今もそんな気持ちで一杯。溢れんばかりだっての。
だって、俺は平凡なる一般市民だからなァ。裏家業とは全く関係ねェ。そんな記憶はカケラもねェ。
胸を張って言える。
だから彼女の……あの台詞がなけりゃ、俺は今でも自分自身を信じたまんまだったろうな。

アナタ、一体誰デスカ?

あちゃー。コレ駄目だよね。マジキツいよね。泣いちゃうよね。
この一言で、俺は自分の存在を疑わなきゃならなくなった。

だってオカシイだろ?
……俺はマキノさんを知ってる。なんてったって、雇って貰ってた。
なのに、マキノさんが俺を知らない。んな馬鹿な事があるか?

──論理的に考えれば、ここに矛盾がある。
つまり、

①俺はプース・カフェの従業員=マキノさんは俺を知ってる
②俺はマキノさんと知り合いじゃない=マキノさんは俺を知らない

この2通りしか現実には有り得ねェワケで。

じゃどっちだ?って話になる。
当たり前だが俺とマキノさんじゃマキノさんが正しい(断言)。
つまり、彼女が突如として記憶喪失に陥っていたというよくわからん場合を除いて、俺の記憶の方が間違ってる。

それを裏付ける証拠がいくつか……まあ結構、あるなァ。
俺の記憶と、実際の世界が違っている点だ。まあちょっと並べてみると、

・家の表札・・・『Sanji』(俺の記憶)→『Oliver.Tomus』(現実
・駄菓子屋の婆さん・・・『一ヶ月前に挨拶』→『半年前にお陀仏』
・スモーカーの指摘・・・『勉強した事もない最下層』→『すらすらと字が読める』

他にもたくさんあるだろうケドこんな感じか?
まあ、総合して考えると俺の記憶があやふや(つーか間違いだらけ)ってのは厳然たる事実だ。
それを踏まえて、すごく収まりの良い仮説がある。

狙い済ましたようにやってくる頭痛と、俺じゃないみたいな俺の行動。響く声。
つまり、結論としては──

「……」

考えをまとめると、俺は腹筋を使って起き上がった。ずきりと傷に響く。
わからねぇ事は多々あるんだけどなァ。

煮詰まるのには飽き飽きだ、そうだろう?
俺は、俺をちょっとばかし追い詰めてみる事にした。もうマゾの域だと思うぜ、自分でも。

「なあ……オイ、ハゲ」
「誰の事だ」

辛抱強くそこで壁と同化しててくれたのか、ありがとうよベイビー。
お兄さん、確かめなきゃならねぇ事があるんだ。
ちょっと忌憚のない意見が聞きたいなー。

「俺ン事、スキ?」
「嫌いだ」

ああ良かった。

「じゃ、問題ねェよなァ」

なァ、悪ぶってるけど非情にゃなりきれねェ不良クン?
そこを曲げて、ちょっとしたオネガイがあるんだ。

「自由になりたい」
「…………」
「『俺』を見捨てろ」

ロロノアは、深いため息をついた。何ソレ、似合ねェの。

「……状況をわかった上での台詞か?」
「Yes,sir. 俺は高確率で死ぬ」
「絶望したか」
「……まあ、それなりに」

コレは嘘。
俺はやっぱり、まだ死にたくなんかねェ。
ただなァ、この状況。コレって死んでるのとどう違うんだ?わかり易い言葉でも多分納得出来ねェよ。

このまま姿も名前も変えて別の国へ行って、そしてどうなる?俺は生き返らねェ。
俺は誰かという基本問題に白黒つけなきゃ、生涯キチガイだ。
それって随分な苦痛だと思うんだがどうだろう?テメェなら耐えられるのか?

テメェは俺の心臓さえ動かしときゃ約束が守れてご機嫌なのかもしれねェけどよ、俺は随分と面白くねェ。

なァ。想像してみてくれ。
誰かが──誰かが、自分の大切な誰かが、気付かないうちに何処かで失われるってコトを。
テメェの肉親が、友人が、恋人が!悩み苦しんでいるすぐ脇を、世間話しながらすり抜けて気付かないとしたら。

想像出来ないか?有り得ないから?けどな。
俺は、随分と大事なものを失ってるんだ。それは確かなんだよ。

誰かの声リフレインする。
それは、を求めてる。
腹を空かせてる!
叫んでんだ!




『ああ、約束だ』




痛ェ。
痛ェんだよ。

胸が抉られる。

例えば……例えば!!
マキノさんのコトを俺が忘れて!失って?
彼女が危険でも、死にかけても、もしかしていなくなっちまっても!ソレに何のダメージも痛みも受けないで、何処かで笑っていられるとしたら。
あの時、マキノさんの為に銃口に向かっていけなかったとしたら!そしてのうのうと呼吸をしていたら!!

そして俺が今そういうことをしてるんだとしたら。

それ程哀れな男には、絶対になりたくない。
わかったか?口に出して言うのは面倒臭ェから、省略しとくけどよ。

深呼吸を、ひとつ。
怖ェ。でも、やらなきゃならねェ。

「俺は、逃げねェコトにした」
「……」
「だから、テメェの案には乗れねェ。自分を捨てられねェ」
「……好きにしろ」

長く待つ必要は無かった。
ロロノアは、全くの無表情で言った。
苛立ちも呆れも無い。何か、すっぱりと断ち切られたんだろう、ヤツの中で。
守るべき鬱陶しいお荷物ではなく、その辺のアスファルトの上を這いずる蟻ンコその1098番、って位置付けだなァ。

だがその方がまだマシだ。今、確かに『俺』を見てるって事だろ?
後ろに居る誰かじゃなくて、この惨めったらしい男をさ。

「──確かに、義理は果たしたようだ」

その目。コーザなんかより余程怖い。
愛情の反対語は憎悪でなく無関心だって、誰が言った言葉だったっけ。

今なら頷ける。確かにテメェ、『冷血』だ。サイボーグなんて可愛いモンじゃねェ。
ロロノアは、拍子抜けするほどあっさりと、身を翻して部屋を出て行った。
一度視線をはずした後は、もう二度と俺を見ずに。

がちゃん。
軽い音を立てて、扉が閉まる。

望んだ結果だ。俺が。
そうだろう?
今更、後悔なんてしねェ。
不安がって怯えるのは良い。仕方ねェだろ俺蟻ンコなんだから。何を期待してる?不思議な力とか根性とか宇宙の神秘的パワーなんて、どこからも沸いて来ねェよ。
思う存分震えて、それから歩き出せよ。歩き出しながらまだ震えてたって許す。小市民にしちゃ上出来だよ。

今更傷ついてもいねェ筈だ。
生身の『俺』だけだったら、きっと誰にも見向きもされねェなんてコトはわかってたんだ。
むしろ願ったりだろ?自由になりたかったんだろ?そうだよ。内心頼ってた──なんてコトは、ねェ。

あんまりにあっさりとヤツが出て行った扉をぼんやりと眺める。
その向こうにはもう、誰も居ない。

ロロノアは、俺のボディガードを降りた。俺は多分、その理由を知ってる。
こんな無様な野郎を見ていたくねェんだ。
わかるよ。その気持ちは。

俺にだって覚えがある。どうしたって好きになれねェんだ、仕方ないと思っても。
俺が、MOVIEを眺めて、主人公の足を引っ張るへっぴり腰の脇役に投げつける罵倒と同じ。

絶対に違う世界から、こちらを見下す視線。フィクションに対する視線。


わかってる。テメェからすりゃ、俺は有り得ない、ってコトはよ。
俺だって頑張ってるんだが、そりゃ言い訳にもならねェよな。
見ていたくねェよな。

──確かに、俺は、弱すぎる。





ひざに気合を入れて、ベッドから立ち上がる。
俺を守るものはもう何も無い。俺が、守らなきゃいけないものがあるだけだ。

「Don't mimd. ......Take it easy」

そう信じなきゃ、一歩も動けねェからさ。