GO or STAY!







目を開いた瞬間、突き付けられたのは土星語だった。まあ、俺が判断するに多分土星ではこんなカンジの言語が使われている。
いつまでたってもこんな展開、もしかして俺はもう目覚めねェ方が幸せなのか?

「お前、顔変えろ」

顔よりも先にどうしても目が行っちまう緑の頭──災害サイボーグ・ロロロア・ロロ。いつの間に俺の人生に再侵入してきやがったこの野郎。アラーム何処だアラーム、つか緊急脱出用スイッチ(人生用)は何処なんだコラ。神様にまで縋りたくなる現実って相当キてるよなァ。
目の前の物体は幻だと思うことにして目を閉じる。グッバイ悪夢。ハロー現実。さあ目を開け。

「髪も染めろよ」

煩ェ煩ェ煩ェウゼェお願いだから色々とすっ飛ばして消えてくれ、というか粉々になれ。絶対に聞き入れられる事のない願いは口に出さず、諦めて上半身を起こし、現状を把握する。うわー、なんて理性的な対応。凄くね?コレ凄くね?俺偉くね?
俺が居るのは、あの胸糞悪い箱じゃなく、下の上くらいのホテルだった。ベッド横たわり、体の下には少なくとも三日前には替えただろうシーツ。

「あと、エスペラント語話せるようになれ」

耐えろ俺。ホラアレだ、九九を数えるんだこういう時は。息を吸って、吐いて、落ち着け、短気は損気なんだからな。隣の隣の隣の婆ちゃんが確か言ってた。凄い信憑性だ。
2×2が4、2×3が6、2×4が8。2×5は10。

「それくらい出来れば何とかなんだろ。あ、向こうはまだ伝染病とかあるかも知れねぇから落ち着いたら予防接種しとけよ。今は時間ねぇけどよ」

3×9=27、4×1=4、4×2が……8?

「わかったな。じゃ、行くぞ」

4×3が32。

よしわかった。
取り合えず俺は目の届く範囲にある鈍器を探し始めた。コレだな、ネジが緩んで取れかかってる金属製のベッドヘッド。悪ィな、ネジが緩むどころか弾けて別世界まで飛んじまってるお仲間をリサイクルするために役立ってくれ。多分、おそらく、土にはなる筈だから大丈夫だ。生態系の最下層からやり直すのが、きっとコレにとっても皆にとっても一番良い解決なんだ。Exactly. 何処からか神の声が聞こえる。

「死ね」

あ、思わず本音が出た。
振り上げた拳は空を切り、走った痛みに体がよろけるが構わずひじを振り回す。当たっとけよ、取り合えず。そしたらもう一言くらいは聞いてやろうとか思ってんだからよ。なんて優しさだ俺、なんだか涙まで出てきそうだよ。たーんたーらららーらたーんたーらららーらたーんたーらららーららー♪ピッチャー第一球投げました!大きく振りかぶってえ。

「……落ちつけ」

ヤ、ホント無理

足元に衝撃。無造作に足の裏が地面から離れ、背中からベッドに墜落。畜生、スプリングも死んでる背中が痛ェ。
あきらめたフリして一瞬力を抜き、直後腕だけ振り回して金属板を投げる。あっさりとかわされる。なんだこの基本スペック(体力面)の差は。知能面にもっと力入れろよ。
それから鬼畜非道ボケ緑は、何の前振りもなく。

ぱァん!!!

俺を。
この俺を。
殴りやがった。
はっはーん。

「…………」
「…………」

What?

「て、て、テメエエエエエエエエエ!!!!」
「煩ェ」
「何さらしてくれてんじゃコルァ!?生態系としては地中の微生物以下(になる予定)の海藻怪物ミドリンが、ここここォのォ俺様に手ェ上げやがったか!?その辺の木の切り株より荒い造作の腕してる癖して、この俺の、俺の、繊細かつ繊細かつ繊細な頬をもっと繊細な心とともにはたきやがったのか!?しかも平手ってなんだコラ手加減かオイ手加減のつもりかそうなのか!?一丁前にそんなキヅカイとかしちまったって言うのかこの単細胞生物がうあああああああああなんだかもうテメェのことを許せそうにねェぞ俺ァ今の行為は俺判決で言ったら死刑+死形+死刑の三連コンボだオイナイフ貸せナイフ、そんで目ェ瞑って動かないで立ってろ、10秒くらいで良いからじっとしてろ、ハイハイ怖くないからねー俺の受けた屈辱に比べれば一瞬の苦痛がナンボのモンじゃクラァ!俺はもうテメェなんざ怖くねェぞクソ野郎ボケカス腐ったピクルス!俺ァもう見抜いてんだよテメェは言葉が足りねぇんだよボディガードってんならもうちょっと俺とのコミュニケーション計れよなんなんだよ今時口下手シャイボーイとかマジムカつくんだよ殺すぞテメェは外見凶悪凶暴冷酷無比なんだっつーの10歳以下のガキなら10メートル先から気配を察知して家に逃げ帰るっつーのそれなのに言葉とか省略してどうすんのもう、テメェの相手出来んのムツゴロウさんくらいしかいねぇじゃん何ソレ仮にも俺の半径5メートル以内に存在するっつーんならもっと人間社会に適応しろよだから誤解されんだよ、そんなんどうでも良いなんつったら張ったおすぞ何格好つけてんの?馬鹿じゃねぇの!?自分のためじゃなくて回りのために必要なんだよそういう必要不可欠最低限のことはよ、テメェ赤ん坊じゃねぇんだからコミュニケーションツールが暴力と視線だけとか最低最悪、映画のHEROだってそんなの今時流行らねぇよクソボケ迷惑するのは俺なんだよ!アレか?アレなのか?テメェの脳みそはアレなのか?わかってるよンな事ァ、アレな頭で必死こいてんのは知ってんだよ俺のためにしてくれてんだって事はいくら俺だってもうわかってるんだよこの暴力もあの暴力も、全部全部そうなんだよなソレしかテメェにゃ出来ねェんだよな背中を撫でるとか簡単な説明を嘘でもいいからつけるとか、そんなの無理だからこうなっちゃってるんだよな嗚呼クソわかりたくもねェのに何でわかっちゃってるんだクソ理不尽だボケ!絶対ェわかりたくなかったよテメェみたいなクソ野郎の事なんてよ!俺の脳内メモリーは世界中のレディのためにしか空き容量残してねェんだよそれなのに何なの?なんなのテメェは、なんで俺の為にそこまでするんだよ俺はテメェのことなんざ嫌いなんだよそれなのにそれなのにそれなのにテメェが俺の為に苦労とかしてんの鬱陶しいんだよ!テメェがアレな頭で考えて吐いてる言葉が結局俺の為なんだって事ももうそろそろわかりかけてきたよムカつく事に代わりはねェけどよ!でもテメェはそれで良くたって俺ァそれじゃあ良くねェんだよバーカカーバ、もう一度言うが俺はテメェなんざもう怖くねェんだからな、テメェなんざ何したら良いかわかってねェ迷子と同レベルだ同レベル、このカーナビのついてねェ四トントラック野郎!誰かに頼まれたからなんつって誤魔化したら今度こそ俺は憤りで死ねんぞコラ!脅しじゃねぇぞ脳みその血管100本切って死ねる自信がある!!テメェがソレで不都合だってんなら今だオラ、 はいつくばって100万回俺に謝ってから自分の思ってる事全部吐き出しやがれ!

荒い息切れの音。微動だにしないマリモ。いや、出来ないのか。俺の言葉を理解できないのか?というか土星語じゃないと通じなかったり?今までの3分間の俺の努力が全部無に帰する恐ろしい結論
あー、頭が痛ェ。間違いなく酸欠だコレは。何だよもう、俺、お人好しにも程があるんじゃねえの、何でこんな怪生物の為に貴重な地球の資源を浪費しちゃってんの、この緑、緑の癖に光合成も出来ないんじゃ生かしておく意味全くねェのによ。非合理的で非生産的だよ、なにやっちゃってんだ俺。

「……なんとか言えよ」

見上げた先は、いつもの仏頂面だった。コイツ慌てる事とかあんのかね。視線を合わせる。
どく。心臓がひとつはねた。

サイボーグだなんだって言ってたけど、つかそうなんだけど、俺は、ロロノアの目が人形みてぇだと思った事はなかった。確か、そうだ。だってこんなんだったらホント、絶対覚えてる。こんな──じっと見下ろす目つきのその目の玉は、今はガラス球みたいに見えた。背中が、す、っと冷える。何だ。何だよ、何の文句があって。

「──みっともねェ」

今、なんつった?

「ぐだぐだとくだらねェ事喚いてる暇はねェんだ」
「くだらねえ、だと」

繰り返す。
くだらねぇ?くだらねぇ、って、くだらねぇって事だよなァ。
その言葉は──ホントに、テメェが言ったのか?たった今、その口で?

くだらねぇ、って言ったのか。

「そんなに知りてぇなら教えてやるよ。別に大した事じゃねェ」
「──」
「聞いたら納得して大人しく言う通りにするんだな。先にひとつだけ言っておくが、俺は」

テメェがなんだって?

「お前の事なんか実はどうでも良いんだ」

へえ。──へえ?
テメェ、そんな顔して、そんな事言えるキャラだったんだ?
ずきずきと、心臓と後頭部が痛む。怪我のせいだ、全部。
絶対絶対絶対絶対、落胆なんざしてやらねぇぞ。こんな物体に、そんな価値はねェよ。
何もわかっちゃいねぇ。俺だってそうだけど、コイツは相当だ。

「頼まれたんだと言っただろうが。そいつに借りがあったと。只、それだけだ」
「て、めぇは──」

只、って。テメェ今、自分で言ったんだぞ?

「たった、それだけの為に、か。太ももに穴ァ空けて?」

口の中が干からびる。舌に絡みつく苦い唾液。
多分、多分、俺は凄く不快になってる。詳しい原因究明は無期限で保留。

頼まれたから?へえ、ふうん、そうか。
じゃ良くある事の棚にしまっとこう、頼まれたらやらなきゃ行けませんよねぇ人間的に──?Fack you!

「それだけか、って訊いてんだ」

そうじゃ、ねぇだろう。絶対ェ違ェだろう?
俺は、その先が聞きてェんだ。
別に、テメェが俺をどう思ってようと、それこそ関係ねェよ。
そんな、軽蔑すら含まねェ視線にだって、だから俺ァ傷ついたりしねェんだ。

「そんなんで、あのおっかねぇコーザや、よくわからねェ組織と」
「──『パスティス』だ」
「なんで?」

俺が知りたいのは、ソコだ。何で?
頼まれたから?そうじゃねェだろ。借りがあったから?まだ足りねェよ。
テメェさ、もうちっと自分に素直になれ。だからそんな、不器用になっちまうんだよ。それを放っておけねぇって更なる馬鹿が現れるのを、テメェはずっと待ってるつもりなのか?

ずばりと核を突いてみる。

「テメェ、ソイツの事、好きだったのか?」

一瞬の遅滞もなく返ってきた返事。

「いや、全然」

駄目だコイツ、言葉が通じねェ。つかそれともアレか?やっぱり普通人とは次元が違うくらい捻りの入った思考回路なのか?じゃあなんでテメェはそんなに頑張っちゃってんのって話なんだよ今してんのはよ。テメェは財布届けて貰ったらソイツの為に命懸けんのかよ。

言いたいことはありすぎるほどある。もうどうしたらいいんだこのポンコツ。ありすぎて言えないのがレディへの想いだけじゃないなんて、この歳になってそんなクソくだらねぇ発見をしちまったよ俺はよ。
俺はたっぷり3秒かけてため息をつき、攻める方向を変えることにした。

「──じゃ、『ソイツ』って誰」
「……」
「死んだんだろ?死んだヤツが俺の事頼んだんだよな?」
「……」
「じゃあ俺に関係ある奴なんだろ。誰だよ」
「……」

ロロノアは黙りこんだ。
ホラ、なァ。そこがテメェの泣き所だよ、ロロノア。
多分、多分。これは全くの俺の勘だけど、ロロノアは答えられないんじゃねェ。単に、答えたくねェだけなんだ。ガキか。
調子に乗って攻め立てる。

「言えよ。大した事じゃねェんだろ?」
「……」
「なんで黙ってんだよ。良いよ、誰の名前が出て来ても俺ァ驚きゃしねェよ」

物心ついたときに俺を路地裏に置いてけぼりにした父親とか。
俺が生まれたときに死んだ(らしい)母親の親類縁者とか?
まあ、想像の翼を広げりゃ、どんな展開だって別に。俺が古の時代の勇者の生まれ変わりだとか言われたらそりゃちょっとは驚くけど。つか蹴り飛ばすけど。

ロロノアはまだ黙っている。

「オイ」
「……改めてみると、どう言えば良いんだかわからねェ」

ロロノアは、グレたジュニアハイみてェな態度で言い放った。何だソレ。なんで心持ち胸張ってんのテメェ。
俺は、そろそろ宇宙と同じくらいにはなってんじゃねェのかという心の広さで、幼稚園児向けに質問を易しくすることにした。どんだけ手ェかかんだよコイツ。犬猫の方がまだ利口だぞ。ムツゴロウさんはマジで神なのか。

「じゃ、YESかNOで答えろよ」

返事は待たねェ。待ってちゃ何も出来ねェ。
俺は、このみょうちきりんな自称ボディーガードに俺の事をまかせちゃ駄目なんだ。理由はまあ──色々。

「ソイツは、俺と血が繋がってるか?」
「……YES」

大分考えた後頷いたってのは、随分と遠い繋がりらしい。まあ、血縁なんて全然知らねェんだし、当然か。
しかしまあ、今になって親戚とか言ってもなァ。あ、死んでんのか。

「ソイツは、俺の知り合い?」
「NO」

まあ、そうだろな。手順として一応訊いてみただけだ。
ココからが本題。何故、ソイツはこんな物騒な野郎に俺の事を頼んだのか。俺の人生を何度回想しても、こんな事態に陥るフラグなんかひとつも出て来ねェ。どんな落とし穴だよそりゃあ。
つまり──つまり?

「……ソイツは、俺が今追われてる事の原因?」
「──YES」

ぐ、と肩に力が入りかけたのを、意識して抑える。
考え所だぞ、俺。ソイツに対する不満とか不満とか不満とか不満とか罵倒とかは一時処分しろ。絶対ェ忘れないで後でこの緑カビにぶつけりゃいいんだからよ。冷静さは、いつだって重要な要素だ。Be cool. 頭のイカれたハゲオヤジに因縁つけられて仕事クビになった時だって、二股かけられて彼女に切り捨てられた時だって、俺はそう唱えてきた。そして、それでなんとかなった。そう、問題は、混乱してちゃ片付かない。現実を、見ろ。その先を、見ろ。

つまり、ソイツは……ソイツは?
何かが警告音を発している。俺のこの境遇の根源、俺の不幸と不運の出発点、けれど俺はそれを知らない?何故だ?
今まで、俺の人生が変わってからの今まで、ロロノアと出会ってからの今まで、俺が思った不自然さは何だ。

俺には関係ないことなのに、皆が俺を責める。
俺には関係ないはずなのに、俺の後ろに誰かが居る。

ずぎん、と頭が割れた。ように思った。

駄目だ。負けるな。俺。俺。俺は──

考えろ。
痛みに邪魔されるな。
思い出せ。違和感を。

「ソイツは……ソイツ、は」

『本当に素人なんだな』
コレは……コーザの台詞。当たり前じゃねェか、なんでそんな事訊くんだ?……俺を、なんだと思ってた?
『──俺の銃を使っただろ』
……ソレにどうして、マリモはあんな反応をしたんだ?別に、良いじゃねェか。トリガー引きゃ、誰でも撃てる。
『へぇ!でもデニスはもう走らないんだよ。去年のレースで転倒して、お馬が死んじゃったんだもの』
その時俺はどうした?落胆して記憶が飛ぶ程酒でも飲んだか?そのレースを俺は見たか?
『俺は……俺は、ですね、どうも人違いをされてるのではないかと、先程から思ってるワケで』
コレ、何処で聞いた台詞だ?誰が言った?葉巻、白い煙、薄暗い部屋──えーと、何処だ?
『お前の手を折るってのに、どうして反抗しねぇんだ?』
反抗?俺には許されてた?何故?弱いんだぞ?手に何の関係がある?
『ああ、約束だ』
……?意味がわからない。

同じ顔。
同じ──名前?

そうだ。
取調室。
立ち入り禁止。
表札。
Oliver.Tomus
スモーカー。
──お前は誰だ?

ドア。
ノックの音。
近づいてくる足音。
──お前は誰だ?

ノイズ。
痛み。

……誤魔化されるな!!!

問題はソコじゃねェ。
乾ききった唇を舐めても、摩擦が酷くて痛い。
瞼の奥がスパークしている。恐ろしい。とても。何だよコレ。何だよこの世界。
胃の奥から空気を搾り出して、さあ。

「ソイツの名前は……」

誰だ?
皆が俺に問いかけていた。

「サ」
「『サイレンサー』だ。死んだのは」

やけにきっぱりとした声。
不自然丸出しだよ、ポンコツ君。

不器用だな、ロロノア・ゾロ。最初からそう言えば良かったのに。
俺に、考える時間なんざ与えちまって。この、地獄みてェな頭痛の中をな。
残念ながら、俺が聞きたかったのは、今聞きたいのはソレじゃねェんだ。テメェの優しさだか気遣いだか逃避だか知らねェがクソくだらねェモンは、この痛みを止めんのに何の役にも立たねェ。

俺の名前とソイツの名前は同じだ。
俺の顔とソイツの顔は同じだ。
そして俺は、ソイツを知らない。

生き別れの双子の兄貴?
うん、そうだろうな。
偶然に偶然に偶然が重なった結果?
ああ、そうだろうよ。

俺が。この言葉を思い出さなければ。


『……貴方、誰ですか?』


──マキノさんは俺を知らないと言った。
俺が世界で一番信用している人。
俺、よりもだ。

全ての存在根拠を揺るがすに足る一言だよ。
流石、俺の人生の中で一番素敵なレディ。

見ない振りで誤魔化してきた。
けれどもう、みっともねェ真似は御仕舞いだ。

あー、滅茶苦茶格好悪ィな。俺。

掠れた声で、さあ。
問いかけろ。










「──俺は、頭がおかしいのか?」










瞳の色が少し薄くなって。
随分と長い間の後。

「……ああ(YES)

目の前の男は、確かにそう言った。







GO!