GO or STAY!






アンタ、その髪の色人として有り得ねェんだけど。

ぶっちゃけ、普通の時に普通の状態だったらそんなことを思った筈だ。
けど、響いた銃声に体中が麻痺して、多分それどころじゃねェ。
男の銃は、映画でも滅多にお目にかかれねェくらいにトコトン凶悪な形してて、多分それで殴っても人を楽に殺せると思う。

「……」

つ、と生暖かい液体が頬を伝う。その感触がスゲェ気持ち悪ィ。
背筋が痺れて、肩が強張って、ソレも気持ち悪ィ。

今は──今は外れたから、良いよ。いや、良いワケねェんだけど当たるより良い。
でももし当たったら、本当に死ぬだろう。何処に当たっても多分、容赦なく死んじまうだろう。
それは、そんな銃だった。何故かすとんとそんなことを理解する。

危険なんて言葉じゃ片付けられなくて、そりゃソレは単なる道具なんだけども、なんか、ね。
それを握った手と、その先に繋がる体をひとまとめにして、それはスゲェ怖いもので、硬直しちまうのも無理はねェ。

えーと、コレ、バグ?

俺の頭どついたら直るかなァ。
だったら凄く神様とか電信柱とかに感謝してあげるんですけど、大分リアルだよね。
つか、凄く怖ェ。なんだコレ、凄く怖ェよ。ホント、に。

「……」

ぺたん、と、擦り切れたジーンズのデニム生地越しに、冷えたアスファルトの感覚。
全身緊張してるのに、勝手に力が抜けた。アレ?コレってアレ?腰が抜けるって奴ですか。うわスゲェ、この表現って比喩じゃなかったのか。

その眼が、静かに俺を見ている。

あ、あ、あ、あ、なんか言わなきゃダメだ、なんかってなんだよ、何、えーと、えーと、なんか言わなきゃ殺される、いや待って、待ってくれ、ちょっと俺に考える時間をくれ、いや考える時間だけじゃねぇんだけどさ欲しいのは、ちょ、ちょっと待った、えーと。

「アンタ、誰」

NO!!違う!!
誰だ今喋ったの!俺?

──確実に俺か。イヤイヤイヤイヤイヤイヤ、ちょっと待て。待てってかなり言ったけどもっと待て。
何言ってんだ俺!?せめて敬語使えって!殺されるから!冗談じゃねぇから!この男多分血とか涙とかねェから!!

「あ……俺!サンジ!」

イヤ違う!したいことはわかるけど違ェぞ俺!!
そういう軽い自己紹介から始まるフレンドリィな人間関係の構築スキルは今は確実に違ェ!
ていうか何歳だ俺。

「……………」
「……………そうか」

俺がなすすべなく硬直してる間に、はあ、と馬鹿デケェ溜息をついて、ソイツが銃を下ろす。
銃を、下ろす。
ぱちん、と切り替わった音が何処かから聞こえる。それだけで、辺りの気温が五度は上がった気がした。

ゴツい銃を無造作に腹巻(腹巻?)に突っ込み(イヤ腹巻?)、もう一度溜息(腹巻の事は忘れろ、無理だけど今は忘れろ)。
緑髪の男は、ダルそうに肩を落としてこう言った。

「ロロノア・ゾロだ」
「?」
「だから、ロロノア・ゾロだ」

あ、思ったより普通の人間っぽい声してねェ?

「──『ロロノアゾロ』って何」

何の呪文だよソレ。明らかに聞き覚えがねぇんだが。
純粋な俺の疑問に、返って来たのは呆れたような視線だった。

「……もういい」

あ、良いの?
拍子抜けして、指先から力が少し抜けた。

ラッキーっていうかトータルすりゃビビった分アンラッキーなんだけど、取り合えず命の保障がされた(らしい)のでもうそれだけで万々歳。イヤもうマジで死ぬと思った後じゃ、吸って吐く空気さえ物凄く価値のあるモンに思える。やっぱアレだな、「俺は敵じゃない!」って視線に力込めたのが効いたな、サバンナの掟だからな。
まあこんなトコで生命の重みを実感するイベントとか全く必要なかったんだけどな。

なんだったんだコイツ。局地的災害か?
俺も裏路地で銃ちらつかせられた事はあるけど、そりゃまあダウンタウンだし、珍しくもねェ。けど、何の脈絡もなくいきなり発砲ってそんなレベルじゃねぇだろ、何処の世界の挨拶だよ。アンタの存在より先に俺は命の危機を認識してたぞ。

「……じゃ、コレで」

くるり、と、非常な努力を払って普通に見えるようにして、男に背を向ける。
さあてバイトだバイト。普通になれ俺。マキノさんが待ってるぞ俺。冷静冷静平穏平穏一般市民一般市民。
OK、俺は大丈夫だ。

まあ、奇妙なことの多かった日だがコレも人生経験。震えてる指先を気取られないように、軽く握りこむ。
よし、あの角を曲がったらダッシュだ。

「待て」

もういいって言ったじゃねェか。

畜生なんだコイツ人の気分を上げたり下げたり下げたりめり込ませたりしやがって。
嬲られてるのかコレは?
俺は溜息を押さえ込み、一般人スキルその4、「人畜無害な微笑」で振り返る。

「ええーと……何か用、ナンデスカ?」

金は今ないんですイヤ言い訳とかじゃねェんだ本気でねェんだでも腹いせに殺したりしないでクダサイ俺にも一応人生ってモンがあるから。
隠し切れない怯えを感じ取ったのか、男は困ったように頭をガリガリと掻いて(そんな仕草はちょっと人間っぽいけど俺は騙されない)、ちょっと考えてから口を開いた。

「ボディーガードだ」
「はァ?」

論理的に物理的に人間的に、どれでもイイけどとにかくおかしい事を言われた、気がする。
ボディーガードって、ボディーをガードするんだよな?

「イヤ……さっき。アンタ。俺のコト撃ったよな確実に?」
「気にするな」

無理言うな。

ヤバい。コイツマジでヤバい。
破壊力抜群の上に多分思考回路に重大な欠陥がある人だ。火薬庫の中で火遊びとかしちゃう子っていうかむしろ滅茶苦茶ばっちりカンニングしてんのに「見てません」っていう子だ。イヤそれもちょっと違ェけど今はどうでもいい。
傍観者ならああ、可哀想な頭だな、で済ませちゃったりもするんだがバリバリ当事者(不本意)なこの状況、ええと、そうだな、俺は──

「っ!?」

俺は、まあ色々考える前に本能に従う事にした。
宿れ、野生のインパラの霊!主に俺の脚に。頭はいいから。

自分で言うのもなんだが、この時の俺の瞬発力は素晴らしいものだった筈だ。まさに火事場の馬鹿力。痛みすら忘れる。
呆気にとられたような男のツラが一瞬にして後頭部の方に回り、三メートル向こうには曲がり角。

自由と明日と安全(←コレ重要)へのDIVE!!

多分、その零コンマ三秒くらい後。

がぁあん!!!!!

「……!!」

砕かれた壁の破片が頬を擦る。ぴり、と薄い皮が切れる感触。
驚いた拍子に足がもつれる。
丁度遠心力が頂点に達したバッドタイミングで、しかしインパラの霊は結構根性あった。

「くっ」

ずき、と足首に鈍痛。
よろめいた体が前に傾倒、手を伸ばす、地に突いた手の平が擦りむける、肘を軽く曲げる、頭を下げる、体を丸める、足首に力を込める。衝撃を包み込む。
多分俺が俺を見てたら拍手喝采して文句ナシに10・00をつけてくれたろう、スタントマンもビックリなハイレベル回転。スゲェなインパラの霊。

回転した勢いで起き上がり、クラウチングに近い体勢で再びスタートダッシュ。
体のどこか、むしろ全体がぎしぎし悲鳴を上げてるような気がするが、きっぱりと無視。テメェらだって俺の息の根止まっちまったら道連れなんだからな!

五メートルほど先に、細い路地。
誰かにお礼を言いたい気分で、一目散に走りこむ。だって一直線だったら確実に捕捉されっだろ。
ずざざ、と片足で円を描きながら重心を下に、片手を軸にして感性を殺す。ついでにその手で地面の砂とか砂利とかを最大限握りこむ、何だこりゃ痛ェ、コレが一番酷ェ怪我なんじゃねェ?

「……!」

間髪入れずに眼に入った緑色に、思い切り良くぶち投げる。
普通は反射的に眼を庇う──筈なんだが。

「っ!?」

あっさりと。眼を閉じたまま前進する体。

どぼっ

「かはっ……!」

酷ェ。反則だコレ。何だよコレ。
いやな音を立てて腹に食い込んだ重い一撃に、視界が暗転した。

脳裏に浮かんだのはたった一言。
GAME OVER.

──ざけんな。






+++ +++ +++






夢、現。
夢うつつってのは、多分こんな状態のことだ。

頭がはっきりしているワケじゃねェし、でも停止してるワケでもねェ。
体は、動かそうとして動かねェ事はねェんだろうが、きっとそんな事は思いつきもしねェ。

温い痛みの感触が、体中を這い回る。
そして、言葉が只の音として耳を震わせ、その意味は失われる。
声ではなく、重要なのはその響き。それが俺を邪魔するかしないか、それだけ。

「──俺は」

生暖かい流れが全身を浸す。
今は何も考えなくていい。きっと、そういう事だ。

「……テメェを思う存分殴って大人しくさせたら」

この声は嫌いじゃねェな。
そして深く長い呼吸と、平穏な空気さえあれば、多分俺は今幸せなんだろう。
──幸せ、なんだろう……?

「さぞ爽快だと思ってた」

あ、もう何か、考えなくてもいいんじゃねェの。
このまま、もっと深く、意識を沈ませよう。

それは、苦痛のない世界だきっと。
誰も俺を見ない。誰も──俺の後ろに何かを見ないから。

「けどよ」

酷ェ声だ。
酷ェ音だ。
酷ェ──ノイズ。

「……なんでか、俺の方が痛ぇ」

ずきん。ずきん。ずきん。
コレは心臓の音じゃねェ。

頭痛がする?そうなのかもしれない。
多分、この痛みから、俺は逃げようとしている。

ゆらゆら、ゆらゆらと生温い空気の中を漂って。
このまま放って置いて貰えたら、俺はどうなるんだろう。

「──髪の色を変えて、顔も変えて、名前も変えて」

痛ェ。

「別大陸に放り出したら、テメェは、消えるか?」

痛ェよ。

「……」

何故、こんなに空しく響くんだろう。
この音は、俺をえぐる。

「……ぶっ殺してやりてぇな、このアホ面」


……俺を呼ぶのは、誰だ?






GO!