GO or STAY!








GO or STAY!






蛇に睨まれたカエルは不幸だけれども、俺だって負けないくらいの状況だと思う。全然張り合いたくねぇけど。
そっけない作りのスチールのデスクにどっかりと肩肘を突いて、スモーカーはぷかりと大きな輪を吐いた。

「ここでお前に与えられないのは以下の三つだ」
「ハイ」
「自由と、反抗と、黙秘権」
「ハイ?」

それって何処の法律?

思わず聞き返そうとしたんだが俺の本能がそれを押し留めた。
目がマジですよ冗談じゃナイみたいデスよ。不思議な妖精さんが現れて俺を争いのない国に連れてってくれるとかいう展開も却下らしいデスよ?

スモーカーの視線の圧力がじりじりと増していく。
コレ以上脅されてもなァ、俺ってさっきから反抗的な態度見せてる?ドナドナの子牛より従順な様子だと思うんだけども、人間外の基準からしちゃ足りねぇのかな。

「あの」
「何だ?」
「質問があるんですけど」
「……あるのは俺の方だ。まずはその気色悪い猫を取れ」

猫?
あっけに取られる俺を置いて、鋼鉄の機関車はどんどん暴走の様相を呈していく。
あのな、親切とかわかりやすさとか言う単語を装備してくれるともうちょっと皆が幸せになれると思うんだが、これって推敲する余地もない意見か?

薄暗い室内。小さな窓のブライドが降りてるのも手錠がかかったままなのも空が青いのもトマトが赤いのも俺を追い詰める策略の一環なんだろきっと。
スモーカーは簡潔に、でも答えようがない質問をしてきた。

「何を企んでる」
「イヤ、あの多分二人の間には重大な勘違いが、ていうか種族的溝が」
「この二年、何をしていた?」
「あると思うんだけどオイ、この野郎話聞いてねェな
「アイツはどうした、別行動か?──ロロノアは」

ロロノア?
ロロノア──ロ、じゃなくてゾロ?

一瞬で奴の憎たらしい仏頂面が脳内に構成される。畜生ちょっと忘れてたのになんて事をしてくれる、不愉快極まりねぇ。
大体何で俺があのクソ野郎とセットみたいな扱いされなきゃらならねェんだ?
死ぬほど役に立たなかったボディーガードの事なんて、今更どうでもイイ。つかなんで此処でそんな名前が出てくる?

ふう、と。
スモーカーの葉巻の煙が顔にかかる。
その臭いに突き上げてくるものは、吐き気と頭痛。

俺はドンっ、と机を手で叩いた。
うっかり怪我をしていたのを忘れてたので死ぬ程の痛みが脳天を突き上げるが、根性で表情を取り繕う。
スモーカーの台詞が途切れたのにわけもない爽快感。そうだ。
俺の話を聞けってんだよ。
関係ないところでベラベラベラベラ喋繰り倒すんじゃあ、ねぇ。

鼻を鳴らして白目の多い目を睨みつける。
自分の唇が薄く吊り上り、皮肉げな弧を描くのが、わかった。見えるわけがないのに、何故かとてもリアルに。
叩きつけた手の指が机の表面を駆るくなぞり、辿る。厭味な気障ったらしい仕草。

「Are you kidding? スモ──」

──其処までで、急に頭が冷えた。
違う。

どうしたってんだ、俺?
こういう時の対処法その一は、波風立てず逆らわず。
うまくやり過ごさなきゃ駄目ダロ?一般市民(まあ正確に言えば、市民じゃねぇけども)。
ぶるっと大きく身を震わせ、勝手な行動をした手を脳内で滅茶苦茶に叱りつつそろそろと膝の上に戻す。

俺はこっそりと視線を上げて、スモーカーの様子を伺った。

「……………」
「……ヤ、あの、なんつーかその、ええと……」

上手い言い訳が天啓のように閃く奇跡なんかそうそう起こる筈もなく、言葉は無常にも途切れる。
大人しく聞き入れてくださるととてもとても助かるのですが。つまり、なんていうか、俺が一番言いたいのはですね。俺の勘違いじゃなければ、なんですけど。
皆、何かズレてんじゃねぇ?ってコトなんです。

「あのですね、俺は……俺は、ですね、どうも人違いをされてるのではないかと、先程から思ってるワケで」
「人違い?」

スモーカーは馬鹿にしたようにぶはっと煙を吐き出した。
俺は必死になってその続きを遮った。ここが頑張り時なのは間違いねぇ、このままだと俺、どっかの誰かの罪状被って刑務所入りとか、そんな人生ゲームでも用意されてねぇ奇抜なコース直行だし。

「だって俺、こんな事される覚えなんか」
「罪状は確定しているだけで窃盗、暴行、障害、器物損壊、公務執行妨害に殺人幇助に殺人未遂。ついでに無戸籍だから市民義務も怠ってるな」
「はァ!?」

イヤイヤイヤイヤちょっと待て、つか最後のは俺否定出来る立場じゃねぇけど、普通そんな奴いねぇぞハードボイルド小説の悪役とかにしか。
あまりのことに俺は三秒くらい酸欠の金魚の物真似をしてしまった。

「イヤ、だからそれ自体知らねぇし、アンタの事だって俺は知らない」

必死の形相だったに違いない。
無理に例えて言うならあれだ、授業の欠席数を何とか誤魔化して単位をもらおうと教授に縋る大学生みたいな熱意。つかそれ以上。
人生が此処で終わるか終わらないかの瀬戸際だ、俺は喉の奥から言葉を搾り出した。

「どんな他人の空似か知らねぇけど……『サイレンサー』?そんな奴じゃない、俺の名前は、サンジだ」
「………」

厚い唇の端からはみ出た葉巻がゆっくりと下がる。
スモーカーは目を細めてこちらに顔を近づけてきた。

「そりゃ、奇遇だな」

ふう、と煙が舞い上がる。
息苦しさを感じて、俺は眉を寄せた。

「俺の知ってる『サイレンサー』が名乗ってた名前も、サンジだ」

が、と巨大な手のひらが、瞬きする間に延びてきた。
反応する暇もなく、がしりと首を掴まれる。

「っ!?」

抵抗も出来ずに呼吸器官が絞られ、俺は呻いた。
スモーカーは変わらない表情で、変わらない声で問って来る。

「俺がわからないのは、だ。何故お前がそんな事を言う必要があるのかって事だ」
「…………?」

勿論口なんて上等なツールが利けるワケがない状況。俺は視線だけで巨大な疑問符を送った。
つーかアンタ何なんだよ、マニュアルにいきなり被疑者の首を絞めて落とせとかあるワケ?バーガーセットにポテトが付いてくるより自然な対応っぽいけどソレって常識じゃないって知ってた?つかここ質問室、じゃなくて尋問室、つか拷問室?あれ、俺って人権ないんだっけ。
まあ疑問な事は色々あるわけだけど、何つーか、何なのよ。

「お前は『サイレンサー』だ。それは間違いないんだが……だから、何を企んでるのかって訊いてる」
「…………」
「──何故抵抗しねぇんだ?苦しいだろう」

Exactly.
当ったり前だ見りゃわかんだろーが。俺の首はアンタの握力測定器か何かなのか?
至極当然に状態を聞く前にもっとやることがあると思うんです。謝罪とか謝罪とか謝罪とか。

って言ってやりたいんだが無理だ。
つかそんな配慮があるくらいならそもそもいきなり人の首絞めねぇよな、そりゃそうだ。
ええと近頃俺は酸素が供給されなくても生きていけるんじゃないかとか、そんな間違った思い込みが何故かまかり通ってる風潮なんだけど、それって絶対違うからね。図らずとも今証明しちまいそうだ。
あのですね、後悔しても人は生き返らないんですよ、俺アニメでもキリストでもねェしさ。

「…………」

スモーカーは観察するようにじっと俺を見た。
そして数秒。
気が遠くなりかけた俺の肩にいきなり衝撃が走る。ごっ、という鈍い音がして、こめかみを硬いものにぶつけた。

「!!がっ、かはっ、あ…がっ……げほっ!」

いきなり手を離されたのだと気付く間もなく、怪我を全体重で床と密着させてしまった俺は激痛と咳き込みでのた打ち回った。少なめに見ても、たっぷり二十秒は。
畜生何なんだ、もうこんな状況慣れすぎててそんなに怒りも湧いてこねぇけど、痛ェモンは痛ェ。
そして、俺が冷たい床材と親友トークしている間にも、眺める視線は降ってきていた。

「わからねぇな」

スモーカーはしゃがみ込むと、俺の左手をつまんで持ち上げた。
人差し指をもう片方の手で固定して、三分クッキングの手順のように簡潔に説明してくる。




「折るぞ?」




その目に本気を感じ取り、一瞬で背筋が凍りつく。
折る。折る。──折る。
……手を?

躊躇もせずに込められた力に、反射的に瞼が閉じた。

「──────!!!」





ぼきり。





……なんて音は響かなかった。
ぱたり、と俺の手が開放され、落ちる。

止めていた息が、ゆるゆると肺から出て行った。今更ながらに、どっと冷や汗が吹き出る。
恐る恐る目を開ければ、いぶかしげなスモーカーと目が合った。

「……どうもおかしいな、お前」
「?」
「お前の手を折るってのに、どうして反抗しねぇんだ?その演技が何処まで続くかと思ってたが」
「??」
「──もしかして、演技じゃねぇのか?」

それにしちゃさっきの目は、とか何とかブツブツ呟いている人非人から俺はそろそろと距離を取った。
コイツ絶対ェ警官じゃねぇ。つか良識ある人間じゃねぇ。
がたがたと鳴りそうになる奥歯をかみ締めて、俺はドアとの距離を目測した。

本格的に、身の危険を感じたんだ。
今まで、俺は、誤解を解けば何とかなるんじゃねぇかと思ってた、けどそりゃ、イチゴシロップよりも甘い考えだったらしい。

「あ……」

スモーカーの視線が俺を何度目か、撫でた。
せっかく空けた距離を一歩で詰めて、ゴツいブーツが俺の脇に着地する。

身を硬くした俺の横をすり抜け、スモーカーは真鍮のドアノブをがちゃりと回した。
首だけ外に出し、大声で叫ぶ。

「たしぎィ!資料室から『サイレンサー』の資料全部持って来い!登録番号は、KE87709だ!」



頭が、痛い。
さっき打ち付けたせいか?

畜生、デリケートなんだ、俺は。

普通の。
一般。

市民なんだからさ。







zer. zer. zer. zer. zer. zer.
zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer.
zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer. zer.

zeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee


.............................................. s il e nc e   r ..... ?





GO!