GO or STAY!








GO or STAY !





イーイ天気だ。ホントにね。
足首とか挫き癖って付くんだっけ?どうにも格好悪ィ脱出を果たした俺は、三秒もしねぇウチに既にヘコたれてる。
Hey,ウルトラマン、テメェ持久力三分の役に立たずとか馬鹿にしてて悪ィ。俺それ以下だった。

どーもな、スマートにいきゃしねぇってのはわかってたんだケドな。どしてこうウマク行かねぇんだろ。
なんかさ、三歩進んで二歩戻る方が余程マシだってんだ、だって少なくとも進んでんだからよ。何コレ後ろ向きにも進んでねぇ、むしろ落とし穴自由落下中ってカンジ?むしろ底があったらソレって幸いなんじゃネェかって。
……考え方まで暗ェな。
なーんか、ヤな予感する。傷開いたか?イヤイヤイヤイヤ、んな事は考えねぇ、考えねぇぞ。リアルだったら怖ェし。

眼球だけ動かして、視線を左右に遣る。基本色はベージュ、手入れのされた緑に電柱とアスファルトの灰色、天然なのに人工色臭い空の青色。
思った通り、ナミさんの家はアップタウンとミドルタウンの間くらいにあって、まあ借りてるんだろうケド住めるだけで中々だ。

だからして人通りが少ねェってのはイイんだが、裸足にスリッパっつーこの格好がとにかく恐ろしく目立つ気がする。
裸足の方がまだマシか?でも結局胡散臭さは変わりねぇって結論しか出ねぇ、まあヨシとしよう。俺に何とか出来る事じゃねェ、どっかの誰かが哀れんで買ってくれねェ事には、文無しだからよ。

あー。俺のどうしようもねぇ事実其の百四十二弾、取り合えずの行動の指針がない事。
だってよ、帰るトコは何故か爆発しちゃったしィ?知ってる人には何故か忘れられてるしネ?知らねェヤツに殺意抱かれるし銃で撃たれちゃったりするし死にかけたりするし明日の予定はネェしさ。
スゲェ何度も何度も確認してるケド、俺かなり可哀想な人じゃねぇかよ。

ナミさんの部屋から抜け出したのは、迷惑かけたくネェのもあるけど、自分が何もわかっちゃいねぇこの状況に耐えられなかった、ワケで。
死ぬのがイヤだったから逃げて、痛ェのがヤだったから逃げて、でも格好悪ィのがイヤだったから、また、逃げてる。見事な消去法人生だ。中途半端に三角をあげよう。

でもどうしようもねぇ。スゲェ気に入らねぇけどどうしようもねぇ。
何故なら、俺は、何も知らないからだ。
だからソレがヤなら自分で知る努力をしなきゃならねぇだろ。

俺の部屋が無くなった時から、俺の周りは不思議ワールドで、もうなんか疑問じゃねぇ事の方が少ねぇ。
ビット数の少ねぇ俺の脳みそは混乱しっぱなし、順序立ててモノを考えるのも難しい。だって順序とかねぇだろコレ。
脱出行動も衝動デスよ開き直りますよ、俺にマトモな理性なんて期待するんじゃねぇ、だって小市民だから。特殊能力も全然ネェし。

わかってる、ホントは俺、逃げたいんだ。いつもそうなんだよ。
逃げる場所が無いだけだ。

取り合えず俺は、ココには居たくない。
ソレだけわかってる。充分。

俺は走り出した。
新しい疑問に俺が後頭部を張り倒されたのは、懐かしきミドルタウンの雑踏の中でだ。





+++ +++ +++





日曜昼のサー・フールー大通りは露店や行商も多くてかなりの混雑になる。
まあ、そのおかげで俺の裸足スリッパルックも人ごみに紛れちまえばそれ程目立たねぇワケで。ナイスチョイス、俺。

人波にのまれてコケかけたレディを、さり気無く支えてすぐ離れる。
スラれる財布もナイんで気楽極まりねぇ。イヤ突っ込むなよ、悲しいから。
買わねぇけど(てか買えねぇけど)地べたに敷かれたシートの上の怪しげなアクセを覗き込んだり、サルタを売る屋台から流れてくる匂いを嗅ぐだけで結構テンションが上がる。スゲェ慣れてる雰囲気の筈なんだケド、短期間とはいえ異常極まりネェワールドに連れ去られてたモンだからね。ヤベェ、不覚にも涙出そうだ。

すれ違う奴等のくだらねぇ噂話にも耳を澄ませてみる、俺人の温かみってヤツに今すげぇ飢えてんだわ。
くりんとカールした睫がキュートな赤い巻き毛の女のコが、彼氏と思しき野朗の腕にしがみ付いて言う。

「羨ましいな、プリンセスはあーんないい男と結婚できてさ」
「お前がプリンセスでもそんな可愛くない態度じゃ結婚は無理だね」

可愛らしい愚痴に笑ってさらりと返す男。
テメェなんだその言い草はレディに失礼じゃネェか、とか言ってる場合じゃネェ。俺は自分の耳に聞いてみた。
俺の可愛い耳小骨よ、只今の空気の振動をわかりやすく訳して脳みそサマに伝達してくれたまえ。三秒くらいかけてイイから間違いなくな。

プリンセスが、結婚?

理解した瞬間、がくん、と肩が落ちる。
……大ショッキング。あんまテレビとか見る気起きなかったモンで俺今世間からスゲェズレてる?

そわそわとした足取りがいきなり重くなって、いやァ心に正直だね両足クン。流石俺の一部。
プリンセス・ロイタは御年十七のそりゃあもう儚げな、サラッサラ黒髪ストレートの、見るからに『お姫サマ』ってカンジの(実際そうなんだケド)子だ。プリンセスファンクラブっつーモンも冗談じゃなく、ある。俺は会員番号115932だ。

………で、結婚?結婚?ソレってアレだよな?アレの事だよな?アレ以外にないよな?

Jesus.
俺は額を押さえて上を向き、超巨大な溜め息を吐いた。
見事なまでのハートブレイクだ。愛しのMyプリンセス・ロイタ、君が他のヤツのものになっちまうなんて。俺以外との結婚は人生の墓場だって台詞を知らなかったのかい?

「さあ、噂のプリンセスとそのお相手のツーショット、ブロマイド一枚10ベリーだよ!!」

誰が見るかそんな悪趣味なブツ。
顔をしかめた途端、目の前を誰かが放り投げた紙切れがひらひらと舞った。思わず掴んじまう。どういう習性なんだかな、コレ。
手触りの悪い安い藁半紙。くしゃりと握りつぶしたソレを気まぐれに開いてみれば、
『プリンセス・ロイタ御婚約発表!』
テメェは俺に喧嘩売ってんのか。
俺は紙の両端を持って右手と左手の距離を開けた。びりびりびり、ふははははざまァ見やがれ人の不幸に追い討ちかけるような事をしやがって。
死ぬほどラッキーなクソ野朗の顔や、『花の十八歳』なんていうアオリ文字や、薄っぺらい紙切れに印刷されたゴシップが再起不能になっていく。あ、もちろんプリンセス・ロイタの御姿の部分は無事だぜ?

「ママー!ジョーンのバッジがあるよ!買って!」

露店から小さなメダルバッジを拾い上げ、五歳くらいのガキがはしゃぐ。
ああ、もうそんな時期だった。一ヶ月も世間と隔離されると、取り残され方も半端じゃネェなァ。
毎年この時期に開催されるエバーグリーン・レース。
子どもは自分の好きなジョッキーのメダルを欲しがる。人気のジョッキーのメダルはすぐに売り切れちまうんだ。俺もガキの頃ァ良くコレクションしたモンだぜ。
ジョーンってのは知らねぇな、今年の新人か?
公営の賭けレースもあるんで俺も楽しみにしてる、去年の贔屓は鹿毛のレディ・ミランダとミラクル・デニスのコンビだった。
今年はまだチェックしてネェけど。新聞立ち読みでもすっかな。

「まあまあ、今年のご贔屓はジョーンだっけ?でもママは──」

ミランダとデニスは俺の期待に答えて優勝したんだ、奇跡のようなコーナーの捌き。あの瞬間は不覚にもうっとりしちまったね。
デニスは麗しのミランダの鼻面にキスして、ガルレイデ・ストリートを練り歩いたんだ。
懐かしい。俺は儲けたチップでその頃熱を上げてたレイナの為にプレゼントを買って……イヤまあ結果振られたんだけれども。ソレもまあ青春の一ページ。
レイナもまさか今俺がこんな体たらくなんて、想像もしてねぇだろうなァ。

「ママはデニスの方が好きだったけれどね」
「へぇ!でもデニスはもう走らないんだよ。去年のレースで転倒して、お馬が死んじゃったんだもの」
「そうね、残念だったわ……それで、ジョーンのメダルはお幾らなの?」

……あ、そうだったっけ。
デニスは去年転倒して、ミランダはお亡くなりになったんだった。
──イヤだね、世間ズレし過ぎてなんかボケ老人みてェ。
よく考えるまでもなく、レイナとの思い出は、そう、ありゃ一昨年の事だった。もう黒こげだろうケドちゃんと写真や手紙も取ってあったんだ、俺そういうトコマメだからさ。
デニスが堪えきれずに記者会見で流した涙を思い出す。それがさ、俺不覚にももらい泣きしそうになって
なって、それで、慌てて眼を擦っ

「僕もデニスは好きだったよ。格好良いからね。引退後の記者会見だって──」

人ごみを無理矢理掻き分けて半ば駆け足に。靴を踏まないように、踏まれネェように、でも速く!
群衆の臭い、音、声。懐かしいモノ、場所。
何故だか俺の足首に絡み付いて離れない。粘着質な足音が立ってねぇか?
いや、離れないのはソレでいいんだ、だってココが俺の場所だから。

一生小市民。そんな人生だろう?
無駄に壮大な空想だけ繰り広げながら、ヒーローみたいに、なんてそんなのはホントは実現しなくて良い事で。
MOVIEを観るだけでイイんだ、傍観者で。手のひらに入るものだけをさり気無く大事にして、並べて磨いて。殆どのニュースは自分とは関係ない異空間の出来事だろう?なんて現実的な幸せ。

ぺたぺたと、スリッパの音は石畳では勿論響かねェ。
まるで俺の存在みたいで、ちょっと萎えた。

何かがぐらついている。
Hey,boy.
見てくれよ。

俺の後ろから、銃弾なんかよりよっぽど怖いモンが追いかけて来てネェか?





+++ +++ +++





いつの間にか走ってる。
見覚えの有る通り。馴染みの角。

バタバタと無様な足音。無駄にデカイし、役に立ちもしねぇ。
深く考えるな。きっと、色ンな事を深刻に考えすぎなんだ。

そう、あそこを曲がったら俺の下宿先。絶ッッッ対に間違いネェ。イヤ間違う事なんざネェんだけど。
向かいには小さなタバコ屋があって、俺は習慣でソコに立ち止まる。予定じゃねぇ、決定だ。いつもの、いつもの、いつもみてェに!

タバコ屋には小さな婆さんが座ってる。
ニコニコニコニコ、三百六十五日。いつも笑って、挨拶、一日がソコから始まる。帰りも挨拶する、夕方だったらまだ開いてるから。
俺が孫と同い年だってんで、ソレだけでなんかもう俺が引っ越してきた当日から馴れ馴れしくて。
俺も別に賞味期限切れだろうとレディはレディだから、なんつーか。邪険にも出来ねぇで。
コインを一枚カウンターに投げる。緩やかな放物線。ナイスシュート。いつも賞味期限切れ近い(たまにホントに切れてる)コーラを、ソレを理由に格安で一瓶掻っ攫う。
婆さんが目を細めて、お疲れ様って、俺が笑って、肩越しに手をひらひらさせる。……不変なんだぜ、その光景は。

一ヶ月も音信不通だ、婆さんも心配してるだろ。ヤ、それとももう死亡扱いになっててもオカシクねぇ。
でも、ま、今の俺は迷惑かけまくり疫病神だから、挨拶も出来ねぇだろうけどさ。
婆さんが座ってくれてるのを遠くから見るだけでも、なんつーか、リラックスできると思うわけよ。
ああ、まだソコにゃあんだって。何が?普通の世界がさ。そっちが普通の世界なんだって、さ。
この一ヶ月間は皆ウソッパチだったんだって、優しく伝えてくれる。
逃げ出してきたんだ、俺は。誰も助けちゃくれねぇから。助けてくれるけど、ソレが助けにゃならねぇ世界から。
少なくとも、逃げる気力はまだある。ソレは随分と俺にとっちゃ救いなんだよ。

傷つきたくねぇ。
傷つけたくネェ。
ホラ、ソレが普通の考え方だろ?俺は戻って来れてるだろうが?

アッという間に距離は縮まる。
俺はソワソワした心のまま、コーナーを急角度で曲がる。遠心力を乗り切れよ、デニスみてェに軽やかにさ。
全く、小さなお願いなんだ。俺の身分に似合ったくらいの。小さな。

「………………」

すぐ目に入る、小さな店。
カウンターに座る──

見知らぬ、小柄なレディ。




雑音。
世界はコマ送りみてぇに、ブツ切れ。

俺はちゃんと喋れてるか?
ちゃんと立ってる?
笑顔は?







尋ねる。
訊ねる。
予想と違う答えを、早く。
俺を救うと思って、ねぇ。

え、とその若いレディは言葉に詰まった。
ふと少し寂しげな微笑を浮かべ、むしろこっちを気遣うように言葉を探り出す。

「残念ながら、祖母は半年前に──」

ハントシ、マエニ。

……あ、そうだったかな。
うん、そうだったよな。
馬鹿じゃねぇか俺、ボケるのも大概にしろってのな。
婆さん、死んだよ確か脳卒中で。うん、確か半年くらい前だ。

だんっ!!

壁を殴りつける。
思いっきり擦れた左手の皮膚が、破ける。
勿論治ってるワケがねぇ左手の穴から突き抜ける筈の痛み、そんなモンも感じネェ。

半年前に死んだ。
だから俺は一ヶ月前、部屋が爆発する前の日も、同じ顔でコーラを買ったなんて事ァないんだよ。
常識的に考えて、そんなんあるワケないだろう?

──頭、痛ェ。

レディが息を呑む音も聞かず、次の瞬間にゃ身を翻す。
五メートル向こうの、パン屋、でも二階の窓ガラスが無くって応急処置か知らねぇけど紙が貼ってある、ソコ俺の部屋、爆発でぶっ飛んだケド、階段を登って、ホラ。

猫の額の踊り場。建物からはみ出た鉄骨の螺旋階段。
短い廊下を二歩で終わらせて、俺の部屋の、ドア。

表札かける場所が無かったから。
俺はマジックで書いたんだ、壁に。後で下の大家にしこたま怒られたんだが、仕方ネェと思わねぇ?俺にだって訪ねてくる人が居るかも知れねェってのに。
可能性はゼロじゃねぇだろ?
出て行くときに壁ごと塗り替えるって約束で、勘弁して貰ったんだ。俺ははしゃいだ、初めて自分の家を持てる。
ホラ、マジックで。消えかけてるけど、まだちゃんと読めるだろ?汚ェ字だけど。



Oliver.Tomus



だから、疑問なんだよ。
でも見ねぇフリがしたかった。

よろめいた踵が、後ろの壁に当たる。
続いて当然のように背中が。冷えた平らな感触。支えがあって良かったよ全く、じゃねぇと、後頭部床にぶつけて寝込むハメになってたろうから。
あー、色ンなトコあちこち痛ェ。眩暈する。マジで。

ずるずると、力の抜けた体がソレに沿って降りていって。
多すぎる、疑問がさ。

そう──ソレが、だ。

でも今って、イツだ……?




体が震えた。
雑音が聞こえる。意味の有る言葉は、だから何も聞こえねェんじゃねェか?
コーザの言ったこともナミさんの言ったことも、マリモの寝言だって、だから意味がわからないんじゃ、ネェかな?
zwrr. zwrr. zwrr. 煩ェよ全く。

ノイズに混じってカツカツと、なんだか気取った革靴の音。階段を登ってくる音?
違う、聞こえるわけじゃない、ノイズだってそんな音だって、実際聞こえてるワケじゃねぇんだ。
体の内側から響く振動が、脳みそを揺さ振る。だから気持ち悪ィ。吐くよ、吐く、もう一歩で俺ァ恥も外聞もなく吐くね。

zwrr. zwrr. cah. cah.
時計の秒針みてぇに規則正しい。うん、スゴイ、スゴイね、でも俺を放っておいてくれねェか。
革靴の音は、近づいてきて止まる。音楽的に美しい、そのタイミング。
Knock.

Knock.

震えてる。
怖ェのか?怯えてんのか?気持ちが悪ィのかよ。なんだ、コレ。
知らない、こんなのは。俺は。俺は?
ドアが薄く開いて光が差す。
逆光の中浮かぶシルエット。すらりとした長身。咥え煙草の──紫煙。
シニカルな笑みが、見えてねぇのにわかった。
ナンダ。コレ。

問いかけたのは俺かそれとも問いかけられたのか。

zwrr.
zwrr.
zwrr.

……お前は誰だ?