GO or STAY!








GO or STAY !






うーん。
謎だな。

諸事情により特殊精神防御を覚えちまった俺は、驚きとか戸惑いとかいうセンシティヴな活動を結構前から一時停止させてる。
だから目の前に俺にゃ説明も理解も不可能な事態が転がってても、こんなカンジに一言で済んじゃうワケで。ナニ俺ってスレてんの?どうなのよこの年になってそういうの。ティーンじゃあるまいし、今更な恥だ。

まあそりゃ興奮すると体に悪ィってのもあんだよ。なんつーの?安静っつーの?つか、全治三ヶ月診断は、わかったところで気分が落ち込んでくだけだと思うワケよ。アレだ、体温計と一緒だな。
俺は回復力とか生命力とかは多分強ぇだろうから(あくまで希望的観測)あんま気にしてねぇけどさ。だって実際外歩けてるし。
まあナニ、やっぱバレたらナミさんに怒られんだろーなァ。バレねぇワケねぇけど。ああ、馬鹿だな俺、わざわざ生きたまま地獄見なくてもイイのに。

まるきり人事みてぇに考えながら、俺は壁にもたれてた背をずるずる擦りながら座り込んだ。
目の前の景色が上昇してって、ケツが冷えたコンクリートに当たる。頭がクラクラする感覚は、もう馴染みなんでどうでもイイ。

まったく、大いなる謎なんだ。
三週間前(まあ大体それくらいってだけで、寝っぱなしだった時が多いから誤差はアリ)の朝、爆発した俺の部屋。
逃げ出したついでに見に来た(つか他に行くトコなかった)んだけど、まあ、なんつーか懐かしさを感じる程でもねぇ筈なんだけど。
ああワケわかんねぇ、ナニ言いたいんだ俺。

多分まあ、ショックを受けてねぇワケじゃねぇんだろう。
そういうの、冷静な振りして分析してみたりするんだけどどうよ?やっぱココは取り乱した方が潔いのか?
でもホント、こういう時って他にどうすりゃ良いワケ?


三週間経ったら、俺がいなくなってました、なんて。


…………や、ちっとも笑えねぇんだけど。
俺は記憶を随分と巻き戻して、一つ一つ状況を整理してみることにした。





+++ +++ +++





ふと目を開ければソコは天国だった。

今までのシチュエーションとのあまりの落差。トイレの扉あけたら便器の代わりにダチョウがいたってこんなにショックは受けねぇよ。いやこりゃあんま良い例えじゃねぇけど。トンネルを抜けたらソコは会津磐梯山でした?みたいな。や、それも違ェな。
地獄で針山登って落ちたらハーレムでした、ってのが近い。つかそのまんまだけど。

久しくご無沙汰だった空間。
なんつーの?あるじゃん女の子の部屋特有の雰囲気っつーか匂いっつーか気配っつーか、とにかくなんとなくそわそわうきうきしちゃう感じのさ。
どっかから響いてくる痛みだって今なら軽く無視出来る、俺はいそいそと身を起こそうとした。

「起きたか」

It's over.

………まァわかってた事なんだけどよ。そうそう上手く針山がハーレムに繋がってるワケねぇってのはよ。
もしかして俺の幸せタイムって十秒で終わり?ここでもうちっと夢見せてくれるとかそういう融通が利いたら、もっと信者とか増えるんじゃねぇの神様。
要するに、世の中ってモンを厳しくしすぎると捻くれないで育つのが不可能に近くなるって言うかさ。谷あり谷あり谷ありの人生ってヤツは、もしかして傍から見りゃ平坦に近いんだろうななんて、フォローにもならねぇ事を考え始めたりするしさ。
そりゃ人生の起伏は三センチでOKってどこかで言ったような気もするが、出来るならマイナスじゃねぇ値でお願いしたかったり。

「…………………」

零コンマ三秒で枕にリターンした俺の頭ン中は、バラ色から灰色への切り替わりがそりゃもう見事だね。
死にかけの(どちらかと言えば精神的にだ)俺を見下ろす、出来ることならもう一生見ずに済ませたい顔。テメェは動けて俺はくたばってる、この辺がやっぱ根本的に違うところだな、人間とサイボーグのさ。

突然変異した緑頭のオランウータンは、逆上がりのコツを教える小学校教師みたいに生き残る方法を伝授してくれた。

「弾にはあんま当たらねぇようにしろ。ショックで死ぬこともある」

誰がンなモンに好きこのんで当たるか。

まあ言っても無駄だろうけど。俺は種族を超えてコミュニケーション取る気はねぇし。
シーツからはみ出た腕にゃ輸血パックが繋がってて、なんだか俺って大怪我人?
どう考えても目の前に居る実物大馬鹿標本の方が故障の程度が酷かったハズなんだが、コイツはオイルでも飲んどきゃ自動で直るんだろうか。

「ココ……何処だ」
「悪ィとは思ったが、取り合えずナミんトコだ。俺の部屋はもう使えねェだろうし」
「ナミ………さん」

口の中で名前を反芻する。
ああ、あのちょっとS女王入ったランクAプラスレディの事ですか?
ようやくテメェの腕にガムテープじゃなくて包帯がくっついてる理由がわかったよ。ナミさんが匿ってくれてんのか。
コーザが出てった後の記憶がねぇんで、俺は多分そこでBlack outしたんだな。人一人担いで穴開いた足でよく移動できたもんだ、三点やるよ。十万点集めたら人間の仲間入りをさせてやろう。
でも、ココに来たのはマイナス二百点。

「迷惑、なんじゃねぇの」

舌が上手く回んねぇ、イライラする。
大体が、なんか面倒事に巻き込まれるってよりはむしろ俺自体が面倒事なんだって見切ってきたトコなんだ。

「別に大丈夫だろ」
「なんで」
「あの女はテメェの味方だ。ちょっと位の厄介は気にしねぇ」
「………俺が気にすんだよ」

デリカシー度マイナスのテメェと比べんな。
どうにもこうにも、なんだかどうしようもねぇ。

唇を舐めた。粘性の高い唾液は滑らかに伸びねェ、気持ち悪ィ感触。
二、三度喉を鳴らして、舌のコンディションを整える。好きなときに好きなように罵倒できねぇってのは辛ェもん。

「………テメェもだ」
「何が」

クソアホマリモはまったくわかってねぇらしい。まァ期待もしてねぇけど。
テメェもそうなんだ。なんか俺の良く知らねぇ勝手な義理があったトコで、もう充分以上にテメェは果たしたろ。
もう満足だろ?

いい加減、賢く生きろ。馬鹿から卒業して小馬鹿くらいにはなれ。
眼球だけ動かして、俺はロロノアから目を逸らした。

「テメェも……そんな怪我してまで俺に構わなくてイイ」

訳すと、ウゼェから三秒で消えろって事なんだけどな。
でも怒らせると怖ェので(小市民根性)その辺はぼかして言った。なんて気遣いだ、マジで偉過ぎる。

「テメェは俺本人にゃなんの関係もねぇんだろ。だからもういい」

半端な同情心なんざ、鬱陶しいだけだ。
ベッドの横のスタンドに置いてあるアンティーク時計の秒針は、やっぱり一秒に六度だけ進む。いや違うのか、六度進んだら一秒だって言うのか。
ぼんやりそれを見ながら、呼吸だけする。頭を使わねぇのは楽でいい。

秒針が一周とちょっとする間、俺はソレを見続けた。
でもあんまりにも何のリアクションもねぇので、そろそろ様子を見よう。いつの間にか消えてくれていたら拍手でもしてやるつもりなんだけどね。

そろそろと、さっきと同じ道に沿って視線を戻す。

「………………………」

ロロノアは、別に普通の顔してた。
怒りでも喜びでもなんでもない顔。清々した顔でも苛立った顔でも、困った顔でも悩んだ顔でも、嬉しい顔でもなんでもねぇ顔。
声だって別に何の変哲も無ェし、拍子抜けだ。俺の提案は、ホントになんでもねぇ事だったらしい。一瞬たりとも考えるに値しねぇくらいの。

「お前が───」

だから只、純粋に疑問符だけの。
意味の通じない言葉。


「お前が、それを言うのか」


……………んだよ。

何だよ、その目。
文句があるなら言やぁいいだろが。それなら反論できる。
どうでもいいんならホントに放っときゃイイ。こっちだって好きにする。
そんな対応されたって、こっちがどうすりゃいいんだかわかんねぇ。

なんでそんな風に、俺を見るんだ。
なんでそんな、段々諦めたような顔に、なんだよ。

ワケわかんねぇ。

「言っちゃあ悪ィのかよ」
「──別に」

ロロノアは短くそう言うと、興味が失せたのか俺から目を逸らした。



それからナミさんが帰ってきて、その話はソコで終わり。
その後なんか上手く丸め込まれて、ナミさん家で世話になる事に。まあ俺動ける状態じゃなかったし、自分の意思じゃどうしようもなかったんだケドよ。やっぱ口でレディに勝とうと思うのは間違い。

絶対安静を言い渡され、毎日を殆ど睡眠で潰す。
リハビリもかねて部屋は歩いてたけど、ドアにはいつも鍵が掛かってた。わざわざ外から掛かる鍵は俺へのプレゼントらしい、そりゃレディからの贈り物は何でも嬉しいんですけれどね?
俺の意見なんか見事にシャットアウトされるに決まってるので、無駄な抵抗はせず。いーよ、男はレディに我が儘を聞かせるモンじゃなくて聞くモンですから。

マリモは殆ど一日中出歩いてて、起きてる時に見かけた記憶があんま無ェ。
別に野朗の面見て喜ぶ趣味もねぇし、話を弾ませる気もねぇし、遠くに居てくれた方がなんとなく平穏な人生が送れるんで問題ナシ。

皆、俺にゃわかんねぇ台詞をわかったように言う。コーザも、ロロノアも。
テメェらが何も説明してくれねぇくせに、そうやって俺に意味不明のことだけ言う。

それがまず最初の疑問だった。





+++ +++ +++





朝起きてまずする事。

体の具合を確かめて、眩暈や吐き気や深刻な痛みが無けりゃ起き上がる。
一応顔を洗って、髭剃って、髪梳かして。ナミさんがいなけりゃ置いてあるコンビニフードを食べて。
まあ用意して貰ってる身だから文句はねぇんだが、なんつーか、舌が妙な違和感を訴える。
俺は料理なんか出来ねぇし貧乏だし、マキノさんのトコで食わせて貰うんじゃなきゃあジャンクフードだ。だからそんなの全然問題ねぇハズなのに、ココに来てからなんか食事が不味く感じる。劣悪な精神状態が、せめて食いモンだけでも高級なものを求めてんのか?
もしかして病気だったりすると怖ェから、深くは考えねぇけど。

ライ麦パンのサンドウィッチのビニール包装を破り、丸めてゴミ箱にシュート。
左手に持って齧りながらソファに座りテレビを付ける。

やっぱ良いなァ映りが良い大画面は。
俺のなんかゴミ捨て場から失敬した年代モノで、雨の日は機嫌が悪くて何故かつかない。おかげで天気予報は観なくてもわかるんだけど(ついた日は晴れ)、でもやっぱり観るワケで。
取り合えず予報というよりはお天気お姉さんの笑顔が欲しいんだよな。アイドルよりは身近に感じられる可愛いレディ。皆に元気を与える偉大な仕事、マジで尊敬しちゃうね。ちょっと顔が歪んで映ってても、色がサイケデリックになっちゃってても、ブラウン管の向こうは変わらない笑顔。
でももう俺のTVはもう爆発で壊れてるか。ナミさんのテレビは彼女をきちんと映してくれるけど、やっぱちょっと切ない。

一つ目のサンドウィッチを食い終わり、軽く溜め息。
──パンが固い。レタスがしなびてる。コショウはキツ過ぎだしハムはいかにも量産品。まァ当たり前なんだケドな。

食いモンに文句がつけられる身分じゃねぇし。
再度言い聞かせ、見ないままコンビニのビニール袋をまさぐった。

やっぱりお天気お姉さんはいつも見事なスマイルで俺の心を癒してくれる。
前の子も好きだったけど、この子もいいね。黒髪ショート、度の強そうなメガネ掛けてて、いかにも一生懸命なカンジ。
俺が寝てる間に交代したらしいんだが、前のお姉さんより色気は無ェけど可愛げがあるし健気だし、続くんじゃねぇかな。

今日の降水確率は0パーセント。
にこっ、と笑ってそう言ってくれるお姉さんに軽く投げKISS。テレビを消す。

洗い立てのシャツに腕を通して、もう一度鏡の前に立つ。
ナミさんのスカーフの中から無難な柄をセレクトして、バンダナみたいに頭に巻きつけた。かなり微妙だが、どうでもいい。
派手な金髪を隠して、やっぱりナミさんのコレクションの中から伊達メガネを借りる。まあ、人目を引くほど変じゃなけりゃOK。

玄関に回って、靴箱を開ける。
でもやっぱナミさんの靴は無理だよなァ。早々に諦めて扉を閉めた。

取り合えず客用室内履きを持って、窓へ。
まァねぇ。馬鹿な事してんだろうなァ?
でも一生こんなコトしてるワケにゃいかねぇし、なんつーか、美味いメシ食いてぇし。金持ってねぇけど。

窓枠に足を掛ける。



某月某日。いい天気だ。
絶好の逃亡日和。






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