GO or STAY!
GO or STAY!
コーザは、まるで無感動に銃口の向きを俺へとずらした。
ワンタッチで切り替え可能、マジで高性能だよアンタ。
「俺にはお前の方が馬鹿に見える」
イヤってくれぇに知ってるよ、強制的に学習させられてんだ毎日毎日。これで気付かねぇ奴がいたらソイツはむしろ天才。
でも、アンタが知らねぇ事だって、この世にゃ沢山あんだぜ?
「大人しくしていれば、お前は殺さないでも良かったが」
「……………………」
「別に消しても問題は無いんだ」
ナニソレ、脅し?それともそんなつもりもねぇ自然な台詞?
舌が、ぎゅうと縮こまって顎に張り付く。
奥歯が鳴らないように食いしばり、俺は引きつった笑みを見せた。こんな場面だってこんなのが出てくるあたり、小市民根性は意外に凄ぇな。
ああそう、『消しても問題は無い』?
そんなだからアンタは可哀想だって言ってんのに。
コーザは少し苛立たしげに唇を噛んだ。
「…………何故笑う?」
「───ソイツは馬鹿だからだ」
勝手に断言して答えたのはモチロン俺じゃねぇ。
五月蝿ェってんだマリモ、馬鹿に馬鹿って言われっと悲しくなんだろが。
コーザの視線が移る。
俺からは見えねぇけど、またなんか馬鹿みてぇなコトしてる馬鹿が後ろにいるんだ。もう見なくてもわかるよこの馬鹿、馬鹿。
冷えた殺気を含んだ台詞と視線が、お気軽にお手軽なカンジで飛び交う。
「ソイツを撃ったら殺してやる」
「今のお前にその力があるとでも?」
「何でもいい。殺してやる」
…………多分、コイツ等は。
自分が何をわかってねぇのかもわかってねぇダメダメ君達で、廊下にも立ってられずにどっかにいっちまうタイプ。
「なら、お前が死ね」
がっ
コーザの銃口が俺から離れる前に、音を立ててそれを掴む手。
ぶっちゃけ俺のだけど。イヤ咄嗟に出ちまったモンでよ。
この状態で発砲されると、肉の千切れた左手どころじゃなくて手首から先無くなるんじゃねぇだろうか。かなり笑えねぇ。
「───何の冗談だ?」
コーザは、まるで未知の物体を眺めるように俺を見た。
これも全然わかってねぇだろうが、はっきりテメェの方がバケモノなんだぜ?俺は只の、ごく普通の、平凡なる一般市民。後ろに居るのは藻類。
状況を理解した途端反射的に引っ込もうとした俺の手を、意志の力で押さえつける。まあ、一瞬の筋肉の動きはばれちまったろうけど。
ひくひくと痙攣する腕は、まるで現実感が無ぇ、これホントに俺の腕か?
心臓の鼓動は聞こえない。
ていうか、動いてる?うっかり止まってる可能性もあんだけど。
俺は五秒以上もかけて、上顎に張り付いた舌を引き剥がした。
赤ん坊みてえにたどたどしくスペルを綴る。
「………そんな、簡単に」
まるで、ゴミ捨てするみてぇに。
「覚悟なんて決めんな」
俺は、こんな時にこんな事しか言えない。
俺は何がしたいんだ。何が言いたいんだ。
そんな事わかってる。
簡単に手を離すなよ。
俺の目の前じゃ絶対ェに許さねぇ。
「テメェもだマリモ」
「………………」
「テメェら、馬鹿なんだよ」
がたがたと、堪えきれずに手が震えた。
熱い銃口が、俺の手の平を焼く。
コーザの瞳孔が、一瞬細まって背筋が凍る。
まるで無感動に、鷹のような目が正確な事実を伝えた。
「怯えているな」
ああ。そうだよ。嬉しいかい?
誰がどう見たってビビってる。猫に睨まれたネズミや蛇に睨まれたカエルでもココまでビビっちゃいねぇ自信がある。
今すぐダッシュで逃げ出してぇよ。出来ることなら気絶でもいい。この状況からの脱出ならなんでも。
そうできねぇのは誰のせいだと思ってんだ。
腕の痙攣が体全体に及んで、どんどんと視界が暗くなる。
床との温度の境が薄れていって、もう俺の輪郭はわからない。空気に溶け出してく感覚。体は重い。
「聞こえているか?」
ああ。
「お前は失血でショック症状を起こしている。手当てをしなければ死ぬ」
ああ、大ニュースだそりゃ。
道理で鼓動が間延びしてると思ったよ。
「それでもお前はこんな茶番を長引かせる気か?其処を退け、始末する必要があるのはロロノアだけだ」
「そうだ、お前は決着がつくまでじっとしてろ。安心しろ俺が勝つ。すぐに終わらせる」
……………Fuck.
………なんでわかんねぇんだろーか。
言葉が通じてねぇのか?なんか簡単な単語の意味が違ってたりすんのか?
マリモまで寝言ほざきやがって、まあそりゃいつもの事なんだけど、いちいち疲れるんだよまったく。
テメェら学習能力ねぇだろ。
俺は。
それが。
「イヤだ」
っつってんだ。
コーザは、まるで解けない数式を目の前にした学者みてぇに眉をしかめてる。マリモは知らん。
俺はなんだか痛みのおかげで意識を保ってるっぽい。繊細だからな。
数瞬の空白の後、コーザがゆっくりと言った。
「………強者が賢しげに理想論を語るのはわかる」
殺すな、情けをかけろって?
そうだな、ヒーローは慈悲深いから。そんな事だって平気で言える。
「だがお前は弱い。ロロノアや俺がその気になればゴミを捨てるように簡単に殺せる程」
そう、俺は只の通行人Aで、泣き叫ぶ事すらもう出来なくて。
ウルトラマンに踏み潰される民家より存在感薄くて。
まるで。
「まるでゴミの様に弱い」
「…………………わかってる」
畜生、声が擦れる。
教えてやらなきゃならねぇのに。
「気をつけなければすぐ死ぬ弱者の癖に、何故わざわざ邪魔をするんだ。死にたいのか」
そうだな、誰かのピンチに割って入れる資格があるのは強い奴だけなのかも知れねぇ。
すぐやられちまう雑魚なんか、何の助けにもならねぇもんな。時間稼ぎだって出来ねぇレベルの弱さじゃ、いるだけ無駄。
わかってる。わかってるさ。
だけど今俺はそんな事言いたいんじゃねぇんだ。
しゃがれた声を絞り出して。
俺は必死に叫んだ。耳鳴りに掻き消されないように、精一杯の力で。
「生きて……いてぇよ」
コーザは頷いた。目線の厳しさがちょっと和らいだかもしんねぇ。
俺は、余程惨めったらしくみえるらしいよ。
「そうだろう?それなら───」
「ああ、生きていてぇよ。死にたくねぇ」
死にたくねぇ。死にたくねぇ。死にたくなんかねぇ。
当たり前だ。
「だから、死なせたくねぇんだ」
当たり前だろう。
「自分の命が惜しいから、それを賭けられんだよ」
Do you understand?
だから、軽いばっかりの命を捨てるのは、百万年早ぇって言ってんだ。
簡単な事なのに。
+++ +++ +++
俺は他人の面倒なんかみれねぇ。
呆れるくらい余裕が無くて、存在の意味すら見失ってる状況で。
俺は誰かの役にも立てねぇ。
厄介事ばっかり背負ってて、ミジンコ並に力がねぇ。ついでに瀕死。
だけどコレくらい教えてやってもいい。
だから、だからさ。
わかってくれよ、Baby.
+++ +++ +++
「……………………」
永遠の一瞬の後、銃が素っ気無く降ろされた。その動作を理解するのが、ちょっと遅れたくらいに素っ気無い。動きに無駄がねぇってのは、こういうことを言うんだろう。
そして、ぽつりと一言。
「………もう、いい」
聞いている方の胸が寂しくなるような、そんな、響き。
もういいって、何が?
「行け」
俺が状況理解出来ねぇでいる間に、マリモが立ち上がる音。
コーザはもう俺を見てはいなかった。急な展開に全然ついていけねぇ。
「え?行け、って、アンタ」
「もういい、と言った」
銃を仕舞い、長いコートの裾を翻してくるりと背を向ける。
ロロノアの探るような目線にも反応は無く、そのまま立ち去ろうとする動き。
全くもって、アンタの脳内でどんな不思議な力が働いたのかわかんねぇ。電波?
扉をくぐる瞬間、ポツリと落とされた声。
「───やはり、お前の言った通りになった」
………え?
アンタは、何を知ってるんだ?
扉も閉めず、褐色の影が去る。
全くもって意味不明。
俺は、はあ、とクソデケェ溜息をついた。
幸せが逃げていく?
うるせぇ、その程度で逃げ出すような根性無しは、どのみち頼りになりゃしねぇ。