GO or STAY!
GO or ATAY!
あまり、っつか全然間を空けずに返ってきた答えは、はっきりアッサリさっぱりしたモンだった。
なんていうかそうだな、例えるならあれだな。「今何時?」「九時二分」。これと同レベル。むしろレベル落ちくらいの勢い。
「別にテメェの為じゃねぇ」
あー、そりゃ僥倖だな。
俺の為とか言ったらテメェを殺すか俺が自殺しなきゃなんねぇトコだったモンなァ。イヤァ良かった良かった。
All right.
で。
それで?
マリモは、荒れ果てた指先を見詰めて、血の臭いを吸い込んでこう言った。
「───頼まれたんだ」
……………頼まれ、た?
不意打ち突撃クラッシュ。
開始三秒KO?
え?
俺はきっと今スゲェぽかんとしてるんだろう。乾ききった唇の少し内側の粘膜が、空気に触れる感触。
俺の事を、誰かに頼まれたって?
「…………………」
Wait a minute.
全然覚えがねぇ。
「そんで俺はそいつに借りがあった。それだけだ」
淡々とした事実確認。
………ああそうか。テメェの首が後生大事に支えてんのは南瓜だったのか。この頃新発見が多いな、この勢いなら俺はそのうち見事にノーベル賞とかとっちまうかもしんねェよな。
だってさぁ。
ナニ、お前。
なんでお前ってそうなの?何その脊椎反射。
「それだけ」って。
それだけで、お前はこんな怪我とかしてまでお荷物で生意気な男を此処まで助けようとしちゃうワケ?
なあ、そうなのか?そんならホントスゲェ馬鹿だ。ギネス級の馬鹿だな。ホントに。むしろ絶滅危惧種に指定して保存しとくべきレベルかもしんねぇ。
なあ、言っても良いか?
───テメェ今どんな顔してその台詞言ってるか、自分で分かってる?
柔らかいとか暖かいとか、そんなのテメェにゃ勿体ねぇ形容詞なんだよ。ずきり、と何故か胸が疼く。
なんか変な病気じゃねぇ事を切に祈る。もやもやした霞っぽい物体が腹の中で渦巻いてるみてぇな感覚。いや貧血とかは別にあんだけどさ。
「……………誰にだよ」
「テメェにゃ関係ねぇこった」
ああ、そうだよそうだけど。俺は唇を軽く噛んだ。
イヤイヤ待て待て!関係有るじゃねぇかよ俺の事を頼んだんだろ?ソイツはよ!誰だよ。誰だ。
誰が、この世界馬鹿代表に俺の世話なんざ頼むんだ?むしろスゲェ迷惑。小さな親切超巨大なお世話だ馬鹿野郎。
誰なんだよ。
ンな不審な足長おじさんは要らねェ、全力で却下だその提案。あのな、誰だかわかんねぇけど誰かさん?そういうのはさ相手の馬鹿さ加減を見極めてから依頼してやってくれ、そうすりゃちょっとは世界も上手く回るだろうよ。
命が惜しくねぇ馬鹿はくだらねぇことで死んじまえるんだからよ?わかってねぇだろ馬鹿の馬鹿さ加減を。
「じゃあいい。そんな依頼なんざ無視しろ」
「だからテメェにゃ関係ねぇっつってんだろ」
「ふざけんな馬鹿」
「誰が馬鹿だ馬鹿」
「テメェだ馬鹿。要らねぇんだよそんな世話」
「だからテメェの為じゃねぇんだよ」
「俺の為じゃなくてもきっちり俺に迷惑掛かってんだろうがよ。無視しろ」
「………何が迷惑なんだ」
「テメェの存在全てが俺の精神の安定を邪魔する」
「ざけんな」
「じゃあ俺がソイツに取り消してくれるよう頼む。教えろよ誰だ」
「……………………」
「誰だ」
「……………いねぇんだよ」
何秒かわかんねぇけど、少しだけ呼吸を止めてから、ロロノアはこう言った。
「――――そいつがもう、出来なくなったことを。俺が代わりに、勝手にやってるだけだからな」
諦めたような溜め息。
なんでそんな事をさらりと言うのかな。本気でマゾだよテメェはさ。
大事な人、だったんじゃあないのか。
「………………死んだの、か」
声に出すつもりじゃなかったのに、喉の奥で、言葉が勝手にもごもごと鳴った。
「ああ」
素っ気ねぇ返答。
ああもう、わざとらしく不機嫌なまでに素っ気ねぇよな。
なんだか、嫌なカンジの雰囲気。嫌っていうか、いたたまれない。
でもコイツはそんなこと知った事じゃねぇんだろう。雰囲気読めなそうだし、その必要もねェんだ、きっと。
そんで、なんだかしらねぇけど俺の不快感、今頂点に達してるんだけど。hellohello, Mr?
なんでこんなに気持ちが荒れるのかがわかんねぇよ。そりゃ今死の淵ぎりぎりアウトフリーフォール中で、そんな和やかな場合じゃねぇのは確かだけどよ。
大丈夫なのか俺。
この頃ちっとも安定しないジェットコースターな俺の情緒の行く先が心配.だよ、もしかして俺は若くしてハゲるんじゃあねぇだろうか。
そしたらコイツを殺して俺も死んでやる。いやコイツを殺して俺は生きてやる。ああもうワケわかんねぇ。
しゅ、と音がして何かが膝の上に落ちた。
「っ」
霞む目を凝らして、正体を見極める。どうやらマリモが投げてよこしたらしいが。
貢ぎ物か?
「………それやるから、拗ねんな」
「いっぺん死んで脳みそと眼球を交換しろ腐れクソマリモ」
血にまみれた、くしゃくしゃの煙草の箱。
開封はされてない。なんだよテメェの?けっこうキツイ柄吸ってやがんな、この格好つけめ。
まあこの状況でのテメェの精一杯の機嫌取りだってことは汲んでやるよ、俺の心は深遠広大不思議ミラクルワールドだから。もうタンチョウヅルとか棲んじゃう広さだから。
でもな。
「テメェで吸え。俺は煙草嫌いなんだよ」
貢ぐんなら相手の好みくらい把握しとけ馬鹿マリモ。俺がレディじゃなくて良かったなァ?
煙草はなんか臭いがダメなんだよな。頭痛くなるし吐き気もすんだ。これ以上自分苛めてどうする俺。
俺は震える指で血まみれの箱を取り上げると、投げ返そうと右手首を振る。
………振った、つもりだったのに。
俺の手は煙草を握り締めたまま床に激突した。
現状把握に数秒。
平行を崩した上半身を支えるために、とっさに腕が出たらしい。
ロロノアの驚いたような視線が刺さる。止めろ、んな瀕死の重病人を見るような目は!テメェの方がよっぽど大怪我だろが。まあ俺の方がか弱いのは永遠普遍の事実だけど(でもそりゃテメェが特殊なんであって俺がヘタレな訳じゃねぇ)。
険しい目つきで、ロロノアがこちらに手を伸ばしてくる。
触んな嬉しくねぇ。テメェだって余裕ねぇ癖に。なんも出来ねぇだろテメェだって、この状況じゃさ。
そういう風に口に出そうとした途端、開きっぱなしだったドアの向こうから、足音が聞こえてきた。
二人してマッハで首をひねる。ロロノアの眉が、やや寄せられた。
気配を隠しもしてねぇよ、いいねぇ余裕で。ってかこのタイミングで出てくるって、アンタホントに鬼畜だな。
「………コーザ………」
余裕の表情(そう見えるのは俺のヒガミで、多分いつもの無表情なんだろうがそれならそれでムカつく)で、サングラス越しの視線が降ってくる。
猛禽類の瞳が気絶している鼻と丸オヤジを撫でて、それからロロノア、俺を見た。
ふう、と聞こえよがしにも思える溜め息が薄い唇から吐き出されて、
「面倒な事をしてくれる」
………これは多分間違いじゃねぇと思うんだが、それって俺だけの責任じゃないから。
反論する気力もないまま、俺は肩を落とした。この状況下でコーザを切り抜けて脱出できる確率は、宝くじより普通に低い。ここで容赦なく射殺される(俺はどうだかしんねぇけど)っていう方は、鮭が成長したら川に帰ってくるってくらい確実。
「ロロノア・ゾロ」
「………なんだ」
「何故、お前は此処に来た。大人しく隠れていれば、パスティスはお前の事など放っておいただろうに」
え、何、顔見知りなのアンタら。いや今は全くどうでもいい情報なんだけどよ。
知り合いだからって容赦する可愛げとかねぇだろ、道端に落ちてる百万ベリーを期待する方がまだ現実的なカンジだし。いつから俺はこんなpessimisticになったんだかな……今日の朝からだな。何故だか確信を持って言えるぞ。
「そうだな。テメェら全体からすりゃ、俺の事なんて放っておいても構わねぇ筈だ」
「わかっていながら───」
「殺させねぇよ」
コーザの言葉を遮って、ロロノアは繰り返した。
「殺させねぇ、絶対に。約束したからな」
「…………………」
鋭くなる視線。満ちる殺気。凍りつく空間。
あのぅ。………俺スゲェ置いてけぼりなんデスけど。ってかワケわかんねぇんだけど。
ふ、っとコーザが鼻先で笑う。あーあー、もろ悪役だなアンタ。
まあ追い詰められてるのも悪役顔だけどな!………ってかこの状況じゃもしかしてヒロインって俺か?そんなStoryだったら俺、マジで夢も希望も持てねぇ。
「………やってみろ」
コーザは抜き出した銃をマリモのデコにポイント。外しようもねぇ距離。
撃鉄を起こして、準備完了。全くやる事早いね、だから早死にすんだよ。
「死んでも、同じことが言えるものならな」
死ぬとか殺すとか、アンタらが言ったら洒落にならねぇってのに。そういう台詞回しはストリートのチンピラに任せときゃ、それで十分間に合ってる。
いつの間にか、マリモの手の中にも銃があった。まるで魔法みてぇに、そこにあるのが当然だからそこにあるように、そこにあった。
多分、二人して呼吸するより自然に、会話をするとき視線を向けるのと同じに、殺意を構えられるんだ。
俺が絶対ェに入れねぇ世界が、そこにあるんだと主張するような。脇役の俺は、画面の隅で泡食って震えながら見守ってりゃあイイんだって、そんな傲慢さ。
気に入らねぇんだよ。
多分アウトオブ眼中なのを良い事に、俺はふらふらと立ち上がる。
倒れこむようにマリモとコーザの間に割り込む。がしゃん、と何かを割ったような、そんな感触(勿論気のせい)。
「っ!」
絨毯に膝をついて、コーザを見上げる。
マリモが何か叫ぶ前に、俺とコーザの目が合った。っていうかコレって、当然激しく俺に不利な行動なんだけどさ。
コーザには何の問題もねぇし、マリモの足は引っ張られるしっていうダメダメな行動。俺の冷静な部分は、それを良く分かってたんだけど。
でも今冷静な部分スゲェ少ねぇから。普通の人間はこんな時にゃ、頭なんて上手く働かねぇんだから。
だから仕方ねぇよな?
ああ、ごめん。俺何も考えてねぇから何か言われても困る。
別に、容赦してくれるとか、そんな事はいらねぇ。只、テメェも格好悪くなってくれりゃそれでいいんだ。単なるヒガミだよ。
「……………」
がうんっ
予想通りに、間髪入れずに上がる銃声。
体のどこかから衝撃が走って、舌を噛みそうになる。痛みは一瞬後にやってきて、でもまだ発生源は不明。
って言うかアレだな。
後頭部を思いっきりどつかれたらしい。………このクソマリモ、後で覚えとけ。
顔を絨毯に押し付けられてるせいで、呼吸が激しく困難。と思った瞬間、頭上からの圧力が消える。
がっ!
濁音。
反動で顔を上げりゃ、振り切られたコーザの脚が見えた。マリモを蹴り飛ばしたのか?多分、俺をどついて隙でも出来たんだろ、ざまぁねぇな、body guard。
自由になった体で、目の前のそれに飛びつく。男の脚にすがるなんて、俺にゃ一生縁の無ェ出来事だと思ってたんだけどね。
構わず進もうとする脚を引きとめようと、指先にあらん限りの力を込める。目覚めろ真なるパワー、俺が死ぬ前に。
少しだけ呆れの成分が混じった声が、鼓膜を刺した。
「………なんのつもりだ」
そりゃもうこんな俺が引っ付いてたくらいじゃ何の効果もネェんだろうな。ウザけりゃ一発ぶっ放せば良いだけだしよ。
肉の千切れた手で掴まれたから、コートが汚れた。多分それが一番デカい被害なんだろアンタにとっちゃ。
クソが。震えんな足。
「………テメェらがあんまり馬鹿だから、止めようとしてる」
俺は、痛みと怯えのあまり泣きそうになんかなってねぇ。
頼むからそういうことにしといてくれ。
テメェらに、教えてやる事があるんだからよ。