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GO or STAY!







GO or STAY!





目の前でもう一度マリモの右腕が上げられて、俺は(情けねぇ事に)一瞬だけ目を閉じた。
尖ってて痛ェのはもう実証済みだからな。ひるんだ俺を責めてくれるな。

ぐいっ

「っ!?」

俺の左頬に再び叩き込まれるかと思ったその手は右手首に伸び、掴み上げられる。
つーか肩痛ぇんだよ馬鹿。そう思ったとたんに左手の方から物凄い激痛が走ってる事をようやく脳が感知した。キーワードは「痛ぇ」か。

痛ぇ………。

ずくずくざくざくとした痛みが途切れず肘から肩を通って首を伝い行進してくる。
思わず遣ろうとした視線を引き戻し、浮いてきた涙を必死に耐える。濃すぎる血の臭いに気分が良くなる訳もねぇ。呻き声を噛み殺して奥歯を鳴らす。
骨が外れてることは間違いがない。でないと物理的におかしい。右手首の方にはまだ手錠が引っかかってるはずで、それももしかしたら同じように取らなきゃいけねぇのか?
絶対無理だからね。
ソレしろって言われたらきっと俺一生コレと付き合う覚悟決めるから。かなりの高確率で。
でもまあ、とりあえず。

俺は脂汗をたらしながら、勝手に俺の右手首を掴んだままのマリモに頭突きをかました。

ごづっ

「!!!!」

左手使えるワケねぇし右手は掴まれたままだしなんでこうするしかねぇんだけど、何だコイツすげぇ頭固ぇ!予想できたけどよ。
くらくら反響する頭蓋骨や、驚いたように此方を見てくる視線は構ねぇ、俺は使えるものを総動員する。
歯を剥いて腕に噛み付こうとした。が、かわされた。テメェの肉喰いちぎった所でマズイのはわかってんだがどうでもいい。いいか良く聞け、俺が喰いちぎるっつったら、そりゃ本気なんだよ覚えとけ。
一声吼えて拘束されていない足を振り回す。だがまたも簡単に受け止められて屈辱増加。いいから、黙って蹴られとけよこの鈍感が!

暴れるたび、傷は死にそうなくらい一生懸命痛みを訴えてくる。
でもよ、まだ気絶する訳にゃいかねんだ。

「暴れるな!」
「うるせぇ!!」

手首を放さないまま、ロロノアが怒鳴る。倍の勢いで怒鳴り返す。
一瞬思わずといった風に黙った隙を逃さず(意外に素直だなオイ)もう一度噛み付く。もう一度かわされる。

「避けんなボケ!!」

別に傲慢な台詞じゃねぇだろ?この俺が言ってるんだからな。
怒りに任せて、とうとう左手までが勝手に動いた。

「テメェは頭がオカシイよ………!!」

肉の千切れた、血まみれの左手。
それすら、殴るために振り上げた。そしたらさ。

ロロノアの、目が。

「………………!」

それを見て、可哀想なくらい歪んだから。
なんか、萎えちまって。………わかっちまった。

「そんで………俺もだ」

皆、気狂いだ。
なんだか殴る気も失せた。

「………………………」

だらり、と力の抜けた腕が垂れる。
疑問符が浮きまくった視線の圧力に負けて、俺は顔を逸らした。情けねぇな?

何やってんだよ。俺も、テメェも。

マリモは巨大な溜め息をひとつ吐いた後(何様だ)、ガクリと膝を崩れさせた。
ああ、テメェ太ももに穴ァ開いてんだっけ?
脂汗意外は表情に全く異常なトコが見受けられないってのは何だ、プロ根性か?泣き叫べよ、可愛くねぇ。俺なんて今めちゃくちゃ顔歪んでる自信あんのに。

ていうか、その前に、俺の右手を解放しろ。

仕方ねぇんで俺も床に膝をついて、座る。
マリモンは右手首に執拗な感心を示してるみてぇなんだが、迷惑極まりねぇ上に意味不明。先ず何よりも止血が先だと思うんだがよ。
俺は至極もっともな命令を、簡潔に、誰にでもわかるように(勿論藻類にもだ)発した。偉いね。俺最近植物とでも心かわせられそうな気がすんだよ。電波とか言うな。

「離せ」
「待て」

通じなかった。コイツはどうやら藻類以下だ。ダメマリモだ。
意識しなくても出るようになった溜め息が虚し過ぎる。

「………んだよテメェはよ。手首フェチじゃねぇってんならさっさと離せ」
「痛みは?」
「あ?」
「ないのか」

あるワケねぇ。俺が怪我ァしてんのは左手だ。それすらわかんねぇんだろうか、深刻な頭の病気だ。
マリモは眉を寄せて、なんか考えてるみてぇな表情。深遠な事を考える機能はサイボーグにゃ無い筈なんでどうでも良いケドな。

「だからなんだってんだよ!なんかあんのかよ気持ち悪ィな」
「───俺の銃を使っただろ」
「んだよ、別にいいだろ、一度くらい。………俺だって好きで撃ったワケじゃねぇ」
「…………そうじゃねぇんだ」

まさか持ち主を選ぶ呪いとかかかってねぇだろな………完全に否定できねぇから怖ェよ。
トイレ入った手で握ってたとかだったらぶっ飛ばすけど。
思いついて、反射的に右手を引っ込めた。意外にアッサリと開放される。

気絶してる丸オヤジの上着をリサイクルして、簡単にだが血止めをする。止血点を縛り、残りは包帯代わりに患部にぐるぐると巻きつけて。
そして、とっととココから(って何処なのかも実は知らねぇんだけど)逃げ出そうと、足を一歩前に。

くらり。

「……………」

がくり。

「……………」

くらり。

「……………」

がくり。

………よし見切った。
極度の貧血で、平衡感覚が危ういらしい。
使えねぇ………。
マリモも実は似たような状況らしくて、まさか俺を担いで逃げろなんて言うのは幾らなんでも鬼畜だろ。てか担がれる気もねぇ。乗り心地最悪だからなコイツ。

まあ、大体にして末路が見えてきたわけだけれども、もう危機慣れし過ぎてて動じなくなってるトコが一番ヤなカンジだよね。
実力ねぇのに経験だけ増やされてもゲームオーバーのチャンスが増えるだけなんですけど。

って。待てコラ。

野生動物には危機本能があるはずなんだが、小学生でもわかる事をわかってねぇヤツが居るってのが究極に困りモンだよ。

「動くんじゃねぇよボケ。死ぬだろ」
「ここに居ても同じだ」
「馬鹿テメェ、これ以上無理したら本気で死ぬぞ。こりゃ百パー善意の忠告だかんな」

サイボーグだってオイルが無きゃ鉄屑なんだよ。そこで錆びとけ。
今……今、何とかする方法を考えるから。ソレが人間様の仕事だろ。
場合によっちゃ、ギブ&テイクとか出来んだよ人類はさ。取引ってヤツがさ。
テメェは無駄に死ななくてもいい筈なんだからよ。

だから。

「………動くなって」
「煩ェ」
「人の言う事は素直に聞けよ」
「嫌だ」
「イヤってテメェなァ………」

幾らテメェのご自慢の筋肉でも、出来る事と出来ねぇ事がちゃんとあんだよ。
いい機会だから、知っとけ。

「乗れ」
「テメェは馬か。そしてアホか。どう見たって俺を運べるワケねぇだろそんなんで」

あんまりにもコイツが真面目腐った顔してンな事言うから、少しだけ笑っちまった。
ああ、痛ェな。痛ェ。痛過ぎる。
テメェが死ぬ思いして俺を担いでいかなくてもいいんだって。もっと良い方法があんだ。だからじっとしてろ。

「………………」

沈黙が、十秒くらい挟まって。
マリモの顎から、汗がぽたりと床に落ちた。
俺は油断してた。

ぐいっ

「っ!!?」

天地が逆転する。
一瞬後、床から一メートル半上から見る風景。腹に当たる、固い感触。

───って。オイ。

「テメェこの馬鹿ヤロっ!?ふざけんな!」
「暴れんな」
「暴れるわ馬鹿!!下ろせ!」

わかれよ。人の言う事聞いとけよ。無理したらいくらテメェだって死ぬんだって。
テメェが、そんなことしなくても。

いいんだ。


「───助かるっつってんだろうが!!」



押し殺した叫びに、返ってきたのは短い一言。
冷え切った三文字。


「馬鹿が」


「………んだと?」

その三文字に込められた怒りが、俺の首筋を震わせた。
担ぎ上げられてる俺に見えるのは、こいつの背中と腹巻だけ。
なんでテメェは怒ってる。なんで俺は言い返せねぇ?

マリモは、永久不変に変わらない物理法則を読み上げるように宣言した。


「お前は馬鹿だ」

「ふざけるんじゃねぇよ」
「お前は何もわかっちゃいねぇ。俺が、何もわかってねぇと思ってる」
「お前は馬鹿だ」

ああ。

「お前の命で俺の命乞いだと………?」

俺は。
下ろせって言った。
待てって言った。
助かるって………言った。

「そんなお綺麗さは傲慢だ」

テメェは。
見抜いてたのか。


「お前は俺を侮辱してる」


俺は、右手を振り上げた。













テメェだってさっき同じ事したくせに。
俺がなんであんなに怒ったのか、テメェだってわからなかったくせに。
三歩歩いたら全部忘れんのかよ鳥頭。
俺はテメェなんか嫌いなのに俺を助けに来たとか言うから。
そうやって俺を混乱させるから。
馬鹿みてぇに馬鹿な事するしかなくなったんだろうがよ。
手のひらの肉千切って、関節外して。
そんなん普通じゃやらねぇんだよ馬鹿。
俺を、助けに来たとか言うから。
じゃあ俺はどうすりゃいいんだよ。
ワケわかんねぇまま只守られてりゃいいのかよ。
クソふざけんな。

そんな類の事を叫びながら、背中を滅茶苦茶に殴りつけ、無茶苦茶に暴れて。

















気付きゃ、元通り床の上に這い蹲ってた。
マリモも似たような状況。なんで無駄に体力削ってんだよ。

数十秒、数分?かけて、呼吸を落ち着かせる。
場違いに静かな空気が流れて落ち着かない。

聞きたい事は、色々あんだよ。

テメェの馬鹿さ加減は、何処からくんだよ。遠い星の上か。


「………なんだってテメェは、俺のことを守るとかほざいてんだよ」