GO or STAY!






GO or STAY !





鼻が抜け目なく、クソマリモの手の届かない場所まで銃を蹴り飛ばす。
部屋の壁に跳ね返って、二つの塊は鈍い音を響かせた。

「…………………」

物凄い勢いで、頭の中を何かが駆け抜ける。
煮沸消毒の勢いで脳内温度上昇、一瞬後に下降。ペンギンが喜んで遊ぶくらいにはなったな。氷山が浮いてる。

鼻の人差し指が、ピアノの鍵盤を押すみたいに素早く動いた。

だぁん!

ぶしゅう、と腹巻の右太ももから血が噴き出す。
まるで、いつかの映画で見た、鶏の頸を掻き切るシーン。

バランスを崩した体が、その銃と同じように地面に倒れる。
どさっ、って。重い音を立てて。ああ、鉄は重いんだ知ってる。小学校しか出てなくても、それくらいは知ってるよ。

幾ら人間外でもまさか太ももに心臓はねぇと思うので、死んでるって事ァ全くもって有り得ねぇ。
丸オヤジはにやりと笑って小型拳銃を降ろした。
鼻に一瞥を投げかけて、銃口がピタリとロロノアをポイントしたままなのを確認して。
顎を摩りながらイヤな笑いを浮かべてマリモに近づいた。絶対的優位を確信した小者だけが出来る笑い。

うわ、またパターンやらかすつもりだ。
そんなん、もう充分なんだ。

目が乾く。
痛ェよ。

なあ、ソコに転がってる銃はなんなんだよ。テメェのじゃねぇのかよ。
丁寧に手入れしてた、アレだろ。テメェの命を守るモンだろ。
危ねぇだろこんなトコに置いといたら。持っとけよ、ちゃんとさ。こんなトコ置いてちゃいけねぇだろ。
なんで放っとくんだよ。
…………大丈夫、俺は錯乱して、ない。

なあ。
俺が聞きたいのは、どうやってこうなったかじゃねぇんだ。
これは、なんでこんなトコに落ちてる?どうして?どうしてこうなるんだ。
詳しい因果関係、只今全力で検索中。

「よくもやってくれたな………」

がっ

指と同じ、太く短い足でマリモの顎を蹴り上げる。
………俺の腕がぎしり、って鳴った。
がちゃり、と手錠が呻いて。

「畜生、この馬鹿が」

太くて短い足が。
何度も、何度も、何度も。蹴りつけて。
鈍い音が。響いて。鼻の眉が一瞬だけ顰められた。
いつでも引けるトリガーがそこにあって。
いつでも引けるんだから、いつかは引かれるんだなんて馬鹿でもわかる。

「───────」

ロロノアの目が、一瞬こっちを見た気がした。
気にするなと、唇が動いた気がした。

なんでだ。

なんでテメェはそんなに満足そうなんだよ。
吐き気が、するんだよ。

「なんだその反抗的な目は」

がしゃがしゃと、そんな音だけが俺と壁の間十五センチの隙間で盛大に上がる。
無意味な音だけ。

外れない。
外れない。
外れねぇんだよ。
なんでだよ。
外れろよ。
外れろってんだ。
なんでなんだよ。なんでなんでなんで。
なんでこんな事になってんだよ。

誰か教えろよ。なんで。

なんで俺は。
今こんなにみじめなんだよ。

「………ふん」

蹴り疲れたみたいで、オヤジが足を止めて呼吸を整える。
飛び散った血が、モダンアートみてぇに絨毯を趣味悪く染めて。
オヤジは遊びを終わらせて、足元のモノを見下ろした。

「それで貴様、何が狙いで此処に来た?」

ああ、よくある質問だね。俺も聞きてぇよ、ホントもうソイツなんなの。新種の馬鹿ってのはわかったよでもそうじゃなくて。
そうじゃあ、なくて。

応えには、あまり時間はかからなかった。
切れた唇を舐めてから、獣は声を出した。

「…………まあ些細な用事なんだけどよ」

ロロノアは本当に気軽に、まるでそれが当然みたいに、人に会ったらHalloって言うくらい気安く。
言った。

「ちょっとそこの馬鹿を守りにな」


なに、それ。


Joke?








馬鹿じゃねぇの。
いまどき少女漫画のヒーローだって言わねぇよ、んなクサイ台詞。

ここに居んのはお姫様なんかじゃねぇぞ?カンチガイ君。見ろよ、テメェに一発くれて部屋飛び出した、ぎゃあぎゃあ五月蝿くて口の悪ィ、ガキより物分りの良くねぇその辺にごろごろ居る只のヤロー、だぞ。
勝手に傷ついてテメェから逃げ出して敵に捕まったアホだぞ。
ほんっと馬鹿だな。この馬鹿。馬鹿。
俺ァ馬鹿は嫌いなんだよ。

面倒臭ェだろ。
怪我すりゃ痛ェだろ。
テメェだって撃たれりゃ死ぬんだ。

なのに。


なんでそんなになってまで俺を助けるの。





「………ふん、何処の組織に雇われた?」
「多分、言ってもテメェにゃわからねぇ」
「ふざけるなよ、あの男が狙いということは───そうか、『カルヴァドス』の」
「だからそういうんじゃねぇってんだよ、タコ」

ロロノアは至極呆れた風に言い放った。見事に丸オヤジのお気に召すカンジで。堪忍袋にダイレクトアタック。
ピキピキと青筋の浮く擬音が聞こえた気がした。いや、勘違いじゃあねぇと思う。

「そうか。大人しく吐く気はないか───ウソップ!」

丸オヤジが鼻に命令する。

「もういい、殺せ」

コロセ。

がちゃ
がちゃ
がちゃん
ぎしっ

コロセ、か。

まあ簡単だろ。
ソコの鼻が人差し指にちょいっと力を込めればいくらサイボーグでもちょいっと死ぬなァ。
んで俺は動けねぇし何も出来ねぇから此処でそれを見てるだけ。うっすら涙溜めちゃったりして、無駄にちょっと暴れて手に痛そうな擦り傷作ったりなんかして。

がちゃ
がちゃ
ぎっ
がちゃん

簡単に予想がつくね。

がちゃ
がちゃん
がちゃ
ぎぎっ

努力も虚しく目の前でスイカモドキ割り大会が開催されて、赤いのが爆裂四散しちゃったりして、丸オヤジが満足そうに笑って、鼻が銃を下ろして。
で俺は呆然としたまま、「嘘だろ……」とか言っちゃったりなんかして。無意味に叫んだりキレたり喚いたり?して。

で、それだけ。

ぎっ
がちゃん
がちゃ
がちゃん

馬鹿か。
そんなの。

がちゃ
がちゃ
ぎっ
がちゃん
がちゃ
がちゃん
がちゃ
ぎぎっ
がちゃ
がちゃ
がちゃん
ぎしっ
がちゃ
がちゃ

ごきゅ
ずるずるっ

ああ、スプラッタな音だな。誰も聞きたくねぇよな、こんなん。
空気に錆の味が混じる。

Very easy?

いいや。
でも、許さねぇよ。




ぼきり







体が壁から離れた。
そんで床から浮いた。

俺は右手に引っかかっていた左手の肉のキレッ端を放り捨てながら、宙を跳んで。
妙な雄叫びを上げながら突進。イイカンジに格好悪ィよ俺。

テメェに死んで貰ったって、俺ァちっとも嬉しくねぇんだ。

右手が、床に落ちてたソレを引っつかんだ。
肩が落ちる。片手で扱うには重過ぎる、その黒い塊。でも今は必要なんです。

「っ!!」

がぁん

ロクに狙いもつけずに(というか付けられねぇ、ってのが正しいんだけど)ぶっ放す。
何ビックリしてんだよキミタチ。我武者羅に引き金引くくらいは、多分小学校入ってれば誰だって出来る。ちょっと吹っ切りゃさ。
ちょっと頭を冷やして考えればわかる。どうすりゃいいのか。どう、したいのか。
手首に伝わる振動が重い。硬い棒で殴られたみてぇに、細かく震えながら痺れる骨。

がっ

半瞬後に上がる硬い音。
鼻の手から銃が吹っ飛んだ。

あれ?

Laaaaaaaaaaaaaaaaaacky!

これが今までの大不幸の埋め合わせですよ。
そう言われてもきっと信じる。めちゃくちゃに撃ったのが何故か綺麗な結果になったよ万歳大統領。
丸オヤジが仕舞った銃を取り出そうと胸ポケットに手を。
それを確認する途中で俺はその肉に取り付いて、引き倒す。
銃の尻で顎を殴り飛ばして、馬乗りになって。

Go!

後先なんて考えちゃいねぇ。
只、意識を置いて体だけが動くんだ。

がっ
どっ

喰らわせた膝蹴りで、オヤジの体はちょっと宙に浮いた。
勿論もうとっくに白目むいてる。手加減ナシで殴ったからなァ。
俺は脚を振り上げた。

ひゅん

綺麗に持ち上がった靴のつま先が天井をさす。

………え?

さあ。
倒れて気絶してるハゲあがったデコ、に。
ソレを振り下ろせ。
振り下ろして───


トテモ カンタンダ




頭蓋骨を、割る。







だぁん!

「っ!?」

銃声。びくっと体が引き攣って、硬直。ふと、我に返った。
銃声?
俺が撃ったんじゃあねぇ。勿論オヤジじゃねぇ。マリモは銃奪われてるし、残りは鼻。俺は無事。

───ロロノア?

「………………」

───振り向きゃ、銃を拾いなおして発砲しようとしたらしい(いやぁ、流石プロフェッショナルですね)鼻の手首を、腹巻がひねり上げてた。
弾、逸れたのか。
天井から漆喰の欠片が降ってる。ロロノアは鼻を拘束すると同時に腕で気管も締め上げてる念の入れよう(いやぁ、流石プロ以下略)。普通に立ってるし。

お兄サン、アンタ太ももに穴ァ開いてなかったですかね?

さっきのシーンは俺の幻覚ですか。そうですか。
鼻は数十秒じたばたした挙句に、がくり。ああ、見事にオチたなァ。腐れ腹巻は丁寧にその事実を確認して。
はぁはぁ、と荒い呼吸だけが部屋に響く。吐き気は、もう収まってた。

「…………………」

はあ、と息をつく。
俺は右手の銃を落として、つかつかと緑頭めがけて詰め寄った。
マリモも鼻を地面に落とす。

俺に向けられる険しい視線。寄せられた眉。
ああ、不細工め!

鼻先をつき合わせる距離。腕を振りかぶる。

がつっ

横っ面に衝撃。
畜生、ヤツの方がスィングが速ェ。

「がっ…………!」

殴りかかろうとして殴り飛ばされた俺は、背中から地面に着地した。
頭がくらくらする。貧血だ。切実に血が足りねぇ。
眩暈を後押しするような怒声が鼓膜を破りかける。切り裂かれるような、声。貫かれるような声。



「テメェは馬鹿かっ!!!」



ふざけんなふざけんなふざけんな。
なんでンな事言われなきゃならねぇ。

「じゃあテメェは馬鹿じゃねぇってのか?そりゃさぞかしご立派なクソ野郎サマだ!」

叫ぶんだ。喉が灼けるくらいにさ。
言いてぇ事があんだよ。

怒ってる。ああ、テメェは怒り狂ってる。俺の奥歯を欠けさすくれぇにだ。そりゃ良かったな。
キレても構わねぇよ、殴りかかれ殴り返すから。腕の一本でも折ってやりゃわかるだろうか。それとも噛み付いてやれば?

俺だって怒ってんだよ。



泣きてぇくらいに、怒ってんだよ。

簡単に死んだりしようとするな馬鹿。



勿論、馬鹿ってのはテメェ。
………それと、この俺。

わかってるか?ちゃんとわかってる?
クソ格好悪ィから一発殴らせろって、そういうコトなんだよ。





GO!