GO or STAY!






GO or STAY !





意識が白く濁る苦痛の中。首までどっぷりっていうか、むしろ頭上三十センチまで来てるって勢いで浸りまくり。
そもそも足首までの水深でも溺れられるほど人間って器用なんだからさ、結構至れり尽くせりな状況?要するに色々省略して死ねって事デスね、あーあ、遺言とかだけは責任放棄して好き勝手喋れる唯一のシチュエーションだと思ってたのに。あっさり見事に切り捨てられたわ。
多分窒息死が先だろな、幾らなんでもアバラ貫通して内臓破裂って事ァ………有りうる、この圧力だと。
あれ?アバラって折れたら肺に突き刺さる事になってんだっけ?漫画や小説じゃ確かそうなってた。

そんな二者択一、選べたところでどうでもいいじゃねぇの。って突っ込み禁止、泣くぞ。
どうでもいいことにこだわる所に人生って奴の面白みがあるんじゃねぇかなぁと思ったり思わなかったり。
まあ、そんな理由なんて建前なんだケドね。

だってそんなことでも考えネェと苦しいんだもん。

肉体的に?それとも精神的に?
そんな遠慮容赦のない質問には黙秘権を行使します。まだまだ俺を苛め足りないって?絶対Sだアンタ等。

───耳鳴り。頭の内側からのノイズ。鼓膜が膨れるような感覚がウゼェ。
べったべたに張り付いた空気が皮膚を押して、もれなく全方向から押し潰されるカンジ。

「…前は……だそうやっ……を惑わすのか」

んだよ、コーザ。
聞こえねぇっての、んな状況じゃねぇっての。わかってるくせに、ほんっと意地の悪ィ奴だな。

でも多分、俺に聞こえないのがわかってるから安心して喋れるんだろうなんて見透かしてしまっている俺の方が鬼畜かもしんない。
俺の言葉でアンタは揺れてくれた?
『関係ない』って鼻で笑えないくらいには、揺れてくれたかい?

アンタの顔が歪んで見えるの、只単に俺の視界が歪んでいるせいだけなのかな。

「俺を……えてもいないくせにっ!!」

Sorry.
謝るよ。

何も知らないくせに俺はアンタを哀れんでるし、傷つけてんのは確信犯だ。悔しいかい、COLLなヒール。
コーザの声に、憤りの成分が混じってる。自然に浮いてくる微笑。逆効果(当たり前)だったみたいでこれ異常ないと思っていた圧力のレベルが上がる。あっさりリミット切ったね、3、4、5、6………ぎゃあ。
ごみ収集車ってあるじゃん、あれに放り込まれていくゴミの気持ちが今わかりかけてる。人類はここまで進歩したのか。このまま行けばそのうちマリモともフレンドリーになれるかもしれん。でもぶっちゃけヤだけどな。そんなリスキーな能力。
空気を求めて、勝手に喉が喘ぐ。でも肺は伸縮してくれない。今なんかごぐりって鈍い音したよ兄ちゃん。

だから優越感じゃねぇんだよ、これは。わかってもらえてねぇと思うけどさ。
声が出せねぇんだから、それくらい気合で汲み取ってくれ。イヤまあぶっちゃけ無理だろうけどね。
んな焦んなくても、俺逃げられやしねぇのに。

苦しいよ。
目の奥が熱い。なあ───どんな気持ちだ?

「………………!」

悪ィ。ホントにもう何も聞こえない。

謝る。
謝る?

───ささやかな、違和感。
その相手は、他にいるような気がする。他って?俺にゃもう誰もいないのに?
ああ、これから探しに行くんだったな。

ざざざざ、ざぁざぁ。
頭の中にノイズが走る。気持ち、悪ィ。全部ぐちゃぐちゃだ。

白い光。


あ、あああ。

あ!!









『ああ、約束だ』










+++ +++ +++













+++ +++ +++







「おや、生きていた。随分丈夫だね」
「悪運が強いだけでしょう」

うっわ、クソ不快な目覚め。
この二十四時間の間に経験した目覚めはこれで不快4、快0。クソ統計だ。

目の前大写しで、脂ぎったオヤジの顔。三日月形の目と唇。何故こんな物体がこの世に存在するのか、俺がGodだったら俺法律で即死刑だ。
イヤ嘘、嘘だ悪ィ。アンタも好きでそんな顔なんじゃないんだモンな、オヤジ憐れみの令とかあってもいいよな。

「またそんな憎まれ口を。勝手に殺してしまってたら懲罰モノだよ?私に感謝してほしいものだ」
「わかっています」

丸々とした手が視界を掠め、だんだんとアップになってきて───ヤな予感。
ふざけんなテメェ俺に勝手に触んじゃネェよ。
と言ってやりてぇ、でも胸が痛ェ(イヤ青春のトキメキとかじゃなくてな)。ダメージ甚大、マジで声も出ねぇ。

「命令変更の理由を聞かせて貰えますか」
「おや、君がそんなことに興味を持つとは珍しいね」

太くて毛の生えた指。気色悪ィ性転換して二十歳若返って出直せ、触るな触るな触るなったら!
瞼をつままれ裏返される感触、生理的嫌悪感にぞわぞわっと震える背筋。けどそれだけ、抵抗にもなりゃしねぇ。哀れ俺。

「一度は早急に始末しろと。しかし拘束命令になった」
「このまま単に消してしまうのは惜しいのでね。サンプルだけでも持ち帰ろうかという話になった」

…………絶対に内容理解したくない会話が繰り広げられてるような。
サンプル≒標本≒実験っていうワケのわからん方程式を今なら手取り足取り丁寧に理解出来そう。
最悪×最低=お先真っ暗。小学生でもわかるね、こりゃ。

「体の方は少しばかり傷ついていても問題ないからね」

俺の腕、脚に視線が移るのがわかる。怪我をした箇所か。
ああそうですね、既にキズモノだよ俺。スイカだったら不合格のシール貼られて価格七割低下だよ。
誰のせいとは言いませんが。

オヤジの片手には煙草。火ィ点いてるけどまさか俺に押しつける用じゃねぇだろな、イヤ根性焼きとか今時流行らないから出来れば止めて下さると嬉しかったりいたします。
ふう、という吐息とともに顔に当たる風圧。

「………ぅげ」

鼻先にかかるそれに込み上げる吐き気。受け付けねぇ臭いなんだ。マジ勘弁。
さっきの踏みつけ攻撃のダメージもまだ全然回復してないみたいで、視界も混濁したままだし。
気持ち、悪。吐く。吐くー!

「手早くやってしまおう。手術室へ運んでくれ」
「はい」

………。

ちょっと待て。
いやかなり待て。
俺は健康に関してはかなり自信があるワケで盲腸の手術すらした事ねぇってのになんだ今のナチュラルな会話の流れ。むしろ不自然だろそれ。
全力で抗議してぇんだけど今口開いたらなんか違うモンが出そうだし手錠はされたままで身動き取れやしねぇし取れたとしてもダメージ甚大なんで碌な事ァ出来ネェしきっとスイカみたいに転がるだけ、ワァオ俺すげぇダメダメ?

壁か何かに固定されてる手錠を外そうと、コーザが身をかがめてくる。イヤ外してくれんのは有り難ェんだけどさ、手術室行くくらいならココでおとなしく全力で瞑想でもしてたいなァ、なんて。今なら無機物より大人しくする自信あるよ俺。

「………………」

腕の動きが止まった。まさか俺の願いが通じたの?ってンな事あるわきゃねぇし。わーい、自分突っ込みスキルが加速度的に上昇してる勿論嬉しくねぇ。
腕の向き変えてスーツの胸ポケットに手ェ差し入れて、出て来たのは小型の通信機器?当然振動してる真っ最中なワケで。
無言でスイッチ入れて耳に当てるコーザに、若干の期待。これでアンタ恋人からのラヴコールだったりしたら泣かすぞ?てか泣くぞ?

相手の声は聞こえねぇ。けど、コーザの眉がやや寄せられてる。
ええっともしかして実験中止命令デスか?それとも開放命令?(この状況でも楽観的予想の入る余地アリってのが俺の長所)。

軽い舌打ちと共にコーザのコートが翻る。だからいちいち格好つけんなっての。

「どうしたのかね?」
「いえ。すぐ済みます、ここでお待ちください」

アンタそれ答えになってネェよ。
コーザ的には今ので会話は終わったらしく、すばやい動きで部屋を出て行った。何なんだ一体。
全然おさまらねぇ吐き気を堪えて一息ついた、その瞬間を狙い済ましたように───

どぉおおおん

爆音?
………ホントに何なんだ一体。

「な、何事だ!?」

物凄いセオリー通りの(でもそれ以外に言い様がない)台詞を吐きながら、丸オヤジが椅子から立ち上がる。中腰になって、何がわかるわけでもないだろうにきょろきょろする無駄な動作、イヤこういうの見ると気分が落ち着くんだよ小物Aの証拠だからさ。シンパシー感じられるし。

オヤジはそれを二、三度繰り返してからやっと椅子に戻った。
でも、それによってしん、とあたりが静まり返ったのは数秒間で。

がうん、がうん!

聞き覚えのある音、というか不本意ながらも刷り込まれてしまった音が鼓膜を殴りつける。畜生またか。
もしかして、という想像が一瞬過ぎった。イヤでも有り得ない、有り得ないんだって。
ホントに有り得ないんだからさ。夢見るの止めようぜ?
そもそも、そんなんあっても困るしさ。

どん!がぅんっ!

だんだん近づいてくる、物音と罵声、銃声。ひっくるめて騒音。
ああもうヤダヤダヤダ面倒臭ェ事になりそうだよ、今以上にな。

「一体───!」

丸以下略のスライム並みの精神防御力はとうとうゼロになったみてぇで、わたわたと扉に駆け寄ってく。
馬鹿だなァ、アンタ映画とかだと碌な事になんねぇんだぜ、そういう行動。
ヤメロ、と言いたかったけど喉からヒュウって息が出たダケ。笛かよ俺は。
だからヤメロって───頭痛ェ。

がちゃ

「ひぃっ」

予想通り、何事かあったみてぇで丸オヤジはどすんとその場に尻餅をついた。
死角になって見えねぇ扉の影からにゅう、と突き出た腕。先に握られた銃はブレもせずピタリと禿げ上がったデコにポイントされてる。
その腕に伝っている赤いものは、トマトケチャップじゃなけりゃあ血だろう。
丸オヤジが泡を吹く勢いで口をパクパクさせてる。ナイスリアクション、学芸会でカニの役はアンタのものだ。

「ロ、ロロロロロ………!」

だからヤな予感がしたんだって。

「退け」

黒いブーツが閃き、オヤジの顎を蹴り上げる。
丸オヤジは軽い悲鳴を上げComicみてぇにコロコロ転がって俺の右斜め前で停止した。Luckyだね、アンタそれ殺されない方の脇役Aってカンジの転げ方。
緑カビサイボーグは大きいストライドで部屋の中に入ってくると、俺の方に首をめぐらせた。ああ、何時間かぶり。マリモは変わってないみてぇでとてもとてもとても残念だよ。頭の毛全部植え替えてから面ァ見せやがれ。
真っ直ぐこちらに向かってくる腹巻を、俺はぼんやり見上げた。

緑色が薄汚れてる。
右肩から血が伝ってる。
大小さまざまな擦過傷がある。
テメェもしかして迷子になってここに迷い込んだワケ?………なんて、幾ら俺でも言わねぇよ、このタイミングじゃな。

「………………」

何か言おうと思ったがやっぱり声にならなかった。
このムカつきは勿論吐き気だけのせいじゃねぇ。
ナニ、アンタこれからこの手錠を外してくれちゃったりするわけ。んでこのお荷物を抱えてココを脱出しちゃったりするわけ。

ふざけてんじゃねぇ。



なあ。
誰が助けてくれって言ったよ。




がんっ


行き成り緑頭がよろめいて、血がしぶいた。
廊下から射撃されたんだろうと俺の脳みそが判断するより早く。

ぎらり、とその目が尖るのが、はっきり確認したわけじゃねぇのにわかる。
獣、の目だ。なんて使い古された表現だと笑っちまうけど、それ以外になんていうのかわからねぇ。
よろめいた勢いで半回転し、ロロノアは両手を水平に挙げた。よく見りゃ左手にもゴツイ塊がある。

タフだね。

部屋の中に転がり込んだ第二の人影も、その瞬間にはロロノアにぴったりとポイントしてた。
手練なんだろうソイツは………鼻だった。俺がココで目ェ開けて一番に見た鼻だよ。その時はいかにも普通そうな寝惚けた印象で。あどけなさすら感じさせる年で。
でもやっぱりコイツもやっぱりアレだったんだなァ。知ってたけど、さ。

ぴん、と、薄いセロファン張ったみてぇな感覚。
テメェら、あれだろ。相打ちになる気ねぇだろ。
相手が撃つ瞬間を見切ってかわして、それで撃って勝つか。それとも先に撃ってかわされずに勝つか。そういうカンジ?イイね自意識過剰で。なんで俺この状況で実況中継してんのかわかんねぇけど。でも。

薄い刃一枚の上に成り立つ微妙さ。相手の呼吸を計り、慎重に先を読む。
クソマリモ。我慢ってコトバ、覚えたんだなビックリだ。

緊張。
沈黙。
静止。

吐き気を堪えながら、出来るだけ音を立てないように唾を飲み込む。頭の芯は揺さ振られたまんまで、首を据わらせとくのが辛ェ。でも見なきゃなんねぇ。
───視界の端に何か動くものが映った。

伸びてくる、手。毛の生えた短ェ丸い指。
そうだ、そういえば。

………ちゃんと気絶させとけよ馬鹿。

「動くな!」

イヤ動いてネェよ。十秒くらい前から誰も動いてなかったよ。

でもこういうのってセオリーだからやっぱ言わなきゃダメなのか。
丸オヤジは哀れなほどにどもりながら小型拳銃を俺に突きつけてる。慣れてねぇのバレバレだよ、俺の方がまだ余裕あんだケド。

オヤジの目線はロロノア。
でもマリモの視線は鼻にピタリと据えられたまんまでこっちに振り向きもしねぇ。オイオイ当てが外れたなクソ野郎?

それでイイ。

満足してゆっくりと深呼吸。肩の力も抜ける。
Very good.

「じ、銃を捨てろ!」

セオリー台詞第2弾。イヤ、この丸オヤジの吐く台詞全部セオリーだからコイツの人生的には第3921851弾くらいか?
どうでもいい予想をしながらも俺は冷静。
せっかく言っても誰も聞く耳持ちゃしねぇっての、何の役にも立たねぇ行動だって気付いたら、このオヤジも冷静になるだろ。
俺がホントに殺されるかどうかは運だな。今絶好調に低迷中の運に頼るしかねぇ。後重要なのはオヤジの興奮度か。
まあ俺的には、精々後は静かにして、この二人の勝負を見守るくらいしかやる事ァねぇし───



どっ。



…………は?



ぼすっ。




絨毯の上に転がった、二丁の拳銃。




俺は一瞬吐き気を忘れた。

なにがおこったのかよくわからなかった。






GO!