GO or STAY!






GO or STAY !





本格的にヤバイですねェこの状況。どうですか解説のデイビスさん?

俺はのん気なカンジで危機を感じてた。
命の危険ってのに慣れすぎちまったこの自分が一番ヤバイのは誰に言われずとも知ってるから黙っとけ。
てか、なんか俺、今なら悟りとか開けそうだよ。見よ、この澄み切った心の境地。このまま成仏する用意は不本意にも完璧だ、精神的にも肉体的にもさ。

「……………………」

コーザはゆっくりとコートの裾を翻し、死神の顔そのまんまで近づいてきた。
視線の位置を合わせるためか俺の目の前にしゃがみこむ。

野郎と面付き合わせるってのは別に嬉しいイベントじゃねぇ。そもそもそれが恐怖の俺の命奪い取り機だったりしたらもう最低最悪の二十乗ってカンジで、しかも俺今存在意義すら吹っ飛ばされて中身ぺらぺらのカスだし、人に迷惑は散々かけるわ体は痛いわ拘束プレイに強制参加だわでもう廃人寸前、これ以上何をどうすりゃいいのかもわかんねぇ、これ以上何をどう不幸になりゃいいんだか神様教えて助けてくれ───って。

いや、もうどうでもいいんだケドさ。

くだらねぇ。
俺は今、多分そう感じてる。ぶっちゃけりゃあな。

コーザはじっと俺の瞳を見つめ(何を考えてるんだか知らないが俺の得になることじゃねぇのは確か)、俺はコーザのサングラスの奥のガラス玉を見ていた。
つるつるの表面、奥なんて見えない。色ガラスに阻まれて只の暗い穴にも見える。

何秒、何分そうしてたんだか、俺はふと口を開く気になった。
どうせ俺の人生終了まで残り何分あるかないかだろうし、それなら今から俺を殺す男とちょっとコミュニケーション取ってみてもまあ罰はあたらねぇんじゃねぇ?ってかむしろこの特殊シチュエーションを少しでもエンジョイしねぇとなんか悔しすぎる。コイツだって気まぐれに何秒か割いてくれるかもしんねぇし、まあアッサリばっさり切り捨てられてもそれはそれで構わない(そういうトコが思いつきって奴の長所だ)。

「なあ」
「なんだ」

意表を突かれるほど素早く答えが返される。なんだ意外とフレンドリーな奴なのか。
だからどうってワケじゃねぇけどさ。友達になれるワケもねぇんだし。
全てにリアリティがなくなっていく。

世界の全てに、『関係ない』ってレッテルが貼られていく。
そういうのって、どんな気持ちかわかるか?

「俺を殺すのか?」
「ああ」
「いつ?」
「気が向いたら。だが今日中には」

Good job.

何故、と尋ねる気はもうネェよ。
理由を知ったところで、俺は。俺の死に意味があろうがなかろうが、もう本当にどうでも良かったりする。
今朝の俺は必死だった。死にたくなくて意味もわからないままヒステリー状態に陥るしかなくて、そんでお中元には不幸の詰め合わせセット。無駄に絢爛豪華なのを食らって、世界の悪意を一身に受けてた。そう感じてて、混乱しながらかなり泣きそうにしんどかった。
叫びながら悶え、何かを訴えては傷ついてた。ジェットコースターの数百倍は起伏が激しい人生にいきなりdive。ワケもわからないまま。

でも今の俺は不幸か?


お れ に は も う だ れ も い な い 。


守るものなんて何もない。
帰る場所もない。俺を惜しむ人もいない。
ちょっと寂しいってのは勿論ある、でも、今の俺は、別にしんどくはない。

これは不幸なことだろうか?

「なあ」
「なんだ」

コイツもそうかな。
聞いてみてェ。もうすぐ只の蛋白質になる俺は、ちょっとした思い付きを実行するのだ。
多分手錠かなんかで拘束されてる手首が、じんじんと何か喚いた。完璧に無視。悪ィな、今更自分のことなんて思い遣れネェんだっての。

さあ、『いかにも自己を省みず生きてます』君。あんまり気の聞いた台詞思いつかねェんだけどさ、良けりゃ答えてくれよ。
アンタは。こんな世界に生きてるアンタは。

「俺を殺しても、アンタには何もダメージねぇのかな」
「ああ」
「悲しくない?」
「ああ」
「苦しくもない?」
「ああ」
「アンタ、自分を不幸だと思ったこと、ある?」
「いや」
「………アンタ、完璧だ」

俺はそう言った。何故か笑みが零れる。
視界が歪んで、コーザの顔が薄れた。

生き急いで、すぐにでも何処かへ行っちまう。コーザはそんなカンジの雰囲気で、まるで銃弾みてぇだ。
この男の背に纏わり付いて、何が何でも引き止めるものが、ない。
俺じゃなく、自分の死について聞いたって、きっと同じように答えるに違いネェよ、この男は。
何にも執着せず、何にも執着されない。

ガラス玉。
透明で、つるつるで、落としても割れたりはしない。
引っかかりがなくて、何処までも転がってゆける。

………あの野郎なら、どうだろな。この男と同じ世界に生きてる、あのクソ野郎。
なんか随分懐かしい気がすんだが、そりゃ全く持って気のせいだ。つい何時間か前だマリモを殴ったのは。
俺はそんなことを考えて、何故かまた違う種類の笑みを唇に乗せてみる。

『関係ない』

俺はコーザのことを、最初、不幸だと思ってた。
でも。

「……も……ない」

喉の奥でもごもごと呟く。
コーザは聞き取れなかったらしい。ガラス玉はちっとも揺れない。

俺は微笑んだまま。
こう言った。

コイツが欲しがりもしない言葉を、くれてやった。




「アンタも今の俺も、ちっとも不幸じゃないね」




わかっちまったんだ。
コイツも今の俺も、ちっとも不幸じゃない。
そういうトコから違うところにいんだよ。もう、何も届かないトコにさ。

For example.
俺はコイツを可哀想だと思ったが、コイツはそんな事夢にも思ってなくて。
その生き方が他人にどう映ろうが、そんなものも気にしてねぇんだろう。

コイツは、ちっとも痛がっていない。
自分と他人、世界の全てに、『関係なく』なる事を。
ちっとも、痛がってない。



じわり、と何かが染み出す。
どこか奥の方から。瞼が滲む。

何も持たず。何も囚われずに。
悩むこともなく辛いこともない。守るものもなく失うものもない。


真っ白だ。
何も怖くない。何だって出来るだろう。
そう、何だって迷いなく。

誰にも引き止められず。
誰にも遮られず。


何処までも転がって。



「………でもそれだけだ」



ガラス玉。



「それだけでどうやって」



背負うものなく、引き止められもせず。何をしても何処へ行っても構わない。
そういう風に自由なことが。

格好良いって、言えるのか。


どうやって。
どうやって。


視界は、歪みすぎて、今にも溢れそうで。
胸に何か満ちて言葉にならない。

目を閉じた。


惜しくもない命を。
どうやったら捨てられる。

そんなん、格好悪すぎるだろ。


俺は。




俺はその痛みを。
もう一回、どっかから拾ってこなきゃならない。




ゆっくりと瞼を上げる。
今度ははっきりと見える、コーザの顔。
鋭くて、鋭くて、鋭い。
猛禽類にイメージが酷似したその顔。

「…………アンタは完璧だ」

俺はまだ微笑んでいるだろうか。


「完璧に、無様だよ」












がっ!

コーザは、何か懐かしいものを思い出すような表情をしながら、容赦なく俺の口を塞いだ。

「………言い忘れていたが、俺はお前が好きではない」

顎が砕けるくらいの力(実際ごきり、と鳴った)が、俺から会話能力を奪う。
コイツ絶対ェ素手で胡桃割りとか出来るな。
そう思ったのも束の間、コーザの手はあっさりと離れていく。

どぼっ

「がっ…………!!」

Bye-bye.
ハイな掛け声を上げて肺の内容物が残らず逃走。見事な俊足。
壁とコーザのブーツの底に挟まれた俺の体は、掃除機で空気を吸い出した後の袋に入ってる布団の状態にかなり近い。
悪い予感はここぞとばかりに外れねぇワケで、やっぱコイツはS。
今度は違う理由で霞む視界、俺は男を無意識に見上げた。

「お前は嘘ばかりだ」

んな事言われる筋合いは欠片もねェ筈だが、反論は不可能。
ぎりぎりと押し込まれるブーツ。
押し人間になる趣味は全くないんで速やかに辞退を申し出てェんだケドさ。それ以前に、呼吸が、出来ねぇ。

「っ……………!」

手錠が手首と背中に食い込む。
頭が締め付けられるように痛み、肋骨の歪む聞きたくない音が皮膚を振動させる。
間抜けな魚のように、口だけをぱくぱくとさせている俺は、やっぱり間抜けに見えんだろうな。
後頭部から深い穴に吸い込まれていくような感覚。
ぼぎ、と聞きたくない音が響いた。
有り得ないほど歪み白濁した視界に、でもまだ何か映ってる。
銃弾みたいな、男。


コーザ。
アンタは不幸じゃねぇけど、アンタを見てると泣きそうになんだ。

痛みを感じねェ生き物がいたって、そいつが傷ついてねェワケじゃあ、ネェだろ。
アンタは架空のムービースターじゃネェだろ。
どうして、そんなに。



死ぬな、って言ったら死なないでいてくれれば、少しは可愛げがあるのに。





GO!