GO or STAY!






GO or STAY!




OK、理解した。物分りは悪くねぇよ俺はさ。多分だけど。
こんな時って「後ろ頭ぶん殴られたようなカンジ」だって聞いてたんだが、まあおおむねその通りだった。むしろ冷蔵庫でぶん殴られたようなカンジがする。
ショック。衝撃。インパクト。言葉には物理的影響力があるんじゃないかと常々思ってたよ。だが想像と体験とは実際別物だ。

「………………」

俺は───俺は数秒だけ、自分に時間をやった。「あら、固まっちゃった。ごめんね冗談よ、本気にするとは思わなかったの」っていう台詞を待った。当然のごとく数秒は無駄になった。
や、知ってたんだけどね。マキノさん、そんな悪趣味なこと言うレディじゃねぇんだ。そんなことで、人をおちょくる人じゃねぇんだ。
ああ、わかってる。

───ホントに救いようのねぇトコまで来たんじゃねぇのか俺は?

これでもう決定じゃねぇ?
俺が死んだって俺以外に誰ひとり。
困ったり悲しんだり泣いたりしねぇんだってさ。ヤな現実見せてくれるよ運命って奴ァよ?
人生の価値がそれで決まるってんなら、俺のは最安値だ。叩き売りでもしたら誰か買ってくれるだろうか。
あーあー暗いねまったく、俺ってこんなキャラかよ?もしかして「精一杯力を込めて俺に悪意をぶつけましょう週間」とかどっかで始まってんのか?

「え……大丈夫ですか」

半笑い半泣きの顔で固まったのを流石に心配に思ったんだろう、マキノさんが俺の肩を軽く揺すった。やわらかい動作で。
ぐちゃぐちゃになった店にも構わず、まず俺を。本当に、それが自然な感じで。
うん、優しいんだよ。ちっとも変わらず、この人はね。
でもこの心配もさ、俺に与えられたモンじゃねぇんだ。

サンジじゃなくて、見知らぬ怪我した厄介事と二人連れの他人にも、貴女は優しくしてくれんだよね。

でも俺は今、そんなモンが欲しいワケじゃねぇみてぇで。
うん、選り好みなんてしてられる立場じゃねぇよ俺はよ?ヒガミじゃねぇかよダセェな。わかってるから、黙っててくれちょっとだけ。自分で自分に言い聞かせる。

事情理解、ってのをする努力を俺は放棄してた。
だって、だってさ?そんなん、考えてられるワケ、ねぇじゃん。
はっきり言って、もう何もかもやってらんねぇ。

大体さ、俺なんかもうダメっぽい。
目の前白くて、マキノさんのかわいらしい顔だってよく見れねぇ。気ィ抜けちまってもう、どこにも力はいんねぇ。貧血だなこりゃ、ほっときゃ一日くらいで死ぬかもね。頭くらくらする、四百ミリリットル献血を十回連続でしないと味わえない感覚?やろうと思っても出来ねぇけどよ。
人間って簡単だよ、こんなことくらいでもう気力ゼロ。

どうでもいい、って思っちまったらどうでも良くなるんだ。思い込みで火傷できるくらいだもん、妙に小器用だよホモサピエンス。
ダメかね?ま、ここで死ぬのだけは迷惑かかるから却下だな。
まったく卑屈だ、厭になるよ俺が一番ヤだよこんな俺はさ。でもな、坂道でこけたら下まで転がってくのがお約束って奴だろ?この場合はさらにマンホールの蓋も開いてるって念の入れよう。盛大に呪われてる。

そうだよなァ。
だって────

「俺を殺したいんだろ?」

夢見心地ってほど気分のいいモンじゃねぇけど、俺はぼんやりとした意識の中でそう言った。
霞む視界に映るのは、もう、気立ての良い彼女じゃなくて───
全然違う、知らねぇヤツだった。

じっと俺の顔を覗き込んで。
マキノさんの髪はこんなちぢれてねぇし。
マキノさんはもっと大きな潤んだ瞳だ。

でもまあ、俺はそのあたりを不自然だとは思わなかった。

そいつが俺の言葉に頷いたのかそうじゃねぇのかも確認できないまま、酷い衝撃が俺を襲った。
これは多分───心理的なモンじゃなく───

電気ショック?

………まあ、冷蔵庫よりはマシだろうか。



今度目が覚めたときは、どんなシーンが俺を待ってるんだろう。
これ以上酷い場所に突き落とされるくらいなら、とかちょっと思ったが。

…………でもやっぱり、目覚めたいかな。




+++ +++ +++




俺は夢を見ている。
何の夢かなんてわからなくなったしどうでもいいけど、確かに俺は。

夢の中で。

約束、したんだった。

破りたくねぇよな。
俺は確かにそう思った。夢の中で、きっと。




+++ +++ +++




今日何度目かの覚醒を迎えた俺を出迎えたのは、細長い肌色の物体だった。
焦点がぼやけてて輪郭はっきりしてねぇんだけど、まあとにかく細長くて肌色だ。

無意識に手を伸ばして掴もうとしたが、がちゃり、とどこかで味も素っ気もない金属の擦過音がしただけで、手は動かなかった。

うまく回転しねぇ脳みそを叱咤し、まずは焦点を取り戻す努力をしてみる。
十秒ほどかけて、まずは目の前の物体の把握。

「ああ、鼻」

それは鼻だった。多分。
まあ、二つの目の間のやや下、口の上についてるから、鼻なんだろな。

「な………」
「鼻だな」

淡々と断定する。
でもやっぱりちょっと疑問がわくな、この形状。

「鼻か?」
「おい」

確認しようとしてもやっぱ触れないんで、近距離にあるくせに見難い(や、近すぎるから見難い)物体は凝視するに止める。
動いてんな。うん。

「いや鼻だ」
「……………」

溜息のような音が聞こえた。間近で。でもきっと空耳。ワールドイズ鼻。
俺は分析結果に満足した。でも朦朧とした意識の維持も疲れるんで(しかもやった事と言や鼻の確認だけ)、まぶたを引き摺り下ろそう。
けど俺は耳を閉じられる程器用なワケじゃねぇことをうっかり失念。しかもそりゃ致命的だった。

「───コーザ、何なんだよコイツ」

がん。

俺の脳天に、小型だが再び冷蔵庫が降ってきた。
一瞬にして意識がはっきりと覚醒する。
コーザ?コーザってあのコーザ?むしろ俺の不幸の代名詞その2のことか!?

じゃなんで俺死んでねぇんだ。

かっ、と目を見開く。
今度俺が認知したのは鼻だけじゃなかった。

とりあえず、鼻からレベルアップして顔を捉えることが出来た。人間はこうして進化していく。
黒い縮れた髪。黒い丸い目。
顔だけ見れば、何の変哲もない少年。鼻はそれを補ってあまりある特殊さだが。
普通の一般人代表ってか、善人ってカンジ?

でもま、やっぱし。コイツもアレなのかね?アレってわかんねぇけど。

イヤ今高速で理解しなきゃなんねぇのは違う、最優先事項はヤツだ。
俺はぐるりと辺りを見回した。幸いなことに、首はちゃんと動いた。ささやか過ぎる幸せを噛み締められるのが不幸絶好調なときの特権か。

乾いた砂色の髪が目に入る。
極限まで険しい目つき、額から斜めに走る古い傷。
俺から少し離れた壁に、寄りかかって、こっちは見てねぇけど何それどっかのポスター?ってカンジに決めてて。ああいるよな、何やっても絵になる奴っているよな、畜生馬鹿阿呆、この差はなんなんだ。

俺が自然見上げる体制になったことから察するに、俺は地べたに尻餅ついてべたんって座り込んでんだろう。幼稚園児みたいに。何か状況理解に激しく手間取るが、それもまた幼稚園児並み。
てか、コーザだよやっぱコーザ、勝手に俺を襲撃してきた殺意満ち溢れ不幸人生コーザ。同姓同名の別人ってカンジのラッキーが起こりうるワケねぇんだ、限りなく最高に運勢低迷中だから、俺。

てか、コーザもそうだが。
ここはどこですか?

ものすごい殺風景な部屋。断じてプース・カフェではない。
だけどまあ、壁紙が張ってあって床に絨毯が敷いてあるだけどっかよりはマシ。
状況理解に勤めた途端、救心が必要なくらいに動悸が速くなる。
うんうん、理科の実験、解剖前のカエルが状況理解できたら多分こんなカンジの気分なんじゃねぇ?
今日の俺って特殊シチュエーション満載、もうマニア向けだよ絶対ェ。

「……………」

コーザはふいと目を開けて俺を見ると、鼻に向かって顎をしゃくった。
奴らは簡単に意思疎通し、鼻はひょいと立ち上がって部屋を出て行く。

扉をくぐる瞬間、ひょいと振り返って。

「あんまイジメんなヨー」

不吉な予言を残して去るんじゃねぇ、鼻。




GO!