GO or STAY !






GO or STAY !




苦しい。

喉の奥が苦くて、息が出来ない。
精神的にも肉体的にも、かつてないほどにボロボロの筈で。
痛みは感覚ではなく情報として認識される。目に入るのはたった今押し倒した男の驚愕の表情。
クソくだらねぇモン、見せんなよ。

俺は別にキレたワケじゃねぇんだ。きっと事態も八割程度は認識できてる。
特攻って奴、してんだって。当たって爆裂粉砕だって。天国への階段三段抜かしだ、スゲェや。
ええと。自己犠牲とか、責任とか。そんなんで誤解しねぇでくれよ、俺は。

好きでこんなこと、してねぇんだ。

当たり前だけど死にたくねぇ、痛ェ思いもしたくねぇ。殺意を抱かれんのは御免だし、惨めな死体なんざ晒したかねぇ。
自分が腹くくって気合入れてなんとかすりゃ物事がすべて上手くいくってのも信じてねぇし、さっきみてぇに誰かが来て助けてくれんだろって幻想も元から持っちゃいねぇ。
俺は普通死なないんだとか、そんな常識はもう今朝とっくに覆されたしよ?
はっきり言って、嫌だぜ?
心のそこでは、ちゃんと無駄だってわかってんだ。俺が、どんなにどんなにどんなにどんなに頑張ったって、もしかしたら、守れないかもしれないって。むしろ、守れない確率の方が高いって。自分のせいで人を巻き込んで、落とし前も付けられないまま死んじまうかもって。
死んでも守る、そりゃ言うのは簡単だ。
こう言い換えてもいい。頼む、俺が死ぬからこれは守らせてくれよ。

厳しいね。

God, 命を懸けて、叶わない願いなんてあるかい?
返事はコレだ、「あるに決まってんだろ」。

なあ、こんなこと、したかねぇんだよ。
こんなシーンのこんな主役なんざ、はりたかねぇんだよ。
俺は。自分の気持ちくらいはちゃんとわかってると思いたいね。

俺は、こんなことしたくなんかないんだ。

じゃあ何でしてるのか?
逃げないで馬鹿みてぇに突っ込んでって撃たれて押し倒して殴りつけてもうすぐ蜂の巣っぽく死ぬ。こんな道、選んでんのか。
理由があるからだ。したくねぇことしなきゃいけねぇ、理由があんだよ。

振り下ろした男の肩に食い込んだ破片は上等そうなそのスーツの生地にだいぶ食い止められ、肉に刺さりはしたがむしろ俺の手のひらを切った。
男がもがいてその反動が腕を。足を。胴体を這い登って。

ああ、やっぱり怖いんだよ。死ぬのも痛いのも怖ぇんだよ。
キレて自棄になって、だからなにもわからずこんなことしてんじゃ、ねぇんだよ。

Listen.
死ぬほどビビってるから。怪我してるから。何が何でも生き延びて生き延びて泥を啜っても生きていたいから。
ここで俺が立ち向かっても無駄だから。彼女と俺が死ぬより俺だけでも残った方が小学生の算数並みの正解だから。
そんな英雄気取りは似合わないから。愚かだから。とにかく絶対ェ嫌だから。
だからって、だからってさ。

守ることを、守ろうとすることを、放棄したら。



なあ。
それは俺か?



それで生き延びるのは、俺か?
そのまま逃げ延びるのは、俺か?

単純なことなんだ。
深遠な答えなんてありゃしないんだ。

なあ、自分の意思で心臓の動きを止められるかよ?
傷口から流れる血を止められるか?

同じことだろ?



俺は。

俺以外には、なれやしない。






どぼっ!

押さえつけていたはずの男の膝が外れて、思い切り腹を蹴り上げられた。
吐き気と空気が一緒になって喉から垂れ流される。

腹が浮き上がり、不本意だがもう少しで額がぶつかりそうになるくらいまで頭が接近。
そいつは腕を無理やり自由にして、銃を持ったその手を上げて。

自然、俺はそいつの眼球を覗き込むことになった。そこで驚愕の事実に直面する。
その瞳孔に映ってんのは当たり前だが俺自身の姿。でも、なんだコレ。
見慣れた顔だし、見慣れた髪だよ、自分だもんな?
だが、まったく信じられねぇ事に。


俺の唇には、薄い笑みが浮いていた。


はっきり言って、勘でしかねぇけど。
その笑みは、狂って見当外れに浮いたモンじゃない。
絶体絶命、今にもその顔面がはじけて中身がぶちまけられる、その状況下で。
それは。


アンタ達カワイイね、ってカンジの微笑だった。


皮肉じゃねぇんだ、それ。邪気はほとんど感じられねぇ。
例えるならさ。
小学校の運動会、百メートル競走で。派手に転んでビリになった子供が最後まで走りきるのを見守る笑み。
アーノルド・シュワルツェネッガーが、自分を倒そうと躍起になってるチンピラを片手の一押しで振り切るときの笑み。
足して割ったような、そんな。

がぅんっ!!!!

男の握った銃が震えた。
だけどそのときには、俺は空中に飛び上がっていた。
太もものあたりを掠って、銃弾が抜けていくのがわかる。

「…………っ!」

俺は中でバランスを崩した。
当たり前だ、どうやってこんな風に飛び上がるってんだよ、あの体勢で?
確かに脚力には自信があった、ケド。なぁ?

ごぐり。

「ぎゃっ!!」

無様な格好で俺は着地した。
でもこの悲鳴は、俺じゃねぇ。俺は別に腰を打ったくらいで、そりゃちったァ痛ェけどこんな鈍い音はしねぇ。
悲鳴を上げたのは、スーツの男だ。

俺の右足はちょうど男の銃を握った手の上にあった。
かかとが、男の指を砕いたらしい。
そりゃそうだ、俺の全体重を受けたかかとと、固い床で挟まれたなら指くらい砕けるわ。指はトリガーにかかったままだったろうし。
ああ、痛ェだろうな。

「────」

別に俺は冷静なわけじゃねぇ。必死だよ。
しりもちをついて無意識に手でつかんでいたのは、椅子。
テーブルとセットの、木製の椅子。
もちろんそれなりに重くて角とかちゃんとある。絶妙に好都合。

がっ!

男は顔面に椅子を食らって、倒れる。
俺は出来る限りすばやく起き上がった。ふらついてんのは勘弁してくれ。
なんでかわかんねぇんだけど、俺はそのまま。

一歩後ろに跳んだ。

前髪を揺らし、目の前の空間を銀光が通り抜ける。
ソレが何かなんて確認する暇も余裕も全くねぇ。
視線を流すと、そっちには今度はいかにも真面目な大学生ってカンジの青年。

でも、目がきらめいてる。俺を、害するつもりの、目だ。
あーあ。
コイツもだよ。ウゼェ。

………え?

俺は、俺は。
なんでこんな。

風に。


俺は床を蹴った。
耳元で風がうなった。
一瞬で、青年が、アップになって。

必死に。俺は必死に。
俺は!!


足を振り上げた。


「………ぁあああぁああっ!」




────excellent.

あれ?
コレって、誰の台詞だ?





+++ +++ +++





俺は血まみれで立ってた。

ああ、違ぇよ。他人の血じゃねぇよ。いくらなんでもそりゃねぇだろ、俺の血だ。
店のテーブルはひっくり返り、ガラスや陶器の欠片が床にぶちまけられてる。

「はぁ、はぁ、はぁ、は………ぁ」

荒い呼吸。俺のだ。
生きて、るのか?ホントに?

二、三度瞬きしてみた。

冷静になってみりゃ、血まみれってほどまみれてもねぇ。シャツが赤く斑になって、ズボンにも濃い染みが増えて。そんだけだ。ヤ、そんだけって言っても、かつてなく痛ぇけどさ?死ぬのに比べりゃ、まあ……マシだろな。
てか朝からの怪我が開いたんだなこの出血はよ?後は………さっき撃たれたわき腹。でも穴が開いたんじゃなくて、ホントかすった程度だけど。幸運って言うのか、コレ?どば、じゃなくて、じわ、ってカンジに血が逃げてく。人間ってアレだな、血の詰まった袋?
でももうヤだコレ痛ぇよ。真剣に痛ぇ。ちぎってぶんなげてぇ程痛ぇ。
俺がもういい年した男じゃなけりゃ、泣き喚いて駄々こねてるトコだよ、ああ偉い偉いね俺。誰も慰めてくんねぇからとうとうセルフサービスだ。

荒れ果てた店内、スーツの男と大学生風の青年は、揃って気絶してる。

「はぁ…………はぁ」

無理やり呼吸を落ち着けた。なんだこれ。
あ、なあ、もしかしてさ。信じらんねぇけど。
神様って、いるのか?都合のいいときだけ信じる事にしてんだけどね俺はさ?
今呼んだら返事くらいしてくれるか?

なあ俺、勝ったのか?

「…………」

さっき、俺は椅子でぶん殴ってスーツ男を気絶させた。
似非大学生は勢い付けて蹴り飛ばしたときに、机の角に後頭部をぶっつけて、結構あっさりダウン。
俺は二人を倒し、彼らの放った銃弾は、俺にはあんまり(深刻なダメージをもらうほどには)当たらなかった。

事実確認、終了。
自分が死んでないことを確信するのに、五秒はかかったけど。

「………あの」

幾分おびえたその声に、かつてない速度で振り返った。
勢い良すぎて、貧血の頭がますますくらくらしたけど、構っちゃいられねぇ。

ようやく、俺は、力を抜いた。
すとん、と、この店に入ってきたときと同じようにしりもちをつく。

ああ。そうか。
俺は。

死ななかった。
彼女も死ななかった。

そんなことがあっていいのだろうか?
これ以上なにか、今の俺に望めるだろうか?

凶暴なほどの安堵が胸をふさいで。
俺は。



やっぱり、ちょっと泣きそうになった。



そのままの勢いで膝に顔を埋めかけて、俺はふと、我に返った。
まだ問題は色々あって、はっきりいって何一つ解決してなくて。

俺の馬鹿なミスを取り繕う方法は見つかってない。

ダメだろ。
がっ、と勢いよく顔を上げる。
マキノさんが驚いたようにびくりと震えた。

この騒動の原因が俺にあることは、告げておかなきゃならない。
打開策はわかんねぇけど、それは言っとかなきゃならない。

「……マキノさん」

俺はじっと、彼女の目を見つめた。
胸の奥が震えている。

この店の、この惨事は。
全部俺が連れてきたんです。

俺が意を決して口を開く、その一瞬前に。
彼女の方が語りかけてきた。
可憐な唇が、いつものように優しげな言葉をつむぐ。

こんな、疫病神にむかっても、それでも。
やわらかい、こえ。


「………貴方、誰ですか?なんで私の名前を知ってるの?」





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