GO or STAY!






GO or STAY !



hit hit hit hit hit hit hit !!!!!!!!!!!! yeah, complete!

あの緑頭に心の中で百発くらいパンチを入れながら、俺は走った。
脳内バーチャル空間における百八連コンボ。むしろ偉業ってくらいに新記録だ、自分で自分に拍手喝采してみたりする。
あのクソッタレのキチガイ緑、百遍くらい死ね。そんで復活してまた千回死ね!

右と左の足を交互に前に出し続ける。しかもコンマ何秒間隔で。
それ以外なんて器用なことを今の俺に要求するんじゃねぇ。

薄汚れた景色がかつて無いスピードで後ろに流れてく。景色を見てる余裕は全然ねぇけどさ。
はっきり言って、コレで明日の朝筋肉痛にならなかったら人間外のレッテルを貼られても文句は言えねぇってカンジで、ああそりゃサイボーグだ、ついでに言えばソレはモラルと思いやりと道徳的配慮に欠けた最低最悪凶悪暴悪無神経、緑腹巻きにくっついてる形だけ人に似てるタンパク質ってのの同義語なんだよ。

明日の朝。イイ言葉だね。

今の俺にはソレがスゲェ豪華で貴重なモノに思えて仕方ねぇ。
明日のことが考えられるのは、今に余裕のある奴ダケで、余裕って言葉は今の俺からは白鳥座よりも遠いトコにいる筈だから、つまり俺に明日のことを考える資格はねぇんだな。単純明快三段論法、お願いだから誰か間違いを指摘してくれ。
コレって堕落だろうか?人間的にレヴェル落ちか?妙な経験値だけは増えてるけど、はっきり言って人生的に失敗街道を突き進んでる今の俺には無関係ってかイヤ関係はあんだけどマイナスポイント増加ってかペナルティー1どころじゃなくて1500っていうか人生ゲームで開拓地送りっていうか!タダで貰える景品っつったら時速三百キロくらいで飛んでくる明確な殺意付き鉛玉か?もうどうしようもねぇどうしようもねぇどうしようもねぇったらねぇったら、ねぇ!

思考が空回りする。

スゲェ涙目になってんのはわかってる。指摘すんなもっと泣きたくなるから。
でも俺は目に力を込めた。気合で頑張れ、頑張るんだ。頑張りまくれ!
瞬きしなきゃ、風圧でそのうち渇くから。多分、俺が死ぬときまでには。

コレは、泣いてもいい場面じゃない。
俺はホントに、自分のことで泣けるほど、余裕があるわけじゃねぇんだから。

コーザの血が付いたシャツが、風を受け膨らんでたなびいてる。
気付いた途端、俺はソレを脱いで地面に叩きつけて踏みつけて踏みつけて踏みつけて踏みつけて踏みつけてからまた走り去りたくなった。
や、血がイヤだったんじゃねぇよ?
そうじゃねぇ、だってコレは俺のじゃねぇから。俺の稼いだ金で買った俺のシャツじゃねぇから。
靴は履いてない。片っぽは元からなくて、もう片っぽはあの箱に置いてきた。履く暇なんざ無かった。なにもする暇なんてなかった。
アイツを殴りつけるコト以外は。そんで俺の方が手首にダメージ貰う以外は。

俺は目を擦った。
閉じないで走ってたから痛ぇんだ、何かを拭おうとしたワケじゃねぇ。

自分で自分を哀れめるウチはまだ平気なんだから。
だから俺はまだ、大丈夫。

あの男から毎秒十メートルは離れてくって事実だけで、俺は大分救われてる。

がっ、と何かに足がひっかかって、俺の視界が一メートル五十センチほど突然急激に降下した。ざりじゃりっていうヤな音とピリッとした痛み。手のひらを擦りむき、肘と膝をぶつけ、髪には砂が混じった。
固いコンクリートの上をゴロゴロと転がる。加速していた分だけ、ダメージは厳しい。骨はきっと折れてない、手足君にそんな自己主張をする気力がねぇだけかもしんねぇケドさ。そんなペシミスティックな予想は白鳥座の向こうまでぶっ飛ばした方が俺の精神にとってイイカンジだからさ。

「ってェ…………」

流石に身体の表面積の約半分をコンクリとのスキンシップ週間に突入させてる現在の状況では、秒速十メートルは維持できなかったらしい。
悪あがきのように二、三度足をバタつかせて、俺は左足の親指の痛みに気付く。

ああ、ぶつけてコケたんだな。
爪とか剥がれてたらヤなので(そりゃ確認すると痛くなる種類の怪我ってヤツだ)俺は反射的に確認しようとした目を間一髪で逸らした。

体が熱いんだか冷たいんだか、はっきりしねぇ。
痛くて苦しくてクソくだらねぇってのはわかってんだけどさ。
今時こんな行動、可愛らしいレディがやったってどうかと思うのにさ。

俺はよろよろと首を持ち上げた。口に入った砂を苦労して吐き出す、全部取れるワケねぇのはわかってんだけどね。
固い地面に手をつき、腕立て伏せみたいにしながら上半身を起こす。
手のひらが血塗れになってて、ソレは今擦りむいたのもあるけど腕の傷が開いて流れ落ちてくるのも混じってて。貧血気味なのか頭痛と目眩が手ェ繋いでラインダンスしてる。123、123、ってそりゃワルツか、どーでもいいけど静まれテメェら。
妙に荒い激しい呼吸は勿論俺ので。所有権を誰かに譲りてぇけど息の根止まっちまうよりゃマシか。

俺はそのまま垂らしていた頭を持ち上げた。
霞んで妙に白っぽい視界。努力して焦点を合わせんのに五秒はかかった。俺スペック低下しまくりじゃねぇか、元々あんまり高性能じゃねぇのに。
でも、その五秒の価値はあったと思う。
現状把握。
俺がいるのは細い路地で、後二メートルくらいで大通りとぶつかる地点で。
人が目の前を横切った。
真っ正面に見えてるのはこじんまりした喫茶店。
見覚えがある。
看板。

『POUSSE-CAFE』

――――プース・カフェ。
ひくっと俺の喉が痙攣した。
胸の奥の弱いトコを遠慮容赦なく突く何か。
昨日見たばっかりの景色に、なんだか俺はとてつもない懐かしさすら感じてる。
がむしゃらに走ってたつもりだったけど、俺は無意識に、ココに来てたのか。

自分の部屋すらもう爆発しちまった(普通笑い話にしかならねぇよ)俺。
帰る所。そんなの。
思い付くトコは、ココしかなかったんだろうな。

ああ。

俺は足を引きずって立ち上がった。
二、三度咳き込んでから、一歩踏み出す。その間も視線は外さずに。
だって目ぇ逸らしたら、消えちまうんじゃねぇかって、馬鹿なことを真剣に考えたりしてる。今の俺。
ホントか?ホントに?

帰ってきたんだ。俺は。
ここが俺の世界だから。

大通りをふらつきながら横断する。
通行人が奇異の視線を向けてきたけどそんなんちっとも気にしねぇよ。
辿り着く、飴色の木製のドア。
ゆっくり、ゆっくり、力を込めて。
ちりん、と小さなベルが鳴って。

開いた。

「いらっしゃい」

通りよりも少しだけ暗い店内。
柔らかな声が耳に届く。
俺の好きな艶やかな黒い髪。柔らかな笑顔。
それが俺の方をむいて、ちょっと驚いたように変化するのに苦笑が漏れて。

マキノさん。

俺は腰が抜けて。
もう情けなさもココに極まれりってカンジに。
へたへたとその場にしゃがみ込んだ。

「………え?ちょっと、大丈夫?」

マキノさんがその可愛い眉を寄せて、心配そうに駆け寄ってくる。
胸の奥に熱いモンが溢れて、俺はちょっと何も言えなかった。

大丈夫。大丈夫ですよ。

俺は。
嬉しい。ここにいられることが嬉しい。

一度深呼吸して顔をあげた。
こちらを覗き込んでいたマキノさんと目が合う。
綺麗な黒い瞳。その中に俺の間抜けに弛んだ顔が映ってる。
優しい、温かい人。
ココで泣くのは止めよう、心配させるから。

「ええ、大丈夫で――――」

言いかけて、俺は言葉を切った。
一瞬呼吸と鼓動が止まる。
指先が冷える。
彼女の目に映ったままの俺の顔が、歪んでひきつった。

これ以上ないくらいの恐怖が、俺を突き落とす。

彼女の肩越し。
少し翳った照明の下。

俺が毎日磨いてる樫のテーブルに、くつろいで腰掛けていた客が。
そのスーツの胸に手を突っ込んで。
煙草でも取り出すみたいに自然に。





銃を。





恐怖が俺を突き落とす。

のどの奥、気道がぴったりとくっついて。
痙攣した。爪の先まで、どこもかしこも。
全身の血が氷になったみたいに。
頭の奧にぽっかり穴が開いたみたいに。
怖くて。

背筋が一瞬硬直する。

やめ。
て。
くれ。

お願いだから。



「――――うっぁあああああああああああっっっ!!?」



誰かの叫び声が俺の喉を灼いて、俺の鼓膜を震わせた。
誰かの足がバネ仕掛けのように伸縮し、俺の身体を跳び上がらせる。

無我夢中で、彼女の身体を突き飛ばし。
そうして、俺は。

俺は。






その男に向かって突進した。






百メートルを十秒で。
そんなん、今こそ使わなきゃ、いけない。
だろ?

こちらに向いた銃口。
よォ、狙いやすいか?良かったなァ。
撃てよ。



Go ahead, Sir?



でも俺はすぐには死んでやらないから。

だってお前さ、どうするつもりよ?
俺を殺してそのあと。

そーいうシーン、目撃しちゃった人たち、どーするつもりだよ?
それとも店内の客、全員お前の仲間か?

まいったね、それなら。
俺が死ぬまでに、もうちょっと時間をもらわなきゃあ。

逸らされない銃口。
かちりとトリガーが引かれた。

轟音が、俺の身体のどこかにめりこんだ。


当たり前だけど、俺は止まってやらねぇよ?


がちゃんっ!しゃんっ!

盛大な音を立てて、樫のテーブルと椅子とソレに座ってた男と俺は一緒にひっくり返った。男は背中から、俺は男の上に。
置いてあったティーカップとソーサー(コレも俺が毎日洗ってたんだ、丁寧に)が、床と衝突して割れる。
灰皿が空中に浮かび、中の灰とまだ煙を上げる吸い殻がぶちまけられる。
顔にかかったソレが苦い。吸い込んで喉にひっかかる。
このにおい、気分が悪くて吐きそうになる。


――――OK,やれよ。


頭の中で誰かの声がする。
手探りでひっつかんだ陶器の破片を、俺は振りかざした。

泣きそうだよ。
誰か聞いてくれ。

俺は。
自分を馬鹿だ馬鹿だと思ってきたが。
本当にここまで馬鹿だとは、思ってなかったんだ。

ここまで、馬鹿だとは。




ごめん。
ごめんね。ホントに、ごめんね。

ごめんなさい。



マキノさん。

巻き込んでしまって、ごめんなさい。




GO!