GO or STAY!







GO or STAY !



ぼがぁっ!!

――――言うなれば、絶体絶命の大ピンチってヤツ。ピン、とギリギリに張り詰めた糸、触れたら砕けるガラス。針の落ちる音も聞こえるってのは、きっとこういう状況。
そんな場面を一撃で粉砕する、巨大な破壊音。
続いて。

ぶあっ
がんっ!!ばたっ

俺の目はまた妙なモンを映した。
俺&コーザとレディの間をものすごい勢いで通過した一枚の板。…………てか、ドア?
付属する風圧(ってのかなんだか知らんが暴風)に思わず目を眇め、その後響いたのは多分、ドアが壁にぶつかった音。そんで倒れた音。
なんでドア?ああ、自動ドア?自動で飛ぶんだな?

俺が対応できないでいるウチに(いやどうしたトコで元から動けねぇんだけど)また妙な物体が飛来した。
黒いボールらしきものが、鋭い角度で床に衝突する。バウンドするかと思ったけどその前に、カチリ、ってカンジの不穏な―――

かっ!!!!

どうにもならない人間の反射。
凄まじい光量に、俺は目を閉じた。

たっ
ぼかどかっ
がっ
だんっ
たたたっ

耳が拾ったのはこんな音。
その間に俺は腕掴まれたり引っ張られたり回されたり突き飛ばされたり―――
ああアレだ、風に吹き回される新聞紙。もしくは餅になる途中のもち米。いやワケわかんないのは承知してる、俺だってわかってねェから。

そういうのが全て終わったかな、って頃、俺はいつの間にか床と仲良くなっていた。固い。冷たい。でも危険じゃない。………友情でも育むか。

聞き覚えのある無愛想な声が降ってくる。

「オイ、生きてるか」
「…………死んでる」
「生きてるか」
「目、痛ェ」
「問題ない」

………俺が盛大に文句をぶちまけようと大きく息を吸ったのと同時に、横から声が割って入った。

「問題あるわよ、この馬鹿っ!!」

ごづっ

ナイス鉄拳。伸びきったゴムのような体をのろのろと動かして仰向けになった俺は、その瞬間を目撃した。そう、いつの時代もレディは強い。

「アンタねぇ、サンジ君放っといてナニやってんのよ!?アタシが間に合わなかったらコーザに殺されてたわよっ!」

ああ、俺の命ってホント偶然の上に成り立ってるんだな………変に悟った俺は、きっと今据わった目つきに違いない。

「生きてるじゃねぇか」
「結果で話をするなっ」

彼女はもう一度マリモに拳を振り下ろすと、溶けたスライムのような俺を、児童保護センターの事務員みたいな表情で見下ろした。

「見なさいっ!サンジ君が消費しちゃってるじゃないっ」
「消費?」
「普通の一般人は神経がアンタの百二十倍くらい繊細なのっ!磨り減ってるって言ってもいいわ、アンタ守るって言っても命があればいいってもんじゃないのよ、リラックス出来る環境、心和ませる気遣いってのが―――」
「無理だな」
「あっさり言うな!」

でもま、ソレに関してはマリモの言うとおりだった。この男がそんな器用なキャラなら、そもそもサイボーグと間違えねぇ。
俺はぎしぎしと音がしそうな動作で首を持ち上げ、床に手をつき上半身だけ起きあがった。なんか、首の辺りが気持ち悪ィ。
――――――切れてるし。

首を擦ると手に血が付いて、ぴりっとした痛みが来た。
銃弾が掠った腕は熱いだけで痛みは麻痺。捻った足首ももういい。
俺は本当に――――もう沢山だ。

「……………サンジ君?」

恐る恐る、といったカンジで、レディが俺の顔を覗き込む。
そしてぴしっと表情を固まらせた。

「あ…………えとほら、サンジ君。リラックスして?ねぇゾロこの部屋何かないの、ああ、煙草とか吸う?お酒呑む?」
「いえ、結構です」

俺は精一杯の愛想笑いを張り付けて彼女を見た。それよりも、だ。

「ちょっと、説明して貰えませんか?このマリモとじゃ意志の疎通が出来なくて」
「…………………」

レディはその綺麗な顔を少し曇らせた。クソ、別に困らせたいワケじゃねぇのに。

「ごめんなさいね、理不尽なことは承知してる………でもきっと、アナタは知らない方がいいと思うの」
「…………そんな」
「アナタは狙われてる。コレだけは教えておくわ、『パスティス』によ」
「は?」

…………『パスティス』?
知ってる限りの俺の記憶で、ソレに該当するのは一つだけだ。
世界的電子機器メーカーの名前だ。ロボット開発からご家庭の洗濯機まで、幅広く取り扱ってる。マキノさんトコの冷蔵庫も、パスティス社製。

いや俺もパスティス社製品にはお世話になってるけど、会社自体とはなんも関係ない筈だ。社員だったこともアルバイトだったことすらない。勿論パスティス社重役とかに顔見知りとかもいない。

「ソレだけは覚えておいて損はないわ」
「え、て、パスティスってあのパスティス?」
「サンジ君、覚えておいて。ゾロはあんなんだけどきっとサンジ君を守ってくれる…………だろうし、私もアナタの事は気にかけてる。味方よ」
「つか、何で俺?ちょっと待ってくれ、ソレだけじゃ全然――――」
「わからないでしょうね。でも、我慢して」
「無理ですよ、そんなの!」

俺は思わず叫んだ。少しの沈黙が部屋に落ちる。
レディが何か言おうとして、唇を噛んだ。

コレは物わかりの悪ィガキみたいな態度かも知れない。でも、我慢できない。
俺の知らないところで何かがあって、俺の知らない理由で何かが動いてて。全部が勝手に進行されていく。俺の知らない、世界で。

なのに死ぬのは俺って、理不尽だろ。

「――――我が儘言うな」

ロロノアがつまらなそうに俺を見て、そう言った。まるで、ホントのガキに言うように。

「ゾロ!アンタそんな言い方じゃ………」
「…………………」

レディが慌てて何かフォローするようなことを言ったけど、もう聞こえなかった。
力の入らない体を引きずって、立ち上がる。
ぐ、とこめかみが圧迫されるような感覚。叫びだしたいけど、そうしてやる義理も感じない。この男には。

鼓動は平静だった。俺は何処かキレたように冷静な頭を抱えて、拳を握った。
きっと全然『なっていない』んであろう自己流の構えで、ソレを突き出す。

がっ

……………クソ野郎は、避けもしなかった。

じん、と手首が痺れていた。もしかして、コイツの面の皮よりダメージ大きいんじゃねぇかな。
俺はこれ以上ないくらいミジメな気分で、その部屋を飛び出した。ドアがないから、出入りはスムーズだな、うん。
畜生。畜生。畜生!
何だか知らないけど、俺は無様なんだ。そう、こんなに足掻いても、俺の意思じゃどうにもならないんだってさ。

俺には、俺が死ぬ理由を知る権利もなかった。

「サンジ君!!」

レディの声が追ってきたけど、俺は立ち止まらなかった。
振り返りもしなかった。

走り続ける。挫いた足首なんて、全くどうでも良かった。
痛みよりも、もっと違うものが俺を支配してたから。
自分のことも、自分で決められない。
こんな屈辱って、ないだろ。

わかってる、俺が怒っても泣いても、不思議な力でパワーアップして、問題が全部解決するなんて事はないんだ。きっと益々くだらない、逃れられないゲンジツってヤツを見せつけられるだけ。
俺には俺の身を守るすべすらないんだから。ただ、いつかは潰される虫みたいに、あたふた逃げ回るだけ。
何もわからない乳幼児の方が、まだ聞き分けがいいよなァ。俺は自嘲した。

―――錯乱して、癇癪起こして、後先考えない行動とってる事ぐらい、わかってるよ。
でもさ。

……………………俺は、帰りたいんだ。

コレは甘えなのかな。別に同情が欲しかったワケじゃねぇけど。
それくらい、わかってくれても、良かったのに。