夢の果て。
二秒で、ケリは付いた。
全く、誇張じゃネェよ。たったの二秒だ。
クソ剣士が刀ァ抜いてから、仕舞うまで。
奴の、無駄に広い背中が見える。
それを見る度、俺は衝動に駆られて仕方ねぇんだ。
「た……助けて、く、れ…………」
敵船の船長らしいその男は、血にまみれた甲板の上を後ずさった。
「なんでもするから…………命、命だけは……」
「無様だな」
溜息と共に、奴の刀が閃いた。
拍手してもいいくらい見事に首が飛ぶ。軽い首だな。
「……………………」
俺は頭を逸らして見送った。音を立てて海中に消えるそれ。
グッバイ。かちり、と煙草に火を点ける。
辺りは一面、血の海。
苦痛の呻き声がそこら中からたちのぼる。
ゆるゆると、クソ剣士が振り返った。
ようやく気付いたか、この馬鹿が。
まあ、こんだけ殺気だしてやりゃ、寝てたって気付かねぇワケねぇだろうけどなァ。
「…………なんだよその目は。文句でもあんのか、クソコック」
ああ、あるぜ。
でも別に、命乞いをしてた奴をあっさり殺したから文句があるんじゃネェよ?
海賊なんて、ヤるかヤられるかだ。
こっちに喧嘩売ってきたんだからよ、殺してやってもそりゃ当然だ。
だから、俺も今命賭けてテメェに喧嘩売ってんだが?
その辺り、わかってんのかよ。
俺ァ今、無性に苛ついてんだぜ?
「…………命乞いは、無様かよ?」
ふぅ、と煙を吐き出す。
ついでに殺気も濃くしてやった。
「じゃ、テメェは………これからも命乞いは、しねぇんだな」
俺の言葉に、普段から悪ィ人相が更にしかめられた。
「そりゃあ、侮辱か」
「はァ?侮辱……?」
クソ剣士の見当違いな答えに、俺の頭痛はいっそう増した。
どうやったらこんな男が育つのか、多分今まで誰かが何回もしてきた質問だな。
「そう思うのか」
わかってたことだ。何度も再確認させられて、いい加減飽き飽きしてる。
神様、今アンタに誓ってやってもいいぜ。
蹴り殺したい。
俺は、この男を殺してやりたいんだ。
「――――テメェはホントにくだらねぇ男だよ」
怒ったか?
んなにギラギラ目ェ光らせて。
全く獣だな、テメェ。
「テメェは、何様のつもりだ」
自分を誰だと思ってる?
「ただの、ちっぽけな一人だろ」
テメェが今、嘲った、男と同じだ。
頭が弱いだけ下等だな。
俺は低く嗤った。
くわえた煙草を落とし、踏みにじる。
「もし鷹の目がココにいたら、また真っ直ぐ突っ込んでくか?ワオ、今度は見逃してもらえないかもなァ」
こんな馬鹿が突進してこられたって、もう迷惑なだけだろ。
そう続ける前に、ひたり、と首に押しつけられる殺気の塊。
「テメェ、それでも行くか?ああ、行くんだろうなきっと」
予想通り過ぎてつまらねぇんだよ、ロロノア・ゾロ。
口元を歪める。
ぐ、と足に力を込めた。
一触即発。
俺もお前も、本気だろ?
「テメェは勝手に覚悟決めてる。命を懸ける覚悟ってヤツだな」
きしきしきしと、空気がしなる。
うっかり瞬きも出来ネェ。
「でもだからって、テメェの夢が大きくなるのか?ダイケンゴウ」
これは、殺し合いだ。
俺も、覚悟を決めてる。
「ムカついてしょうがねぇんだ、残らず言ってやる」
苛ついて苛ついて、仕方ネェよ。
この緑ハゲがよ。
「テメェは夢を、なんだと思ってんだ?」
それは誇るべき、ものだったのか。
お前のそのお綺麗な潔さが、目障りでたまらない。
両手を広げる。
道化た仕草、馬鹿にしたようなそれをこの男が好まないと知ってる。
なんて純朴な少年だ、しかも刃物を持った。
キチガイに何とか?そのまんまじゃねぇか。
俺は憎たらしく笑う。
「でかい夢?そんなモン何処にあるんだ」
お前の目には何が見えてる。
俺はホントにおかしくておかしくて、腸が捩れそうだ。
「海賊王だって!ハ、世界一の剣士だってなァ!」
勿論オールブルーだって。
そんなモン、俺以外からしたら只の海だ。
「別に、特別でも何でもねぇよ」
この世の何処に、英雄がいる。
この世の何処に、夢を叶えていい権利を持った奴がいるんだ。
「ただの夢だ」
他人の血にまみれた甲板で。
お前だけが特別扱いか?
お前なんかにスポットライトは当たらねぇんだ。
「みんな、誰でも持ってるんだそんなモンはよ」
………ああ、全く、くだらねぇ。
何をムキになってんだ俺はよ。
でも、コイツがあんまりムカつくから。
「そこらにいるガキだってジジイだって、誰だって夢くらいあるぜ。皆持ってる何処に順位をつける?」
お前の価値が全てか。金や女や命に執着するのは、見苦しいとでも?
俺にとっちゃお前が一番見苦しい。
なあ。
化け物ってのは誉め言葉か?
ハハ。
―――――見下すんじゃねぇよ。
お前の何が偉いんだ?
それを考えたことがあるのか。
「誇りより命の方が大事な奴だっている、たった一欠片のパンを」
ゴミのようにカビて腐っていても。
目にも留まらないほど小さくて薄汚れていても。
「死にものぐるいで漁る奴だっている」
そうやって、地面にへばりついてる奴は惨めかよ。
だったらお前らはどれ程高いところにいる?
でかい夢があったら死なないのか。
特別待遇が許されるのか?
「お前と何が違う?」
夢を追ってるんだ。
みんな。
「見た目の良さか?格好良さか?潔さか?」
夢を追いたいんだ。
みんな。
「………化け物じゃねぇ、って事かよ?」
大きさ。困難さ。見目麗しさ。
夢の価値はそんなものじゃない。
夢なんて。
全然綺麗なものじゃない。
「あんまり人を馬鹿にするんじゃねぇ、クソ化け物」
俺だってお前だって、人を傷つけてその上に生きてて。
他人の夢を喰らって踏みつける、その事を。
恥じろ。
醜いまでに、自分のことを考えてそれでも捨てられないもの。
それが夢だ。酷ェ麻薬だ。大義名分にすらなっちまうよ。
皆、そうなんだ。
そうやって誤魔化して、生きる権利を奪い取って、生きてんだ。
だがお前は忘れるな。
「────人の夢を、馬鹿にするな」
お前が言った事だ。
俺に言った事だ。
綺麗な夢を持てるとか、潔く生きていけるとか、そんな事は考えるんじゃねぇ。
シンプルでスマートで、雄大な。そんな夢なんて、何処にもないんだ。
それは、罪の名なんだから。
それをわかって、海賊やってんじゃねぇのか。
だったら、なりふり構うなよ。
「テメェ、大剣豪になるって決めたんだろうがよ」
クソ。なんで俺がこんな事言わなきゃならねぇ。
俺もなんでこんな事、言ってんだ。自分でもワケわからねぇくらい。
「じゃあ、無様になる覚悟くらい、さっさとしとけってんだよ」
さあ、危ないキチガイ少年。
このジェントルメンが特別アドバイスをくれてやる。
「泣きながら命乞いくらい、してみせろ」
それがわからねぇ程馬鹿なら殺してやろう。
夢の『果て』に、お前が気付かないうちに。
俺が殺してやるからよ。
さあ、刀を振れよ。