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人斬り=人でなし。






人斬り=人でなし。





ゾロはゆらりと立ち上がった。
鬼気迫る表情。

カーダは思わず一歩後ずさった。

その代わりとばかりに、ゾロが一歩踏み出す。
それに対して、ざ、と周囲の男達が反応する。

ひゅ、と闇を縫って銀の煌めきがゾロを襲った。
投擲用の小刀だ。

ざくり。

―――――ゾロは避けなかった。
出来なかったのかも知れないが、しようとする素振りもしなかった。
小刀はその左の肩口に深々と突き立った。

それを見下ろしもせず、ゾロはにやりと笑って見せた。


俺は、負けの理由を探してたのか?


「腹が痛ぇとか足が痛ぇとか………手が動かねぇとか」

ぶつぶつと、確認するようにゾロは呟いた。
歩みは止まっていない。まるで動く死体のように、のろのろと。

「――――こんな傷だとかよ」

小刀を掴み、引き抜く。
粘り気のある血液が、伝った。

「そんなのは………負けの理由にゃなんねんだ」

刀がないから、とか。
実力が出せない、とか。

そんなん、関係ねぇじゃねぇか。

「フェアじゃねぇなら………負けてもいいのか?」

そうじゃねぇだろ。
条件付きの強さを誇れるか。

それなら………カーダと同じだ。

「そりゃイイワケだ………」

ゾロは、ゆらゆらと進み続けた。
真っ直ぐ、カーダに向かって。

(俺は、テメェらを)

卑怯だとか。
狡いなんて言わねぇ。
テメェらは勝手にそうしろよ。

俺だって、勝手に、こうしてる。

「俺はテメェらにフェアプレーをして欲しいから、真っ当に勝負してるワケじゃ、ねぇから」

拳を振り上げ、ゾロは宣言した。

のこのこと、真っ正直にやってきた、俺が馬鹿だと?
いいや、そうじゃねぇよ。

…………………俺が、甘いだと?



そんな事は、天地がひっくり返ろうともありゃしねぇ。



格好つけたいワケじゃねぇ。
誰に見せたいワケでもねぇ。
教えてやる。

俺がこうするのは。


俺の為でしか、ない。



ごっ!


砕けた拳を叩きつける。

カーダの身体が吹き飛んだ。





+++ +++ +++





当然のことだが、まわりの男達は全て剣を抜いた。

「このくたばり損ないが………!!」
「死ね!」

舌打ちをし、一斉にゾロに飛びかかろうとする。
勿論、避ける手段はない。
大体が、立って歩いたことが既におかしいからだ。

稚拙な、だが確かに存在する殺気がゾロに吹き付ける。
すう、と誰かが息を吸い、それを合図に一歩踏みだそうと―――

「動かないで!!」

声が響いた。
それに反応して、男共が振り返る。

「なっ…………!」
「動いた人から、撃つわ」

先程縄を解かれ、その後は誰一人として注目していなかった人物。
ラヴィが、両手で銃を構えていた。

傍らには、吹き飛んだまま気絶しているカーダ。
銃はその懐から抜き取ったのだろう。
きらきらと目を光らせて、ラヴィは男達を睨んだ。

「動かないで…………!」

一斉に飛びかかれば、ラヴィを抑えつけるのは容易い。
だが、その間確実に二、三人は撃たれる。
この距離だ、素人でも的に当てるのは難しくない。

彼らは、殺すのは良いが殺されるのは嫌という一般的な人種だった。
自分だけ、というなら尚更の事。

その考えが、男達の動作を制限した。
その間に、ラヴィはきっぱりと要求を突きつける。

「――――その人を逃がして」
「あ?」

ゾロはきょとんとした。
男達が顔を見合わせる。

………このまま、ゾロが逃げたとすれば。
まさか永遠にこうしているわけにもいくまい、ラヴィの末路は決まっている。

ラヴィにもそれはわかっているだろう。
それでも、この行動を選択したに違いない。覚悟を決めた瞳。
ラヴィはゾロを見上げた。

「今のうちに、早く」

乱れているが充分綺麗な黒髪が、ラヴィの顔を縁取っている。
ゾロは呆気にとられていた。

が、事態を把握するとこう言った。

「銃を降ろせ」

ラヴィの目が見開かれる。

「余計な事すんな。お前にも飛び火が来るぞ」

冷酷にも聞こえる声で、ゾロは命令する。
ラヴィは首を振った。

「私のことはどうでもいいの」
「……………………」

ゾロは足を踏み出した。
男達に動揺が走る。

彼らはラヴィの構えた銃を横目で見ながら、剣を握り直した。
どういう行動を取ろうか、頭の中で必死に検討中なのだろう。

ゾロは構わずもう一歩踏み出した。
妙な形に折れているすねを、無理矢理に真っ直ぐにする。

聞いている方が痛みを覚えるような、ごりっ、とした音。

「ゾロ!!」

ラヴィは銃を構えたまま呼びかけた。

「勝てないわ!ねえ、もう………諦めて逃げて!」

ゾロは反応しない。
今度は折れた指を伸ばしている。

だが、どうしたところでゾロは勝てない。
大量の出血、気合いではどうにもならない筈の骨折。
内臓破裂も起こしているに違いない。

そう、勝てないのだ。

男達の殺気が、復活し始めた。
ラヴィが、混乱したように激しく首を振る。

「ゾロ……嫌だ………!」

ラヴィは叫んだ。



「貴方に、死んで欲しくないのよ!」



必死の、声。
ラヴィの綺麗な黒い瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

どんなに非情な者でも一瞬は目を留めるに違いない、必死の願い。
純真無垢な、自己犠牲すら含まれるその祈り。



しかし。

ゾロはそもそも、そちらを見もしなかった。


低く喉を鳴らして、告げる。


「―――――全く、見当違いだな」


お前の為に、生きる義理が何処にある?
お前の涙を、止める義務が何処にある?

泣いて縋るのか。
俺は立ち止まらないのに。


「何を勘違い、してる」


俺に何を期待している。
俺は。他人の為に戦う気なんてない。

誰かの為に、戦う気なんてない。


人でなし?結構だ。

この命を。
この魂を。


他人のために譲れるか!




「お前のために、俺は生きない」




この胸を焦がすのは。

ただひとつ。