ICE BREAKER

 

 

 

 






野望を叶える前に、子持ちになった。

ゾロの人生に「計画性」などという概念が入り込む隙はないので、左様でござるか、と素直に受け入れるわけだが、この「我が息子」というものはどうにも足手まといである。本当に手足にしがみついてくる。可愛いと思えば可愛いが、しかしやっぱり邪魔である。おい、俺は今から鍛錬するぞと諭してみても、そもそも言葉が通じない。

引き剥がそうとしてスポンと肩を抜いてしまってから、ゾロは息子を扱いかねている。
あのときは、仲間の総仕置きにより息子ではなくゾロのほうが死にかけた。なので、息子は引っ張ってはいけないものということは分かっているのだが、引っ張れないならどうしろというのか。
それではゾロは息子の世話ができない、と言ったときの仲間の顔は、「お前、自分が他人を世話できると思っていたのか」という驚きに彩られて硬直しており、解決策など全く出てこなかった。ゾロにケア能力が欠落しているというのは、物理法則のように曲げられぬ理であるらしい。

そんなわけで、ゾロは息子を引っ張れないので、鍛錬のときは鈴を鳴らして助けを呼ぶことになる。
チリンチリン、と軽やかな鈴の音が響くと、近くにいるクルーがゾロの息子を抱っこして助けてくれる手はずだ。大体はルフィ・チョッパー・ウソップのトリオが駆けつけるのが早いが、ロビンも中々負けていない(手だけ先着するのは犯則だと思うが。)。

ただ、今日は珍しいやつと目が合った。

ハタ、という擬音が聞こえるくらいの挙動で、ばっちりとサンジがこちらを見ていた。
サンジは基本的にこの船で一番忙しくしているので、ゾロの息子の介助をしたことはない。だからゾロもサンジに助けを期待してはいなかったわけだが、そういえば今日の船番はゾロで、皆が陸地に下りている。とすればサンジの出番か。
ゾロが嫌いと公言してはばからず、ゾロに人権を認めていないクソコックも、流石に子どもは無罪と判断するだけの理性はあるらしい。挙動から、ゾロの息子を保護するくらいの考えは見てとれた。

しかし、サンジも、ゾロに負けず劣らず子どもの扱いなど慣れていないはずである。
不安を覚えながら、ゾロはソロリソロリと緊張の面持ちで近づいてくるサンジを見守った。爆弾処理班かお前は、と言ってやりたい気もするが、ゾロの気持ちも爆弾処理班を見守るヒロインめいていたのでバカにできなかった。

「…………」

サンジは無言で、そっとゾロの息子の脇の下に手を添え、ぐにーんと引っ張った。
息子はゾロにぎゅっとしがみついていたが、しばらく後、握力が尽きたようでサンジの腕に収まる。
サンジが関節を抜かなかったことに対してゾロがやや賞賛の色を浮かべた目で見れば、「まあ……パン種だと思えば……」とモゴモゴ呟いていた。なるほど、職業柄鍛えた高等テクニックというやつ。
ゾロの息子は、初めて抱かれたサンジの腕の中でモゾモゾしているが、泣き出す様子はない(ゾロに似てタフな精神である)。

「助かった」

と、素直にするっと口から出たので、ゾロは自分でも軽く驚いた。
なるほど、こういう柔らかくて壊れやすい生き物が側にいると、流石にゾロもサンジとスナック感覚のケンカを始めるわけにはいかない。そのため、当たりも自然と柔らかくなるわけだ。自分も父親らしくなったな、などと、ゾロはいささか感慨にふけった。
常に、ゾロの息子はピースキーピングオペレーションをしているわけである。既にゾロより偉大な存在になっている感が否めない。

結局、ゾロは息子をサンジに預けて安全にトレーニングをし、サンジはゾロの息子を脇に置きながらエンドウマメの筋取りをして、他の仲間たちが帰ってくるまでの間、全く諍いは起こらなかった。






「俺を倒して世界一になるために、鍛錬に集中するのは当たり前だろうが」
「耳タコなんだよ、その休むと死ぬカジキマグロみてえな野望はよォ……回遊魚のライフスタイルをガキに引き継ぐな! 心身の健やかな成長のために必要なのは食事! 睡眠! 適度な運動と休憩! 加えて素敵なレディと幸せな家庭を築くためには最低限の家事能力はマストだってんだクソ化石頭!!」
「他所の子育てに上から目線でクチを挟むんじゃねぇ小姑コック。最低限の家事能力とやらを備えてるテメェが実際未婚じゃねェか現実見えてんのか? フラれ男が縋る夢とオレの野望を並べて語るな」
「オ・レ・はたとえフラれたってレディの愛情を搾取して胡座をかくようなクソの真似はできねェよ開き直りカビ藻が……!! 滅しろ!!」

やがて聞こえてくる破滅的な破壊音を背景に、何を種にしてもいずれは諍いに行き着くのだ、とため息をつきながら、ナミはゾロの息子に海図の読み方を教え込んでいた。
筋肉よりも家事能力よりも、金を稼ぐ能力が必須である。








 

 

 

アイス・ブレイカー Ice Breaker 
テキーラにグレープフルーツ果汁などを入れてシェイクし、氷を入れたグラスに注ぐ。
テキーラの癖のある風味が、柑橘と打ち解けあって飲みやすい味わいになるピンク色のカクテル。
アイスブレーカーとは砕氷船のことだが、「氷を砕く」から転じて「打ち解ける」という意味もある。