PINK LEDY 2

 

 

 

 






「ねえ、そろそろさ……外で会いたくない?」

 さわさわ、とでも音が立ちそうなカンジでこっちの手を探ってくる、ぶよっとした手。
 ダンゴムシでも乗せてたほうがよっぽどいい。クモだってここまでキモくない。

「えー? 外って?」

 ポストの色もわからないようなおバカな声で、とりあえず返してみる。
 だってさ、「嫌」って言ったら怒るでしょ? まあ、これで諦めてくれるような頭があったらそもそも言い出さないんだろうけどさ。

「お店の外だよ」
「…………」
「だってさ……今のまんまじゃ、自由にできないじゃん」

 自由におっぱい触れないって? そういうの売ってないから。

「店だとさ、お金払うわけじゃん? そんなの、オレのお金が目当てなのかな?って、冷めちゃって本気になれないんだよ。外で会ってくれたら、ルーのこと本命にしたげようと思ってるんだよ?」

 聞き飽きたバカな男のいつものバカ台詞は耳を素通りさせて、「死になよ」ってアタシはそればっかずっと思ってた。この気持ち悪いお手々、離して自分のおウチで死んで?

「でもぉ、お店に来てくれる人に悪いしぃ……」

 アタシとアンタがおしゃべりする時間は商品で、お店の外に持ち出したら泥棒なの。
 アンタはアタシと出会ったつもりだろうけど、「ルー」が存在するのは営業時間だけなの。
 アタシはアンタみたいな口の臭いデブ、高いお金をくれなきゃ会いたくないの。
 アタシはアンタが大嫌いなの。

「内緒にしとけばいいじゃん。絶対バレないように守るから」

 どうしてそんなにバカなの?
 お金払ってもらってるから、笑うよね。
 お金払ってもらってるから、褒めるよね。
 お金払ってもらってるから、スカート覗きこまれても金玉蹴り上げないよね。ゴキブリみたいに踏みつぶしたくなっても、耐えるよね。

 そういうこと全部忘れちゃって、「親子ほど年が離れた私がアンタに恋してる」世界を信じちゃうのが嫌なんだよね。スラムに捨てられたころのアタシが、ママが迎えにくるのを信じてたバカっぷりよりもっとヒドいよ?

「2人のために勇気出してよ」

 その「おれがルーをこんな店から救ってやる」と言わんばかりの得意げな顔を見た瞬間、アタシにはわかった。
 アタシ借金まみれでお金に困ってて、なのに欲しいバッグ買っちゃうけど、コイツが金持ちで奇跡的にアタシに飽きることがなくて殴らなくて家買ってくれて服買ってくれて死ぬまで養ってくれるとしても一緒に行きたくない。それより美味しいパフェ食べてから死にたい。

「んー……ごめんねぇ? やっぱり、お店に来てくれる人を裏切っちゃうの、よくないから」
「は? それ、おれより別の客優先するってことか?」

 当たり前でしょ?
 アンタが私に使ったお金、まだ1時間×3回分しかないのに何で他の客と張り合えると思っちゃうの?
 それに、今まさに「お前に金は使いたくない。タダで相手しろ」ってアタシに言ってる途中なのに?  ほんとーーーーーーーーーーーに、バカなんだ。こういうバカがよくいるレベルなのが世の中って怖い。
 それで、こいつの目がもうイライラしてきてるのが怖い。なんなの? アタシがアンタの思い通りにならなかったらキレていいって思ってるんだ? アタシがイラつかせるのが悪い、ってなるんだ?
 客ってよく愚痴るんだよね、「女はクソ、金を貢がせるだけ貢がせて心をもてあそぶ」って。そう言う男もクソだよね、「お店で売ってる商品を好きになっちゃったのに、金がないともらえないなんて酷い」とか。その頭の中にちんちん以外に何が詰まってんの?
 お前らが「優しくして」「愛想良くして」って強請るからそうしてあげて、欲しくもないダサい首飾りを首輪代わりに押しつけられて、あげくの果てに粘着されて殺される。アタシらって救われないバカだよね。

 アタシ、可愛くなりたいってよく言うけど、可愛くなくてもいいからホントはゴリラに生まれたかったな。
ほら、ゴリラなら、こいつみたいなの、絶対絡んでこないじゃん。なんなら、ビビって逃げてくじゃん。
 それで、アタシらみたいなバカをさらっちゃって、ゴリラの国に連れて行くの。
 そこでは、食べていくために自分の時間をバカに売らなくてもいい。
 アタシはゴリラだけど、ぺこぺこしろとか、優しくしろとか、エッチさせろとか、そんな条件ナシでアタシらを守ってあげるよ。

「答えろよ。聞いてんだよ。何、おれを裏切ってたわけなのか?」

 笑っちゃう。笑っちゃいそうになるのを堪えるのがしんどい。
 裏切るもなにも、アンタ3万ベリー3時間の客じゃん。勝手にアタシの男にならないでよ。

「だってお店じゃなきゃ……」
「やらせてくれんじゃなきゃババアに高い金払うわけねーだろうが!」

 アタシ27歳。ホントは32歳。で、アンタはアタシの母さんより年上。自分のことだけ見ないふりするバカの中のバカ。
 そうやって思うのに、ツン、と鼻の奥が痛んだ。
 ジジイと同じ場所の空気を吸うのに、何で金もらわなくてやってられると思うわけ?

「自分にそんな価値あると思ってんの? それで外で会うのは嫌って、結局いつも金・金・金……男は金だけ払っとけって? ホント、バカにしてるよな。そういう生き方、空しくなるだろうが?」

 そうそう、お金、だーい好き!
 でもきっと、アタシがお金より人の心を好きになるマリアでも、アタシはアンタが大嫌いだけどね。
 金のせいだってことにしたいんだよね。お金が好きなアタシが悪いことにしたいんだよね? アンタが口が臭くてハゲでデブで性格がバカ以下のドブ野郎(普通にしてたら女の子とおしゃべりもしてもらえない!)なことはどっかに棚上げしたいんだよね?

「何笑ってんだクソ! 人を舐めてんじゃねーぞ!」
「痛ッ……!」

 腕を乱暴に掴まれる。
 抵抗しても無理矢理椅子から引き摺りあげられそうで、アタシはお店のボーイに助けを求めようとした。

 次の瞬間、ひょいっと脇から伸びてきた手が、クソ野郎の後頭部(髪の毛のない部分)に煙草の火を押しつけた。ためらいとか気負いなんて全然ない、すんごく自然な仕草だったから、アタシ、「このオヤジの頭って灰皿だったんだ」と素直に信じたくらい。
 ふっと煙草の煙が香った。

「ぅ熱ッィ!!!!!」
「……クソが宝石をクソ呼ばわりとかクソ笑えねェぞクソハゲクソ野郎」

 わーきったない言葉。
 そう思う前に、アタシはぼーっとせずにさっと身を引っ込めて逃げてた。一緒くらいのタイミングで、ずぎゃん!!って音を立ててクソ野郎の頭が床にめり込んで小人くらいに縮んだ。お店の屋根を突き破ってミサイルが降ってきたのかと思った。

「レディに対する最低限の礼儀も知らねェクソが呼吸するクソ権利をオレは認めねェ。いいか、次にレディにクソくだらねェ口を利いたり、勝手に触ったりしたら、テメェの両の目玉を百枚の薄切りにして味噌だれつけて丁寧に食らわすぞクソ野郎」

 その客は、長い足でぐりぐりと灰皿(ハゲ)を踏みにじりながら、薄い目玉のお造りが想像できそうなくらい完全に本気の口調でそう言った。キチガイちゃんだ。
 金色のまあるい頭が振り向いた。びくっ、て背筋が緊張する。いやいや、ガチ恋のオスだってヤなんだよ、勝手に変な風に暴走して、理想と違ったらまたキレて──





「あ・あーんんごめんねレディ、汚いモノを見せちゃって」

 あ・あーんん??

「ビックリしたよね? このクソ汚物はおれが責任持ってゴミに出して君の前に二度と面出せないくらいクソビビらせとくから安心してね? 触られたとこはすぐに消毒しようね、今気持ちの落ち着くお茶と消毒用アルコール持ってくるから──ああ、騒ぎにしちゃったお詫びにミラミラミラクールシャンパンタワーを君の好きなだけ作るよ、とりあえず3台でいいかな?」

 超キチガイちゃんだ。キャラが分裂してるもん!
 ……でもミラミラミラクールシャンパンタワー、アタシ入れてもらったことない。というかそれ、ネタのやつ。
 それが3台? やっばい、今月の売上げトップじゃん確実に。というか年間通しでトップいけちゃう?
 …………。
 うん。四の五の言わずにお金をくれる人、アタシ、だーい好き!

「ありがとぉ!」

 思わずキチガイちゃんの頭を撫でてあげたら、簡単にうっとりしちゃってめちゃめちゃ鼻の下を伸ばしたゴリラみたいな顔になって、アタシ笑っちゃった。

「あはっ」

 あ、生まれ変わったアタシゴリラがこいつに乗り移ってバカなちんちんを潰したのかも? そういうのってちょっとスカっとしちゃうから、ほっぺにチューもサービスしとく!



 こいつもきっとバカだから、絶対好きにはなんないけどね。








 

 

 

ピンク・レディ Pink Lady 
ドライ・ジンをベースに、グレナデン・シロップとレモン・ジュース、卵白をよくシェークして作る。
グレナデン・シロップと卵白の調和により美しいピンク色となる。