女の声が聞こえる。
「──人生の箱、というのがね」
「箱?」
「その心……者のたとえ話に…く出てくるわ」
サンジは身悶えて、もがいた。その話を聞いてはいけないと、サンジの警戒心はそう嗅ぎ取っていた。ドアを蹴り壊すようにして、サンジは目を開けようとした。もう、周囲は真っ暗闇ではなかった。目隠しからは光が透けている。
「箱の中に入っ……るものは、悪夢と紙…重。…の人の本心そのもの。…生とは、恐怖とともに閉じ込められるようなもの」
深層心理は嘘を吐かない?
そんなことは知りたくない。
「見たくない、認めたくないと思うような『何か』と、ずっと一緒に居なければいけないのね。たとえば、自分が他人より劣っているということ、たとえば、いつか誰かを失うということ…。逃げることはできない」
サンジは、扉を蹴り壊すようにして瞼を開けた。ばちん、と音がするような感じだった。
窓から落ちる太陽光で暖められたスーツの背中は、焦げるほどに熱かった。紅茶の香りが鼻をくすぐる──サンジが腕を枕に突っ伏していたテーブルの横では、ナミとロビンが、高度に学術的な話をしながらティータイムを楽しんでいた。
サンジは焦燥に突き動かされ、椅子から立ち上がった。手足が動くのが不思議で仕方がなかったが、今はその謎を解いている場合ではなかった。
「だって、人生って、ままならないものでしょう?」
ロビンとナミの声を背に、サンジは大股一歩でラウンジを横切った。まさに、飛ぶような速度だった。ばん、とドアを開け、目を皿のようにして辺りを見回す。
広い甲板には、やはりさんさんと日差しが降り注いでいた。目眩がしたが、サンジは目を凝らした。白い頭痛が脳内を切り裂いたと思ったら、サンジはその死体を発見していた。右斜め前方、船の手すりの傍に転がっている。
サンジは階段の上から飛び降り、その死体に駆け寄った。予想通り、緑色の腹巻をしていた。そして、耳には三連のピアスが光っていた。髪の毛は短く刈り込まれていて、やはり緑色だった。剣だこだらけの、荒れてひび割れた手のひらは、陽光の中無造作に投げ出されていた。
その死体を見下ろすようにして脇に立つと、サンジは深呼吸をした。饐えたような、醗酵したような、生ゴミのにおいがした。ゲーゲーゲー。
サンジは耳を澄ました。
死体はぐお、ぐお、と規則的なイビキをかいていた。
「……って、やっぱり寝腐ってるだけじゃァねェーかァー!!!!!!」
ぼごおん!!!
サンジは満身の力をこめて、右足を降り切った。
船の手すりを越えてゾロの体が吹っ飛んで行き、やがて、居眠りしていた怪獣が崖から突き落とされて海面に叩きつけられるような(ような?)音が遠くから聞こえてきた。
それから、サンジは急いでトイレに行った。
Stone Fence ストーン・フェンス
ウィスキーベースの辛口のカクテル。タンブラーに氷を入れ、
ウィスキーとアンゴスチェラ・ビターズを注ぐ。さらに、冷やした
炭酸水(またはシードル)を注いで満たし、軽くステアする。
アンゴスチュラ・ビターズとは、トリニダード・トバコ特産の
苦味が強い薬用酒のこと。