BLOODY MARY 








「マーリちゃん♪ マーリちゃん♪ どーこでーすかー♪」

これで本当に探しているのがちょっとエッチで可愛らしいマリちゃんだったらいいのだが、残念ながら捜索対象はちょっとマッチョでふてぶてしいマリモちゃんだ。

サンジはズボンのポケットに両手を突っ込みながら、がに股でひょこひょこ歩いている。
買出しは済んだ。積荷も済んだ。ナンパに終わりはないが、出港日はやってくる。まあ、大体、予想はついていたのだ──藻を一匹で散歩させたが最後、自力で戻ってこれたら地味な奇跡で、つまりは迷子探しをしなければならない。

サンジは「置いていったらいいと思うよ」とさりげなく提案してみたのだが、それも予想通り、多対一で否決された。いやはや皆様、人情家でございますねぇ。

「マーリちゃん♪ マーリちゃん♪ あーほでーすかー♪」

実のところ、迷子の迷子の大マリモちゃんを探すのはあまり難しいことではない筈だった。だから、捜索隊を組まなければならなくなることを知りつつ放流したのだ。
あの緑色の髪と、キチ×イ染みたファッションセンスはよく目だつ。「こんなアホ知りませんか」と通りすがりに聞き込めば、大体すぐに行方がわかった。

しかし──この島ではどうやら事情が違う。

行き交う人々の頭髪は青、ピンク、ラメ入り紫、まるで祭りの仮装のように色とりどりだ。髪の色を派手に染めるのが伝統的なファッションらしく、緑髪も十人に一人は見かける。
となると、髪の色は目印にはならない。

「マーリちゃん♪ マーリちゃん♪ さーようーならー♪」

サンジが上機嫌なのは、もしかしたらこの島でマリモちゃんと永遠のお別れが出来るかも知れないという期待感からである。何と言っても、見付からないものは仕方ないのである。
私達は仲間です、だから努力はしました──努力!なんという素晴らしい言葉だろうか──努力さえすれば、大方のことは言い訳が立つ。

だからサンジは精一杯努力して、懸命な聞き込み捜索を続けていた。
たとえばこうやって、クレープを売る屋台の親父に。

「キャラメルアップル生クリームと、ベーコンエッグアンドオニオンサラダひとつずつ。ああ、その右から三番目の奴と五番目の奴で、ベーコンは端っこを沢山入れて卵はよく焼いて。ついでに、マリちゃんを見かけたことがあったら教えてくれ」
「マリちゃん?」
「緑色の髪で、三連のピアスをつけた子だよ。甘いモン好きだから、クレープでも買ったかと思ってよ」
「緑色の髪ねぇ……それだけじゃちょっと、わからんな。可愛い子かい?」

サンジは満面の笑みを浮かべて頷いた。

「クソ可愛いぜ。ちょっと、その辺りじゃお目にかかれねェくらい可愛い」
「そんなに?」
「首から上が、歴史的に可愛い。それに、胸もデカいかな。ファッションセンスは群を抜いてる。なんと、棒状の物を口で咥えるのも上手い。ちょっと頑固なところもあるんだが、素直な性格さ」
「惚気るねぇ。俺も、そんな彼女が欲しいぜ」
「いや、ホンットーに残念ながら、恋人じゃあねェんだな、これが。マコトに残念なことながら……で、心当たりはないか?」
「うーん、そんなに可愛い子なら覚えてると思うんだがな」

屋台の主人は一応考えて見せたが、答は決まっているようだった。

「多分、ここには来てないよ……はい、900ポッチね」

受け取ったクレープを両手に持って頬張りながら、サンジはいかにも残念そうに溜息を吐いた。

「こんなに特徴的な情報があっても無駄だなんてなァ……ああ、悲しいなマリちゃん、僕らはどうやら二度と会えない運命──」





「鷹波!!!!」





裂帛の気合の篭った掛け声とともに、サンジの後ろの通りを衝撃波が滅茶苦茶に破壊していった。

瓦礫の破片が舞い上がり、露店が次々に倒壊し、パニックになった人々が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
直撃を受けたのは海兵の一団だったようで、増援を求める呼子がそこかしこで鳴っている。

「な、なんだ……!?」

爆風のあおりを受けてぺたんと尻餅をついたクレープ屋の店主は、災害警報を知らせる叫び声に更に腰を抜かしたようだった。

「ロロノアだッ!」
「ロロノア・ゾロが出たぞー!!」
「避難しろッ!! 駄目だッ、荷物と家は諦めるんだッ! 命を最優先にしろッ!」
「ああ、神様、神様ー!!」
「海兵隊、前へー!! 最後の一兵になろうとも防衛線を死守しろっ!」
「そっちに行っちゃ駄目よっ! こっちに来なさい、逃げるのよ! 目が合ったら死ぬわっ!」

そんな混乱を掻き分けて、一人の男が姿を現した。

緑色の髪。三連のピアス。両手に握った刀はぬめりとした輝きを帯び、その刀よりも鋭い眼光が辺りを睥睨する。
平和な島民の憩いの場を一瞬で地獄絵図に変えた血に飢えた殺人鬼は、目の前で決死の形相でいる海兵など目にも入っていないように歩を進めた。

「と、止まれ! 停止しろ!!」
「…………」
「即座に停止せねば、一斉射撃を──」

その脅し文句の前に、一発の銃弾が男に向かって飛んでいった。あまりの恐怖に、誰かが指を滑らせたのだろう。
その銃弾を、男は蝿でも追うように刀の峰で叩き落した。まさに、ぺし、という感じだった。何と、銃弾はそのままの速度を保ち、道に小さな穴を穿った。

「──ば、化け物だ……!」

その声を皮切りに、海兵の列が崩れる。
男は目の前が無人の荒野だとでも言わんばかりにずんずんと歩いていたが、ふと、サンジを見つけるときらりと目を光らせた。

「!」

両手に刀を構え、両足で地を蹴って男が獣のように力強く駆けてくる。それでなくとも鋭かった眼光が、今ではもう、凄まじい、という感じだ。
腰を抜かしたままの店主が、ひいい、と哀れげな声を上げた。地震、竜巻、雷、台風、それにロロノア・ゾロに対しては、大の男でもおびえていいのだ。

刀の切っ先が、きらりと日の光を反射する。

「────」

サンジは、猛進してくる男に向かって、ひょい、とクレープを投げた。
キャラメルアップル生クリームのほうだ。

一直線に走っていた男がサンジの五メートル手前で進路を変更し、二十度折れて一目散にクレープに飛びつく。
ぱく、と器用に口で咥えて受け取り、そのままもしゃもしゃと咀嚼する。

その様を見守りながら、サンジは溜息を吐いた。

「テメェ、腹減ってたんだろ。金、持ってなかったか。迷子で船にも帰れなかったか」

こくり、と素直にゾロが頷く。
どうやら、サンジに憎まれ口を利く余裕もない程、腹が空いていたらしい。元々半ば野生にかえっているような男だが、これでは原生動物だ。いや、単細胞生物か。あ、それは元からか。アメーバ? イエシロアリの腸内微生物?

「あー、仕方ねェなァ……」

飢えている者に対してはたとえゾウリムシにであっても優しくなってしまうのが、料理人の性である。それに、見つけてしまっては無視するわけにもいかなかった。何だかんだと言って、サンジも人情家なのだ。

情けを受けてしまってややしょんぼりとして見えるゾロを、サンジは微笑んで促した。

「帰るぞ、マリちゃん。飯食わせてやっから」














クレープ屋の店主が、呆けたような顔で言った。

「ま、マリちゃんって……まさか……?」
「ん? ああ、そうだよ」

ずしーん、ずしーん、という効果音でも響かせるような感じで己の後に着いて来る大怪獣を指差して、サンジはパチンとウィンクして見せた。

「僕のマリちゃん。可愛いだろ?」












BLOODY MARY ブラッディ・マリー
ウォッカとトマトジュースをステアし、カットレモンを飾ったシンプルなカクテル。
野菜スティックを添えたり、食塩やコショウなどの調味料を添えたりしてもよい。
味の調節のしやすいカクテルであり、どのようなテイストにするかは自己流のアレンジが可能。
名前の意味は『血塗れメアリー』、16世紀イングランド女王に由来するといわれている。