みんなが好きなおやつのひとつに、「宝物のプディング」がある。
 プディングの種類は冷蔵庫の中身で毎回変わる。プラム・プディング、カスタード・プディングにカボチャ・プディング、甘いものだけではない、ライス・プディングや肉のブラック・プディングのときだってある。
 重要なのは、その中に銀の指ぬきがひとつ落とされていることだ。
 切り分けられたプディングの一切れの中にその宝物を探して、船長ですら宝物のプディングはよく注意して食べる(いつもは一瞬なのに、飲み込むまで5秒もかける)。
 当たって何が貰えるわけでもない──ただ、「ハッピーがやってくる」といういわれがあるだけなのだが、実際、指ぬきを見つければそれだけで何となく「やった!」という気分になるのだから、宝探しは理屈抜きで楽しいものなのだ。
 ただし、それが、「何が何でも見つけなければならない」ものでなければ。強制された瞬間、宝探しは遊びではなく義務になる。
 義務が好きなやつはあまりいない。








M & JERY


 






 眠い。
 大体、ゾロという生き物は鍛錬と戦闘の時間以外は眠気に襲われているのが常態である。
 だから、腕立て伏せもできない一室で調度品を観察していろというミッションは、ゾロに機能に逆らう不可能を求めているのだ。要するに「仕様ではない」。一応努力はしているものの,まぶたが自動的に下がってきて,ゾロはがくんと船を漕いだ。

「起きろ!」

 すぱーんとハリセンでゾロの後ろ頭を叩いたウソップの動作も、既にルーチンワークだ。
 面倒をみさせている自覚はあるので、ゾロは文句を言わず目を開こうと努力した。しかし開かない。その機能が停止している。

「…………」

 ロビンが無言で咲かせた花のクラッチで、ごきりとやられた結果、ようやく意識がはっきりとしてくる。
 ゾロは大あくびをひとつして、もう一度室内に向き直った。
 ルフィがいない今、ナミ、チョッパー、ついでに黄色いダーツボードを救い出す任務の責任者は、ゾロであろう。そこで、ゾロはゾロが眠気と戦っている間にも一生懸命働いていたに違いないその他のふたりに、問いかけた。

「オマエらはどう思う? この中の『どれ』がナミやチョッパーなのか、見当はついたか?」

 ゾロが見回す、骨董品(いや、アンティークというのか?)がちりばめられた室内は、さほど広くはない。せいぜい、ゾロの生まれ故郷でいう8畳間程度だ。
 部屋の趣味が高尚かどうかはゾロには全くわからないが、寝具があり、テーブルがあり、花も活けられているので、まあ人間らしい部屋ではあるのだろう。ゾロにとっては不要なものが多いけれど。
 机の上には美味そうな菓子と果物、湯気の立つ茶も並べてあり、思わず食ってしまいそうだが、仲間を食べることになる可能性があるので思いとどまっている。これが握り飯であれば危なかった。
 ──『隠れんぼの夜』。それが、この遊園地の『アトラクション』につけられていた名前だ。 結局、アトラクションに偽装された敵の罠だったわけだが、参加してしまったものは仕方ない。面白そうな体験に船長が食いつかないわけがないので、もはやこれは必然であったのである。

 ナミ、チョッパー、そして黄色い蚊取り線香は、悪魔の実の能力者によりこの部屋の中の「何か」に「成っている」らしい。

 室外に持ち出せば元に戻るらしいが、持ち出せる品は3つまで──ひとつも間違えられない。かなり厳しい状況である。
 この部屋の物品のほとんどが人間の変化したものだと考えると、神経がタワシと揶揄されるゾロもあまり良い気分ではなかった。
 問われたウソップが、考え考え言葉を紡ぐ。彼も、まだ自信がないのだろう。

「うーん……ふわふわしてるから、この毛皮のラグがチョッパー、ってのはちょっと安直すぎるよなぁ」
「毛皮なら、クローゼットの中にシカ皮の外套もあったわ」

 ロビンは、しっとりと濡れた黒曜石のような瞳を思慮深げにゆっくりと瞬かせていた。

「それに、トナカイであることとが彼の本質と考えべきではないと思う。私たちが『ヒト』という種族であることが、何より優先する自我ではないように」
「……そうすると、誰かの『基本』とか『芯』って、一体何なんだろうな?」

 ウソップは、精緻な細工の施されたビロード張りの小箱からきらびやかな金のブレスレットを摘み上げたが、すぐに元に戻した。ナミではない。
 ナミは金に執着する女だけれど、それは経験上、果たすべき目的のために金が必要であるから好んでいるだけで、金より大事なものを持っていることは明白だ。仲間や故郷のためなら、ナミは全財産でもポンと差し出すだろう。欲望──という意味であれば、確かに旺盛ではあるが。
 ロビンは、部屋の中のものをひとつひとつ、非常に丁寧に見ている。羽毛の詰められた枕、冒険譚を描いた暖炉のふち飾り、ブロンズの燭台、黒くなるまで使い込まれた椅子。部屋の隅の綿ぼこりにまで目を留めているようだ。
 確かに、けして間違えてはならぬと考えると、慎重になる気持ちはゾロにもよくわかる。

 ただ、ゾロは「一度くらいは間違えてもいいのではないか」と考えている分、他の2人より気は楽だ。
 大丈夫だ、戦闘ならゾロが倍働くし、飯なら缶詰がある。気合いが足りていれば黄色い巻いたやつがいなくても大丈夫だ。何なら、代わりにアヒルでも飼っておけば寂しくもないだろう。

「────」

 だから、ゾロが本棚の前に陣取って動かないのは、けして、見つけてしまった女体の写真集(フルカラー)をウソップとロビンの目から隠すためではない。

「ゾロ、お前はどう思うんだ?」

 ゾロがまたぼんやりしている間に、ウソップとロビンはまず黄色いアレの候補を見つけたらしい。
 ウソップが持つ皿の上には、ふわふわとした美しいつくりの洋菓子が載っていた。
 名前はわからないが、黒に近い濃色のチョコレート生地と乳白色のクリームが何層にも重ねられ、最上部にはつやつやときらめく薄切りの蜂蜜レモンが飾られている。添えられた立体的な渦巻き模様の飾り細工はキャラメルでできているのか。
 女子供がいかにも喜びそうな「甘いもの」。

「ほら……サンジってやっぱり、骨の髄まで料理人だろ。食いたいやつには食わせてやる──物に変わるなら、誰かに自分を食べさせるんじゃないか。本当、捻くれてるけど甘いやつだしなァ」

 ロビンは、一抱えほどの丸い置物を、電灯の真下にかざして揺らして見せた。
 丸く成形されたガラスの中に複雑にカットされた青い水晶と銀細工が据えられているそれは、光を通すと床の上に複雑なさざなみと影を映し出した。海中にいるような幻想が、一瞬で広がる。
夢の中にしか存在しないような「美しい海」。

「この美術品のタイトルは『青の軌跡』──海、そして奇跡を連想させるつくりになっているわ。それに、ひっくり返すと底面には騎士の姿が掘り込まれている。この船のクルーは皆そうだけれど、彼の中心にあるものも、夢と信念ではないかと思って」


 ゾロはひとまず腕組みをして、考えるふりをした。
 2人の推理はなかなか的を射ているように思える。そのどちらかが当たっている可能性はかなり高いだろう。しかし、しかし──
 ゾロはふと顔をあげた。
 手を伸ばして、近くの壁に掛かっていた姿見を取り上げる。曇りなく手入れされているがあまり装飾もない、ただの簡素な四角い鏡だ。

「これだ」

 ゾロは断言した。「今日の夕食はカレー」と独断で決めるときのようだった。

「あのクソコックっつったら、鏡だろ。四方八方、期待されるものを返すだけで自分は見せねぇ腰抜けだ。愛されたがりだってことはわかるが、『自分を捨てる』、楽な自己犠牲に逃げるとこが安直だな」

 適当に喋ってから視線をやると、ウソップとロビンは納得したようにうなずいている。どうやら、説得できたようだ。
 ウソップは「安直ってのはサンジもゾロにだけは言われたくねェだろうなァ」と余計なことまで言っていた。









 同じころ、別の部屋で、サンジもひょいと鏡を手に取っていた。

「あのクソ剣士だったら、コイツだな」

 疑問の目で見上げるチョッパーに、サンジは唇の端を吊り上げてせせら笑った。

「だってあの野郎は、名をあげるためなら死んだっていい自我狂いのナルシストだからさ。それに、名誉のために人斬りになれるってのは、『自分にしか興味がない』って言ってるようなモンだろ?」






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 結局のところ、敵の罠の正体は悪魔の実の能力ではなく幻覚剤と催眠術を併用したリアルな『夢』であり、『正解』などというものはなかったわけだが、お互いの評価を聞いて喧嘩を始めた双璧どもの攻撃の余波で、偽物のテーマパークが崩壊していくのだから,敵側にとっての敗北、つまりは正しい選択だったといえるのだろう。
 同じような表情で、絶望的に低レベルな罵倒を吐きあいながら非常に殺傷能力の高い攻撃を繰り出す2人を眺めながら、一人だけ『かくれんぼ』に巻き込まれなかった船長は呑気にコメントした。

「オマエら、似てねぇんだけど似てんだよなー」







Tom & Jerryトム・アンド・ジェリー
ラムやブランデーをベースとし、泡立てた卵を熱湯とを混ぜて作られるホットカクテル。
レシピには、ラムかブランデーを使用すること、卵白と卵黄を分けることなど共通点はあるが様々な種類があり、ひとつにまとめることができない。いずれにしても非常に手間がかかる。
アニメのトムアンドジェリーとは『無関係』。