TROJAN HORSE



 

 


ゾロは酒場を探して、べったらべったら道を歩いていた。

あの花屋はさっきも見た気がするし、この銅像も4人兄弟になってしまったが、焦ることもない。ゾロは両手を腹巻の中に突っ込み、噴水広場を横切った。目に付いた階段を登っていく。かなりの急勾配だ。

「お」

小さな扉をくぐり抜けると、そこには空が広がっていた。
時計塔のバルコニーだ。足下に、ジオラマのような町並みと大きな海、小さくサニー号も見える。

周りに誰もいないので、ゾロはぴゅーぷーと口笛を吹いた。上機嫌の証だ。

風は気持ちいいし、空気は清々しいし、天気は晴れだし、景色は可愛い。酒を逃しても、全く惜しくはなかった。ゾロは時計塔のバルコニーの縁に腰掛け、足をぶらりと垂らした。常人なら腰が引ける高さだろうが、上空1万メートルから落下してきたこともあるゾロにとっては滑り台の上と同じである。

「…………」

ゾロはにやーっと笑うと、膝の上に風呂敷包みを置いた。

おそらく、子どもが見たら引きつけを起こす類いの笑顔なのだが、ゾロ本人にとってはこれはひなたぼっこをしている座敷猫が満足のあまりに鳴らす喉なのである。

大きな、2段の、くすんだ緑色の重箱。それに、水筒がひとつ。

ゾロは、まず、重箱の上の蓋を開けた。整然と並べられているおかずは、足下の景色にも負けないくらい色鮮やかだった。

「────」

大きくぶつ切りにした鶏モモの唐揚げ。ちくわの磯辺揚げ。ひじきと油揚げのおから煮。焼きナス。豚肉の生姜焼き。たっぷり千切りキャベツ。にんじんとセロリのきんぴら。インゲンのゴマ和え。サワラの白味噌焼き。プチトマト。甘辛く炊いたカボチャの煮付け。アスパラのベーコン巻き。大根なますのピーナッツ和え。そして、妙な小細工のない、純粋なだし巻きたまご。

ゾロは、食にはこだわりのないほうである。基本的に、何でも食べられる。
ただ、ゾロは味覚バカというわけでもなかった。美味いものは美味いと感じるし──それに、特に好きなものも実はある。

重箱の2段目を開け、ゾロの笑みはにやーっ、から、にんまーり、になった。

2段目には、ぎっしりと握り飯が敷き詰められていた。

1列目、基本の塩結び。2列目、天かすと細く刻んだ塩昆布を混ぜ込んだお結び。3列目、ゆかりご飯のお結び。そして4列目、きなこをまぶしたお結び。

きなこをまぶしたお結びは、ゾロはサンジが作ったものを食べたのが初めてだったのだが、大の気に入りになっている。ゾロは早速、きなこ結びをひとつ手に取ると、くわっと口を開いて頬袋に詰め込んだ。ほのかなきなこの甘さが米と塩に絶妙に調和して、噛む度に腹が減ってくる。ゾロは箸を伸ばし、おかずも次から次へと詰め込んだ。塩っぱい、甘い、旨い。

そして、熱い玄米茶だ。
ゾロはお茶で喉を潤し、満足の溜息を吐いた。当然、重箱は米粒ひとつ残さず空になっている。

弁当、というのはなんだか、特別な気分になれるものである。
蓋を開ける瞬間のわくわくした気分。弁当ならではの工夫に感心する気分。そして──自分の好物が入っている気分。

大体、クルーが一斉に弁当を必要とするときは、サンジは「男弁当」と「女弁当」を作り分けて終わりにする。そして「男弁当」にゾロの好みが完全に反映されることはない──優先順位は第1にルフィ、次にチョッパーとウソップ、その他の男ども、最後にゾロ。ひいきだ。

偶然、サンジに「筋肉マリモ用」の弁当を持たされたことがあって以降、ゾロは「迷子弁当」というのを勝手に発案するようになった。つまり、ゾロはひとりで外出すればすべからく迷子になり、時間どおりには船に戻って来られない。腹が減る。弁当が必要だ、という理論である。

ちなみに、いちいち弁当を要求されるサンジの手間、というのはゾロの考慮の範囲外だ。大体あの眉毛は、料理させればさせるだけ楽しそうなのだからそれでいいではないか。

 


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あるとき、ゾロは腹ぺこだった。
 
弁当箱の蓋を開けると、そこには一面にカツ丼が収まっていた。
下半分に米を敷き詰め、上半分には出汁で煮て卵と絡めた黄金色のカツ。とろッとろのたまねぎ。掻き込めば、衣に染み込んだ出汁の旨みと卵の甘み、柔らかな豚の脂が口いっぱいに広がった。空きっ腹にガツンと来る炭水化物の味だ。ふっと三つ葉の香りがして、口の中のべたべたを軽く洗い流す。

弁当箱の四隅には、箸休めにか、小茄子のぬか漬け、カブの酢漬け、沢庵、白菜に柚を散らした浅漬けがぎゅうぎゅうに詰まっている。

ゾロはロースカツ1ダース分のカツ丼を悠々と平らげ、けぷっと赤子のような息を吐いた。

 


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あるとき、ゾロは冬山にいた。

弁当箱の隣には巨大な水筒があって、蓋を開ければいい匂いのする湯気が立ち上った。コック特製の石焼きスープだ。
熱く焼いた石が、水筒の中で具材を暖め続け、にんじんやタマネギは火が入ってとろとろに甘くなっている。それに、ハーブ入りソーセージの輪切りに白菜に春雨に鶏の出汁に塩。

ゾロはふうふうと息を吹きかけながらスープを飲んだ。

じんわりと腹から暖まると、ゾロはまた除雪車のように雪を掻き分けて進んだ。

 


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あるとき、ゾロはサンジとケンカした。

弁当箱の蓋を開けると、一面に白米が敷き詰められているだけだったので、ゾロは驚いた。梅干し一粒見当たらない。

がっかりしながら箸を付けると、米の下には、ふわふわのたまごそぼろが埋まっていた。次は甘辛い牛肉のしぐれ煮。にんじんのみじん切りを出汁で煮たもの。肉じゃが。もやしと白ごまのナムル。塩鮭。小松菜とじゃこの炒め物。蜂蜜で煮た豚肉の角煮。

ゾロは宝探しのようにして、順々におかずを掘り出した。何が埋まっているのか想像するのは小さな弁当箱の蓋をいくつも開けるようで楽しかった。

ケンカでささくれ立っていたゾロの気分は持ち直し、サンジに対する感想は「土に還れ」から「タンスの角に小指ぶつけろ」に変化した。

 


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あるとき、ゾロは密林にいた。

そのとき弁当には、あめ玉の袋が付いていた。
サンジの手作りのあめ玉は、ひとつひとつが大ぶりで、周りには細かな砂糖の破片がくっついてざらざらしている。緑色なのはマリモにそっくりだった。ほかのものには、砂糖漬の花が中心に押し込まれていたり、ブランデーが入っていたりした。

歩いても歩いても同じ景色だったが、ゾロはころころと飴玉を口の中で転がしながら歩き続けた。イチゴ味の次は、メロン味。

 


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ゾロには好物が増えた。

きなこをまぶしたおにぎり。
高菜と鶏肉と舞茸のおこわ飯。
クラゲのコリコリ酢の物中華風。
ゴボウと山椒の牛肉巻き。
天かす入り焼きうどん、塩胡椒だけ。
とろとろの半熟煮卵。
冷蔵庫の残り物ごちゃ混ぜ八宝菜。
香ばしい鶏軟骨味噌つくね。
キュウリとアサリの漬け物。
小エビと鰹節の入った野菜かき揚げ。
海苔の佃煮と白飯どんぶり10杯。
長いも入りがんもどき。
白ごま揚げ団子。

そして次の弁当。

 


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「おい」

港の酒場に行くと言って朝出かけ、夜も遅くに帰ってきたゾロが、サンジに向かってずいっと弁当箱を差し出してくる。

自分が弁当箱を洗うこともできるのではないか、という想像力はこの男にはないのだ。それどころか、弁当を作ったサンジに対する感謝の念もゾロには全くないということをサンジは確信的に理解している。

「ん」

サンジは弁当箱を受け取ると、さっさと洗い始めた。ゾロのこの増長ぶりも、サンジにとっては当然のことである。水筒に茶の一滴も残っていないことは理解しているし、それでサンジに文句はないのだった。

(わかってんのかねぇ)

のっそりとキッチンを出て行くゾロを見送りもせず、サンジは弁当箱を洗いながら思った。

(絶対ぇ、わかってねぇだろうなぁ)

ゾロは食べるということに対する警戒心がない。育ちのいい奴にありがちなタイプだ。

いや、あえて認識する人間は、それほどいないかもしれない。料理というのは、食材そのものではないということを。自然のものではなく、何らかの手間を加えている。その手間は、サンジの側からいえば愛情ということだが──

それ以外にすることだって、簡単なのだ。

実際、サンジはやろうと思うのなら、ゾロのいのちを破滅させることがいくらでもできた。たとえば、タバコの葉から煮出したニコチンを加えれば一瞬で。あるいは、砂糖や塩をちょっとだけ余計に追加すれば数十年で。

ゾロが無防備に食べている全ての料理は、サンジの愛情だ。愛がゾロを生かしてやっているのだ。そうとも気付かないまま、馬鹿みたいにばくばくと食べるゾロを見ていると、サンジは本当に、愛しい気分になってくる。 大体、サンジは食べっぷりのいい男ほど愛するのだ。
何故なら、サンジの料理を食べるということは、サンジに心臓を差し出すということだから。──まあ、絶対に、認めないだろうけどよォ。

(俺は、わかっているんだぜ)

食べることは、怖いこと。
いつのまにか、おまえのすべてはおれのもの!

 

 

 






 


Trojan Horse トロジェン・ホース
カクテルのレシピは単純。良く冷やしたスタウトと良く冷やしたコーラを好みの分量混ぜるだけ。
コーラの色は黒で、スタウトの色も黒。よって、コーラにスタウトを混ぜても、色はほとん
変化しない。
つまり、コーラの中に巧妙にスタウトが隠れている。
木馬の中に兵が隠れて騙し討ちをした有名なギリシア神話にちなんで、「トロイの木馬」と命名された。