KNOCK OUT







切り立った断崖絶壁。
カラカラに乾いてひび割れた土。
空に飛ぶ鳥の1匹すらも見つからず、地獄のような場所にひとりきりで早10日。

このような状況下でも、ゾロは全く絶望しなかった。

絶望するということは、自分がこの窮地を切り抜けられないと認めることである。それは、己が己を見捨てるということに等しかった。援軍がないことは構わない。だが、孤軍奮闘、のその孤軍すらいなくなってしまっては、完全敗北である。

ロロノア・ゾロは絶望しない。自分自身を裏切らない。

つまりロロノア・ゾロという男は、『まあ、何とかなるだろう』という楽観主義──いや、『何とかならない筈がない』という俺様主義の行動原理で生きていかざるを得ない人間だった。そして、そんな性質の自覚もなく、林檎が地面に落ちることと、世界が己のためにあるのだということを、大体同じくらいの常識だと思っている節があった。

そんな男が遭難状況でふと思うことと言えば、『誰か助けてくれないものか』ではなく、『どちらの方向に崖を登っていけば一番頂上が近いか』だった。
勿論、いくらロロノア・ゾロといえども、ウニ程度の知恵は備えていたから、当てもないロッククライミングに挑む前に、もう少し生存確率の高い行動を選ぶくらいの分別はあったが。
そう、ゾロだって物を考えているのだ。自分が利口だと思っている人々と異なるのは、それを外に示すかどうかだけだ。

水。それと飯。
動物のように、ゾロは地面を這ってそれらを探した。這っているのは体力的な問題ではなく、純粋に、地面の近くを見る必要があるからだった。
岩肌に掛けられた薄いヴェールのような苔をぼろぼろに荒れた指先でかき集め、ゾロはようやくひとくち、それを口に運ぶ。量はないし、美味くもない。だが、この状況では、質でも量でもなく──消化できるものであるということが最も重要なのだった。

10日間の間に、ゾロの胃袋は大分縮んでしまったような気がする。餓えは常態化し、目眩が続いていた。ゾロが身に着けた筋肉は、動かすのに多量の熱量を必要とするのだ。その割に、エネルギーの元となる脂肪は腹巻よりも薄っぺらいものしか備えていなかったので、今はもう尽きている。

さらに辛いのは乾きだった。
ゾロが見渡せる限り、ここには手に触れられる質量を持った水が存在しない。泉どころか、水たまりも──朝露すらもないのだった。全ての水分は地のどこかに吸い込まれていってしまうか、また空気中に溶けていってしまう。乾ききった砂のような土からは草の一本も生えない。

その貴重な水分をどうにか取り込んでいるのが苔の類だった。この世界におけるゾロは、その苔から搾取する傲慢な闖入者に過ぎない。緑の中の食物連鎖、とふと思って、ゾロは唇を歪めた。緑とは何だ、緑とは。大分頭が悪くなってきている。

10日の間には、雨が1度あった。
その恵みの間、ゾロは当然、切り出した岩にくぼみを彫って水を貯めるという、苔にはできない技を見せつけた。だが、器を数十個も作って水をたらふく飲んだ後、蓋をしておくことを忘れて満足げに爆睡した結果、水は失われてしまった。残った器には、あざ笑うように苔──あるいはカビ──が生えたので、ゾロはそれを食ってやった。

岩壁に沿って歩けども歩けども、先は遠く霞んで見えない。
それは空腹のせいなのか、乾きのせいなのか、疲労のせいなのか、本当に果てがないとでも言うのか。そんな疑問よりも、まっすぐ進んでいた筈なのに、いつの間にか元の場所に戻ってしまうことの方が問題だった。不思議にもほどがあった。己の作った石の器が前方に転がっているのに遭遇した──それも2度目の──とき、ゾロはある可能性に気付いた。もしや自分は、幻覚を見ているのではないか? 空腹から? 乾きから? 疲労から?

まあ、どうでもいい。

ゾロはとにかく、生存のために歩き続けなければならなかった。目に入った有機物はあるだけ食べてしまうから、常に新しいものを見つけなければ飢え死にしてしまう。

ゾロはタフというより、もう気持ち悪いレベルに頑丈な生物だったので、劣悪な生存環境にあってもそれなりに動くことが出来た。それに、目的を見据えるとほかのことはどうでもよくなる一本気な性格だったので、地面を這いつくばって苔を舐めて生き延びている己の状態に関しての感想も『上腕二等筋の鍛錬になるな』で済んだ。
しかし、いくら耐えられるとしても、辛くないというわけではない。
不平は少ない性質であるが、ゾロはマゾヒストというわけでもないのだ。おそらく、多分、きっと。

そんなゾロの目の前に、まるで天からの奇跡のように高カロリーの食物が現れた。そう、世界はゾロに都合よく出来ているのだ。



潰れた1匹の芋虫だった。



「────」

ゾロは芋虫をつまみあげると、ひょいと口の中に放り込んで咀嚼した。ためらいなく、というよりは、むしろ逆に積極的でさえある動き。

栄養。たんぱく質。動力源。今のゾロにとって芋虫はそれ以外の何物でもなかった。さらに言ってしまえば、芋虫は──苔などより余程旨かった。ゾロは100回噛んでから、それを飲み込んだ。

後味にかすかな甘みさえ感じて、頬が僅かに緩んだ。

「────」

勿論、いくらこのような極限状態だとしても、芋虫を食べられることに幸せを感じられる人間はどちらかといえば少数派である。飢え死にするくらいなら、という悲壮感を持って口にするならまだしも、ゾロは明らかに苦痛を感じていない。

それもつまりは、世界はゾロのために出来ているという証拠であった。

仮に、ゾロがナミのように、芋虫など手を触れるのもいやだと思っていたとすれば、ゾロの前にはケーキが用意されていただろう。つまり、神はゾロに耐えられない試練など与えないのである。裏を返せば、ゾロはどんな試練にでも耐えられるように出来ていなければならないのである。

それはつまりは、ゾロは世界が全く気を遣わなくていい存在であるという証拠でもあった。

どんな境遇に陥っても、哀れんでさえ貰えない男は、その幸福を特に自覚もしないまま目を皿のようにしてあたりを眺め回した。今のゾロの考えをあらわすなら1語で足りる。芋虫。芋虫。芋虫!

未来の大剣豪(になると信じている)男は、執念深く辺りを這い回って2口めを探した。1匹見つけたのは幸運、2匹見つけられれば更に幸運。潰れた芋虫は崖の上から降ってきたに違いない、1度あったことは2度起こり得る。

きっともう見つからないだろう、というようなネガティブな予測はゾロの頭の中には存在しない。がっかりしないために期待しないでおくとか、別れが辛いから自分から捨てるとか、一般の人々がよく起こす行動──そんなものは、ロロノア・ゾロにはインプットされていなかった。
それを馬鹿だと評価したい者はそうすればいいが、結局、馬鹿のほうが強くまっすぐ生きていけることが多いというのもまた事実である。

「────」


ちなみに、芋虫を食べた直後くらいから、ゾロの耳には不思議な音が聞こえ始めていた。うおおんうおおおんうおおん。ぶーんぶーんぶーん。何かの吼え声のような音、虫の羽ばたきのような音。

ここで、一般の人間なら──もう飽きるほどの繰り返しになるが──得体の知れない音に恐怖するか、あるいは、疲労や脱水症状によりとうとう幻覚が聞こえ始めたと知り、やはり恐怖しただろう。

ゾロの場合は違った。
ゾロは、音に合わせて鼻歌を歌い始めた。

「ふーんふふーんふーんふーんふーん♪」

あまりに変化の少ない環境において、この音はゾロにとっては娯楽だった。何故聞こえ始めたのか、そもそも何の音なのか、そんなことを考える前に、ゾロは音を楽しむ。うおおんうおおんうおおん♪ ぶーんぶーんぶーん♪

「ふーんふーんふーんあーあーうーんふん、ふんふん♪」

いや、ここで、故郷の民謡だとか、母親から聞かされた子守唄を歌いだすならまだ救いようもあった。郷愁に浸り、切ない思いをかみ締める──それは死を間近に控えたシチュエーションに似合う行動だ。

しかし、ゾロが今ハミングしているのは、単に前の島で聞いたというだけの流行曲だった。それは、魚の名前を繋げただけの歌詞と、妙に頭にこびりつくメロディで出来ていて、タイトルはずばりそのまま『魚フィッシュ』(果てしなくどうでもいい情報ではあるが、1番の歌詞は「カレイ・サンマ・スズキ・ヒラメ・サワラ」と始まるところ、ゾロは頭の中で「マグロ・マグロ・マグロ・マグロ・マグロ」と歌っていた。ゾロの中では、魚といえばマグロなのだった)。

勿論、ゾロも時と場所というものは理解している。仮に、今この場にゾロ以外の人間がいたとしたら、ゾロは『魚フィッシュ』など口ずさまなかっただろう。
なるほど、ゾロはまだ青年といってもいい年ではあるが、『海賊狩り』という異名を拝命した一人前の男なのだから、人前であまりかわいらしいところを見せるべきではなかった。たとえば、ゾロの前に雑草のように斬りはらわれる有象無象も、己が命をかけて立ち向かった男がマグロマグロと歌っていたら浮かばれまい。 ゾロだって、人に対する気遣いくらいは備えているのだ。そして、全く人目を気にしないというわけでもないのだ。

しかし、ここにはゾロを見る目はひとつとしてない。
歌おうが、叫ぼうが、たとえ5・7・5でHAIKUポエムを作ったって自由なのである。

そういうわけで、ゾロは今かなりリラックスした状態にあるといえた。コンディションは最悪に近いものの、1口のご馳走と、ちょっとしたBGMでハイテンションになっている。

「ふーんふーんふーんふーふふーんふふふ、ふーん♪」

サビのマグロを(脳内で)高らかに歌い上げたゾロは、だんだん、と手で地面をたたいた。曲の〆のドラム音の代わりだった。御清聴、ありがとうございました。どうもどうも、ありがとうございました。だんだん。

だんだんと地面を叩きまくって、ゾロはだんだんと分が面白くなってきたのを感じた。いや、だんだんとだんだんを掛けて面白いことをいったつもりはないけれど、いや、でもこれは面白いことをいっているな、じゃあやっぱり面白いんだ、だんだん。そんなような様子で、ロロノア・ゾロは大分、不定形生物の境地に至ってきた。

ゾロは不平の少ない存在である挙げ句、自分の体をいたぶるのが趣味であるかのような生き方を好む男である。たまに美味しい芋虫も食べられるこの遭難生活に、慣れるどころか適応しようとしていた。つまり、現状になんの文句もないような気がしてきたということだ。孤独も良し。快楽は空し。心頭滅却すれば地獄もまた天国。

これも全て自分の思い通りだ。世界は自分のためにあるのだ。そんな根拠のない誇大妄想をゾロが疑うことはないのである。まさに、ロロノア・ゾロは他の追随を許さない圧倒的な馬鹿であった。

マグロマグロマグロ。マグロマグロマグロ。マグロマグロマグロ。
とうとう身を支える力も尽き、ゾロはぺったりと地面に伏した。そうしつつ、ゾロは、マグロは冬の魚だったな、と何気なく思った。鍋の美味い季節になる頃、ゾロの故郷の近海にマグロはやってくるのである。そう、木枯らしが舞い、雪がちらつく一歩手前の頃辺りから──

「────」

そのときゾロは、ほとんど天啓を受けたかのように、あることに気付いたのである。それはゾロの地獄めいた天国に雷を落とし、地を震えさせる衝撃であった。
今日は己の誕生日だ。

ゾロは遭難した日付を確認していたわけではなかったし、遭難してからの日数をカウントするなどというまめなことは勿論していなかった。けれども、直感的に、まして確信的に、ゾロはそう思ったのである。ゾロがそう信じた限りは、本日はゾロの誕生日であった。反論する必要も、疑問に思う必要も、確かに、なかった。

誕生日か。
そう思った途端、ゾロは初めて、とても落ち込んだ気持ちになった。切なくなった。泣きたい。

誕生日には、大きなケーキがある筈であった。少なくとも、ゾロの故郷では、誕生日にはケーキを食べるものであったし、その風習を断固撲滅しなければならない理由は見あたらない。

実は、ゾロは甘いものが好きな男である。
しかし、ゾロは犯罪的に鋭い眼光と、雄牛のようにたくましい肉体とを持ち合わせた男であったから、もてなしのために差し出されるのは辛口の酒であったり、大きく切り取られた肉であったり、あるいは踏み潰された握り飯であったりした。ゾロは出されたものに文句は言わない。その結果、ゾロの口に甘味が運ばれる回数は、あまり多くはないことになったし、何となく自分自身、それに納得もしていた。ゾロのような男は、鉄と鋼と敗者の怨嗟でできているべきであって、砂糖とシナモンとチョコレートでできていてはいけないのである。

しかし、誕生日は違った。
自分のためのケーキであるから、仕方ないから食べてやるか、そんな流れが無理なく形成される。ゾロにとっては、誕生日とはそういった日であった。

マグロマグロと歌わず、ナミのパンツになんぞ興味はございませんというクールな男でいる──、一応、ゾロにも自意識というものはある。浅い台詞を吐いてはいけないだとか。技名はスタイリッシュにするだとか。それと同じように、なんでもない日から「おう、今日のおやつはイチゴと生クリームを乗っけたプリンにしろ」とは言えなかった。

今日はそんなゾロの誕生日。せっかくの誕生日なのに。
ここには誰もいない。ケーキもない。

悲しくなったゾロは、ぎゅう、と体を丸めた。
いつの間にかがたがたと歯が鳴っていて、ひどく寒かった。漠然と、死のにおいがした。泳げなくなったマグロは死ぬ。冷たい水のなか。硬い土のうえ。どちらだって同じだ。

「────」

御祖父様。御祖母様。父上。母上。師匠。くいな。ルフィ。ナミ。ウソップ。メリー。ヨサク。ジョニー。ビビ。チョッパー。ロビン。フランキー。サニー。ブルック。角の家のポチ。俺は、俺は──
















ぎゅう、と、爪を立てた地面はやわらかかった。
布の感触。消毒薬のにおい。まぶたの裏に透ける薄ぼんやりした光。ゾロがそれだけ把握するのに、大体、5分くらいはかかった。肩が痛い。足が痛い。それと、腹も痛い。

「……ゾロ? 起きたんだな」

ほわほわっとした綿飴のような柔らかい子供の声は、チョッパーのものだ。
ゾロがまぶたを開けられないうちに、気配が傍に近寄ってくる。ちょこちょことした足音。

「気分はどうだ?」
「…………」
「まだ、寝ていたほうがいいぞ。回復に向かってるから、安心して眠ってくれ」
「ぁ……」

ゾロが唇を震わせたのに何か感じ取ったのか、チョッパーは警戒したようだった。

「動くなよ。まだ動いちゃだめだぞ。今回は切り傷が沢山で、まだくっついてないから、開いたらまた昏睡状態に──」
「……ぅ……」

乾いた唾液で張り付く舌をどうにか動かして、ゾロは知りたいことだけ聞いた。

「今、日……ん日、だ……」
「きょ、今日? 11月11日、お前の誕生日だけど──」

どすん!とゾロはベッドから落ち、悲鳴を上げるチョッパーを尻目にずりずりと這い出した。

巨大な蛇がのたくった後のように、血の太い跡を床に残しながら──スリラーバーグさながらの光景を目にして、チョッパーは「医者ぁ……」とうめきながら白目を剥いて倒れた。

ゾロはぎゅっと唇を噛みつつ、開いた傷口からの痛みに耐えつつ、キッチンに向かった。途中すれ違ったロビンは「あら」と少しだけ目を開いてから、「手伝いましょうか?」と申し出た。
手を借りる必要を感じなかったため、ゾロは首を振った。ゾロは、自分のことは自分でできる男だ。

──それに今日は、誕生日だ!
ゾロは間に合ったのだ。誕生日にはちゃんと目を覚ました。何もかも思い通りだ。

「……、……」

ゾロはキッチンのドアを、押し開けた。中にはサンジがいた──それは別にかまわない。いつだってサンジはキッチンにいる。調理器具なのだから、当然だ。

「……何してんだ、お前」

サンジはぷかーっと煙草の煙を吐いて、べったりと地面に伏しているゾロを埃か何かのように足先でつついた。

「テメェ海兵に滅多刺しにされてよォ、1週間も寝てたんだぜ。いい夢みれたか? 三途の川の景色くらいは覚えてるか? まあどうせテメェのことだから、夢の中でも修行!修行!だろうけどよ。マッスル!マッスル! プロテイン!プロテイン! ……おーいどうした?」

サンジはゾロの怪我など目にも入っていない様子で、無邪気に見下ろしてくる。
ゾロは残り僅かな体力を振り絞り、人を殺せそうな目力と共に口を動かした。

「誕…生日……ケーキ……」

危うく遺言になりそうなゾロの言葉を、サンジはきちんと聞き取ったようだった。どだい、料理人は食べ物の求めには敏感なのだ。
ああ、と納得したように頷くと、サンジは冷蔵庫の扉を開けた。

「残しといてもしゃあねぇかとは思ったんだけどよ。ま、一応な。名目上はテメェのバースデーケーキだし──」

彼が取り出した皿の上には、赤いイチゴを宝石のように飾ったクリームケーキが鎮座していた。夢にまで見た、夢の中ですら見た、ケーキ。
食べられないと思って、悲しかった。絶望した。寂しかった。
でも違ったのだ。叶わないなんてことはなかった。あれは夢だった。現実ではやっぱり、世界はゾロのためにある。

ゾロは、口の端からつうっと赤い血を滴らせながら、ケーキに向かって手を伸ばした。




プルルルル、プルルルル、プルル、
がちゃっ




「ハ~イんナミさんv 何の御用でしょうか~v うん。うん。……キャラメルミルクティー? ロビンちゃんはブレンド。それじゃ……クリームケーキでいい? え? なんでわかったのって……そりゃナミさんのことが好きだからに決まってるだろv 嘘じゃないよォ、わかってたんだよ、ナミさんそろそろ甘いモノが食べたいんじゃないかな~ってさぁ~v こんな時間だって、うん、そういうときもあるんじゃないかって今日はそう思ったんだよ~v だから用意してたんだよ、愛の力だよvv 君の舌と、君の胃袋のことなら何でもお見通しさ~vv お湯はいつだって君の望むときに沸いてるし、お菓子はいつだって望みのものが出てくるよ……だって俺コックだもんねvv ……そんな冷たい君も好きだ~v あ~ん1分で行くから待っててねぇんv」




ちんっ




船内用小型電伝虫の受話器を置いたとたん、サンジは神速歩行術を使って黒い竜巻のようにキッチンを出て行った。後の床には、振りまかれたハートの残骸だけがコロコロと転がっていた。

ゾロは呆然と、何もなくなった目の前の空間を見つめていたが、やがて、がぼっ、と血を吐いて頭を落とした。







恨みはない。憤りもない。無念ではあるが、初めて諦めよう。
むしろ、目を閉じたゾロの表情は安らかだった。

ああ、あの男は自分のためにはないんだろうな、と納得してしまったからだった。













knock Out ノックアウト
ドライ・ジン 、ドライ・ベルモット、ペルノ 、ペパーミント・ホワイトをステアして、チェリーを沈める。
かつてはペルノではなくアブサンが使われていたが、中毒を起こすとして使用が禁止された。
刺激的な香りとアルコール度数の高さが特徴である。
ノックアウトは、ボクシングにおいて相手を倒し、相手が10秒以内に立ち上がれない時に発生する勝利のこと。